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ブラントの気遣いや私の動揺など、何も気づいていない様子で、フェリシアは話を続ける。
「何故なら、わたくしが父の了承を得て王都を出られたのは、これが『戦後復興の視察』という名目だからですの。ルエリード辺境伯に嫁いだ叔母に頼み込んで、"先の惨劇の時はとても羽休めにならなかったのだから"と父を説得してくださったのも後押しとなったのだけれど...。父は、あの惨劇で死ぬかもしれなかったわたくしを酷く案じておりますの。結婚するまでは外へ出してくださらないくらいにね」
苦悩した顔をして、フェリシアは「そして」と声色を重くさせた。
「わたくしが視察に赴くことはラインハルト王子殿下の耳にも入っているはずですわ。変に怪しまれる前に、一刻も早くルベル湖へ着きたいの」
ふっ、とご令嬢は自嘲気味に息を漏らす。
「とはいえ、わたくしの覚悟が足りなかったばかりに、時間を無駄にしてしまったのも事実ですわ。急がせて申し訳ないのだけれど、そういった理由もあって、最短距離で目的地へたどり着きたいの。到着次第、すぐにでも実証したいと思っているわ。足りない物があれば、サヴィ殿にお願いしてありますから、補充させていただくとよろしいわ。その分の代金は、すべてわたくしが負担すると伝えてあります」
彼女はゆっくりと、私たち全員を見回した。
「この度の依頼は、わたくしの我儘でお願いいたしました。万が一、わたくしが死ぬようなことがあったとしても、あなた方が何の罪にも問われぬよう、その後の対策はしてありますわ」
そんなフェリシアの言葉を聞いたブラントの表情が、心なしか険しくなった気がする。だが、そんな様子を気遣うように、フェリシアがブラントを軽く振り返った。
「それと、ここにいるブラントも、あなた方に引けを取らない腕前を持っていると保証いたします。何かあれば連携し、協力し合って動いていただけることを願いますわ」
ブラントの表情はそのまま変わらないが、微かに顎を引いて私たちに目礼した。
それを見届けると、フェリシアは綺麗な微笑みを浮かべこちらに向き直る。
「──では、実証がなされ、討伐が成功した場合の話をいたします。
討伐が終わったあと、わたくしは王子殿下の行った悪事を証明するため王都へ戻ります。その際、あなた方の証言などをいただく場合もございますの。その時はご迷惑をおかけするかもしれませんけれど、よろしくお願いいたします。
……わたくしからのお話は以上よ。何か質問することがあれば、聞いてくださって構わないわ」
フェリシアがそう言って話を締めくくった。
私たちは互いに目を見合わせ、意志を確認し合う。
真っ先に、レストが疑問を口にした。
「……質問だがよ、お嬢様。『証明する』って言ったって、口頭の証言だけで王族の罪を証明することなんてできやしねえだろ。しかも内容が内容だ。中途半端な証言じゃ信じてもらえるどころか、俺たちの首が飛ぶと思うんだが?」
もっともな指摘だ。
するとフェリシア嬢は、部屋の入り口付近に立っていたヨードへと目配せをした。
促されたヨードが、部屋の奥からある道具を運んできた。
それは、私たち冒険者もごく稀に高ランク任務で目にしたことがある代物──『その場の光景と音声を記録する特殊な魔道具』だった。高額すぎて、普通の平民や冒険者では一生かかっても手に入れることができないシロモノだ。
一体、これをヨードたちはどんなルートを使って手に入れたんだろう……。
さすがは公爵家、と息を呑む私をよそに、フェリシアが満足げに顎を引いた。
「こちらを現地で使用いたしますわ。これがあれば、言い逃れはできませんでしょう?」
レストは呆気に取られたように両手を上げて、納得の意を表した。
「なるほどな。俺も一応冒険者の端くれだ、その道具がどれほどの効果と信用性を持ってるかくらいは分かってるつもりだ。これがあれば、俺たちの証言なんていらねえくらいのものだな」
「いいえ。万が一のことがありますから、頭の片隅にでも留めておいていただけますとありがたいわ」
フェリシアがそう答えた直後、今度はミミリスが爪を赤く染めた指をすっと挙げた。
「ひとつお聞きしてもいいかしら? お嬢様。……そのお調べになったという『文献』というのは、もしかして『魔女』が書き記した文献でしょうか?」
ミミリスの質問に、フェリシアは感心したような表情で頷く。
「すぐに言い当てるなんて、さすが冒険者ね。ミミリスさんの仰るとおり、魔女たちのいにしえの古い文献だそうですわ」
「──そうですか」
ミミリスはそれだけを言うと、ふっと目を伏せて黙り込んでしまった。その美しい顔からは、それ以上の感情を何も読み解くことができない。
ミミリスがこうなってしまった時、私たちは何をどうしても、彼女からそれ以上の答えを求めることはできないと知っている。様子が少し変だとは感じたけれど、私たちはそれ以上ミミリスに突っ込むことはしなかった。
次に手を挙げたのは、シュリーだ。
フェリシアが視線で促すと、シュリーはいつもの、のほほんとした間延びした声のまま、けれど酷く鋭い核心を尋ねた。
「ねえ、お嬢様〜。でも、それだけの理由で『第二王子が魔物を出現させた』って証明するには、ちょっと無理があるんじゃないかなあ〜? だって、王家の血って言ったら、他にも意外と存在するじゃん? 今の王様だってそうだし、第一王子だって、彼らの従兄弟だって、みんな王家の血を引いてるでしょ〜?」
シェリーの無礼な物言いにはいつもハラハラさせられるが、フェリシアは、大体いつもここでシェリーにブチギレるそこいらの小物とは違うらしい。シェリーの質問に素直に答えてくれた。
「……あの森にある特定の湖は、王家の『ある濃い血』にのみ反応するの。どういった仕組みかまでは不明なのだけれど、限定された者の血にしか反応しないようですわ」
「でも〜、それじゃあまだ選択肢がありすぎるんじゃないかなぁ? なんの証明にもならないよお」
シュリーは引き下がらない。
すると、フェリシアは何かを思い出したように目を伏せた。少し青ざめているようにも見える顔で言い放つ。
「いいえ。ラインハルト王子殿下で、間違いありませんの。……わたくし、見たのですもの。惨劇の直前に、あの方がサフィニア湖に自らの血を流し込むのを。ブラントの機転のおかげで、あの方がこちらに気づく事態にはならなかったのが幸いでした。その場には、ここにいるブラントも、ヨードもおりましたの」
第二王子が、あの惨劇を引き起こした......?
部屋の空気がさらに一段と凍りついた。
「けれど、あなたの言う通り、それだけではまだ証明としては弱いとも思っていますわ。だから、少し種を蒔いておきましたの。今回のルベル湖での実験……王子殿下も必ず現場に現れるはずですわ。そして、その決定的な場面を完全に記録させるためにも、わたくしはこの魔道具を手に入れましたの」
そこまで話し終えると、フェリシアはこくりと喉を鳴らして口を閉じた。
そして、もう一度私たちの顔を見回した。
「あとは、何か質問があるかしら?」
今度は私が尋ねた。
「何故、あなた自らこんな危ないことを?」
公爵令嬢といえども、いくらなんでも無謀すぎる。
憂いの色を表情に浮かべて、フェリシアは少し考えたのちに口を開いた。
「それはたくさん理由がございます。でも皆様にわたくしが今唯一お伝えできるのは、ある目的のためということですわ。どうしても手に入れたいんですの」
そして、得体の知れない美しい笑みを唇に乗せた。
☆
フェリシアとの話は、ここで切り上げることになった。何かあればいつでも時間を作り対応してくれるとのことだ。
出発の準備に取り掛かろうとソファから立ち上がると、フェリシアから名を呼ばれた。
「ククさん、あなた確かこのパーティーのリーダーでよろしかったかしら?」
「......えぇ。一応。」
そう答えると、フェリシアはエメラルドグリーンの瞳を細めて微笑む。
「あなたにはこの後残っていただいてもよろしいかしら?お話したいことがありますの。申し訳ないけれど、少しお時間をいただけるかしら?」
フェリシアがそう言って小首を傾げる。
部屋から出ようとしていた面々は、まるで私の保護者のように心配そうな様子を見せた。
ミミリスまでらしくもない目をするので、私は軽く笑って皆を促した。
「大丈夫。先に行って準備しておいて」
きっぱりと言うと、私の意見を尊重するように先に行ってくれた。
部屋に残されたのは、フェリシア、ブラント、ヨード、私の4人だった。
4人になった途端、変な緊張感のようなものが漂うのを感じながら、私は唇をペロリと舐めた。すると、舌先にブラントの歯が当たってつけられた傷の感触が残る。
そんな私の仕草に、フェリシアは目を細める。
意外と目立ってしまっているようで、予想していた通り唇の傷に気づいていたようだ。
ブラントの唇にも、まだ傷が残っている。朝のこの忙しい時間の合間では、あれからも回復薬を飲む時間はなかったようだ。
私たちパーティーメンバーは、ミミリス経由で手に入れた、ほぼ底なしの魔法袋をそれぞれ所持していた。もちろん、こんなことを他者に知られると面倒事にしかならないので、私たち以外にそれを知る者はいないが。
剣士であると同時に、薬師として調合もできる私には、一番大きな袋を持たせてもらっている。様々な調合素材を集めては自家栽培し、常備しているので、回復薬なる物は死ぬほど持っているが、だからと言って、ブラントにそれをあげるような物分かりの良い女でもない。
純粋でただ優しいあの頃のような私ではないのだ。
レストたちが部屋から出て行ってから、私と向き合ったフェリシアの雰囲気が少し変わったように感じる。
改めて対峙したフェリシアは、値踏みするような目でいて、侮りや嘲りなどは一切感じさせない目をして私を見ていた。
何の根拠があるわけでもないが、そう思えるのは、強いていうなら、女の勘というものなのかもしれない。
ブラントを当然のように横に侍らせているフェリシアに、私は本能的に強い警戒心のようなものを感じていた。それは、ブラントが自分のものであるというかのような、フェリシアの強い意志がにじみ出ているように感じたからかもしれない。
この女が、ただの着飾るだけの貴族令嬢ではないということは、もう分かっている。
「......。」
息苦しくなりそうな沈んだ気持ちを、小さく息を吐くことで流していく。
私は、ヨードを呼びつけ、間もなく出発する旨を皆に伝えるよう命じるフェリシアを見つめた。
彼女はきっと、退屈という一言では片付けられない女なのだろう、と私は感じていた。
そんなフェリシアをブラントは選んだということだ。
この対面がなければ、きっと私はフェリシアをずっと侮ったままでいただろう。
ヨードが部屋から退室すると、フェリシアは唇の下に指先を当て、私を観察するようにじっと見つめた。
彼女が今から何の話をするのかは、なんとなく予想ができた。私を牽制するためなのだろう。
私は焦れたような気持ちにさせられて、フェリシアの言葉を促した。
「急かすようで申し訳ありませんが、この後に魔物討伐の準備を整えたいので......どういったご用件かうかがってもよろしいですか?」
「あら、そうね。失礼したわ。実は昨夜もあなたと話したくて夕食に誘ったのだけれど、忙しかったようですわね?」
フェリシアは、自らの唇をなぞるように示してみせた。
思わずブラントとのことを全部言ってしまおうかと挑発させられそうになるが、冷静さを崩さないよう心がけて答える。
「ご同席できず申し訳ありません。私のパーティーは、互いを家族のように思っています。基本的に食事は共に過ごすようにしています」
聞きたい答えを得られなかったはずだが、フェリシアは「そう」と短く言って納得した様子だった。
そして、隣に影のように立つブラントを、小首を傾げるようにして見上げると、まるで自分のものだと見せつけるようにその腕に触れた。
「わたくし、あなたがブランの幼馴染だということを知っているわ。幼い頃にあなたの命を救ったことがあるということも」
ブラントに触れる仕草も、その言葉も、私に与えるダメージは絶大だった。
何より、ブラントとの思い出は、私にとって聖域に近い大切なものだ。
それをどこで知ったのか、ただ調べて知ったのか。
もしブランド自身から聞いたというのなら、そんなこと知りたくもない。
どちらにせよ、こんなにも簡単に気持ちをかき乱されるなんて、自分が情けない。
フェリシアは私の想いを正確に理解し、わざと挑発している。
さっきまでのフェリシアは、同じ目的を持って話をしていたが、今は敵対心のようなもの強く感じた。
ブラントは自分のものだと、私に知らしめたいのだ。
「でも、今はわたくしのこともよく守ってくれるの。貴族の令嬢といえど、わたくしには今まで命に関わるようなものや、貞操の危機におちいるような危険も、多々ありました。その度にブラントは危険を顧みず、何度も助けてくれたわ。そして、そのために日々の鍛錬を怠らず、わたくしのために強くあろうとしてくれた。だからきっと、あなたの知るブランと今のブランとでは、違うと思うわ」
「......。」
貞操の危機、ね。
「──...。」
ふとよぎる、すさんだ思考をまぎらわすように、ちらりとブラントに視線をやると、相変わらずの静かな雰囲気でそこに佇んでいるだけだった。だが、ひたすら前に向けられていた瞳は、フェリシアに向けられている。
私がただ黙っていると、フェリシアはにこっと笑顔を作った。
「だから、他のことをブランに任せてしまえば、ククさんたちのパーティーは魔物の討伐に十分集中できると思うわ」
「......それは、心強い」
かろうじて返事できた自分を褒めてやりたかったが、そんな私に気付く者も、気にする者もいない。
ひそかにほっとする私を横目に、フェリシアはブラントを見上げ、その騎士服の袖を引く。
「ね?ブラン?」
ブラントを見つめて、フェリシアは自分の意見に同意を求めた。レストたちが退室する前までの印象とは異なり、その姿はまるで少女のようだ。
ブラントはそんなフェリシアに対して、丁寧な物腰でただ頷く。それだけだったが、微笑を浮かべてフェリシアを見つめるその黒い瞳には、少なからず情が宿り、彼女を大切にしているといった意思が透けて見えるようだった。




