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「出発時は慌ただしく、きちんとした挨拶もできず失礼いたしましたわ。改めてご挨拶させていただきます。わたくしはレティアノ公爵家令嬢フェリシア。今回あなた方パーティーに護衛の依頼をした者です」
美しく波打った金髪が、まだ薄暗い中でともされた燭台に照らされて、輝いている。
当然だが、サヴィはフェリシアを屋敷の中でも一番豪華な部屋に案内していたようだ。私たちの部屋にはなかった応接スペースのソファに今私たちは座っている。
この依頼が入ってきた時のように、4人横並びで。
今回はゆったりと座れているので、レストがデカすぎて邪魔だなと思うこともなさそうだった。
私たちは左側から順に自己紹介していく。
「ただのシュリーでぇ〜す」
「ミミリスよ」
「レストだ」
「ククです」
互いに「よろしく」と交わし終えると、フェリシアは凛とした声で続けた。
「このようにご挨拶する機会を今日まで先延ばしにしていたことを重ねてお詫びいたします。大変失礼いたしました。今回の依頼を、本格的にお任せして良いのかどうか──その判断をさせていただいておりましたの」
静かでいて、人の上に立つことに慣れた者の気品と厳しさを感じさせる声が、部屋に響く。
「今回のこの依頼は、特殊なものとなります。先日の大きな戦い...『ルエリードの惨劇』とでも呼びましょうか...それに次ぐ規模のものとなるかもしれません」
『ルエリードの惨劇』。
ルエリードとは、バルディア帝国との国境に位置し、その地の名をいただく辺境伯が治めている領土である。
世界最大の森『キ・サの森』は、世界各国に及ぶほどの広さを誇り、当然ながらその森はルエリード領にも広がっている。
そのルエリード領内の森に、大型魔物と魔物の群れが突然現れたのは数ヶ月ほど前のこと。
緊急事態だったため、森の至る所に隠れ里のあるヴェゼル一族を経由して、ダンジョン攻略帰りだった私たちが駆り出された事件だ。
フェリシアの口から飛び出してきた言葉に、メンバーは皆息を呑んでいた。
冒険者になって以来、何度も命の危機を経験してきたけれど、あの事件ほどではない。パーティメンバーを失ってしまうかもしれないという恐怖と共に、みんな戦っていたのだから。
フェリシアから発言の許可を得ようと視線を送ると、頷きが返ってきた。
「話の途中に失礼。今回の依頼は、ルベル湖に棲みつくティヌアスが目的だと思っていたのですが、違うのですか?」
そう尋ねると、フェリシアは口元を指先で隠すような仕草をしながらくすりと笑みをこぼした。
「わたくしも知っているわ。その魔物を倒すと、惚れ薬や怪しげな薬の元になる物を落とすのですわよね?なんでも、魔女が高く買い取るのだとか?」
ふふ、と笑みを深くして、フェリシアは何故か私たちを見つめる。
「実はわたくしも手に入れようと目論んだことがあったのですが......やめておいたわ。偽りを得ても虚しいだけなのだと学んだの」
意味深なことを呟くように言って、フェリシアは「戯言を言ってしまったわね」と小首をかしげた。
始終難しい顔をしていたレストが、フェリシアに尋ねる。
「ティヌアスじゃねぇなら、なんなんだ?何が目的なんだよ?」
いつも気楽でマイペースな私たちパーティでも、あの日はいまだに悪夢のようだと思ってしまう。
たまに酒を飲みながら、誰からともなく「よく生きて帰れたよね」とぼやくのだ。
面倒事どころではない、と目配せし合う私たちに、フェリシアは丁寧に願い出た。
「聞きたいことは山ほどあるでしょうが、まずは少し、わたくしの話に耳を傾けてくださるとありがたいですわ」
フェリシアはそこで言葉を切ると、細く華奢な指先を組み直した。
「今回の依頼を実行するにあたり、勝手ながら、個人的に様々なためらいがございましたの。その詳細すべてをお話することはできませんけれど……必要最低限の情報は共有させていただくつもりでいますわ。それはもちろん、あなた方を一流の冒険者として信頼しているからこその話です。──あなた方がSSS級冒険者と呼ばれる、このグランヴェール王国屈指の冒険者パーティーであるという前提の元、お話をさせていただきます。その点はご了承ください。もちろん、報酬は先日提示させていただいた倍の額をお支払いいたします。のちほどヨードから、あなた方にある資料を提示させるので、そちらに目を通していただけるとありがたいですわ」
そこでフェリシアは一息つくと、エメラルドのような瞳に深い憂いを含ませた。
顎をきゅっと引くと、意を決した様子で口を開いた。
「それでは、お話をさせていただきます。今回の依頼は、結論から申しますと、『ルエリードの惨劇』が発端ですの。……あれは、人為的に起こされた事件ですわ。少なくともわたくしはそう考えております。その真相解明、証明のため、あなた方に依頼をいたしました」
「人為的に......!?」
横からレストの唸るような声が漏れ聞こえた。
その向こうに座る2人からも動揺した様子が感じられ、緊張した空気が広がる。
私たちの心情を感じ取ったからか、憂いの表情を深めたフェリシアが、ゆっくりと1人1人へ視線を向けながら話を続けた。
「ここからは、完全なる機密事項として扱っていただきたい内容ですの。情報を漏らした途端、社会的に抹殺させていただきます。冒険者ギルドに所属している以上、そのルールに沿った契約として処理されますわ。今までも何度も、そういった類の依頼を受けてこられたでしょう? ですから信用させていただきたいと思いますが……もしこの時点でわたくしと契約を交わしたくないとおっしゃる方がおられましたら、今すぐお答えください。このお話自体を、なかったものとして断ってくださって構いませんわ」
フェリシアはそこで言葉を止め、時間を与えてくれたようだった。
私たちは互いに目配せをして、それぞれの意思を確認し合ったが、誰一人として、その依頼を拒もうとする者はいなかった。
今までもそうであったように、私たちは戦って生き延びるために、ここまでやってきたのだ。この国で成り上がり、確固たる地位を確立するための手段として冒険者という職業を選んだ私たちだからこそ、ここで退くという選択肢は存在しない。
けれど......。
「...レスト。私はレストの体が心配だ。あの魔物クラスとなると、少なくともククを必ず1つは消費しなければならなくなるのは間違いない。だから、」
「何言ってんだ、お前?」
厳しい目を向けてくるレストは、意外と正義感が強い。
私の意見を素直に聞いてもらえるとは思っていない。命に関わるククの後遺症に悩まされていることに触れられたくない私には、これ以上レストを説得できる気もしない。
だが、だからといって今体を蝕むこの苦しみを、味合わせたくないとも思っている。
しばらく2人で睨み合った。正確には、レストが私を睨みつけている。その視線には、私に対する不信感があった。少し前の私なら、こんな躊躇いなど見せなかったからだ。
不甲斐ない気持ちに負けそうになり、私は小さく息をついた。
レストの強い口調が私に向けられる。
「アレが人為的に起こされたっていうなら、絶対にもう一度同じことが起こる。それを野放しにしろっていうのか?」
「......分かってる...。だけど、」
ふと顔を上げると、メンバーみんな同じ目をして私を見つめていた。
みんな私の言わんとすることを分かっているようだった。
後遺症についてまだ知らせていないにしても、過剰摂取することで体に負担がかかることは皆知っている。私が最近ククの使用に消極的なことも。
「大丈夫よ、クク」
ミミリスがそう言うと、何の根拠もないというのに、いつも変な説得力があるので笑ってしまいそうになる。
ふう、と吐息をひとつ吐き出した。
私がしっかりすれば良いのだ。
ククを使わず魔物に対処できる薬を開発するか、それとも......。
とにかく、レストには絶対にククの過剰摂取をさせないと心に決める。
皆の瞳の中に、確かな覚悟と拒絶のないことを確認し、私は代表してフェリシアに向き直った。
「ご依頼、お受けします」
「ありがとう。礼を言うわ」
フェリシアはほっとしたように胸に手を当て、美しい微笑みを浮かた。
「それというのも、あなた方以外にこの依頼を引き受けてくれそうなパーティーはほとんどいないと、心配しておりましたの。何分、同じトリプラーの方々は、それぞれ国内でとても忙しく、何なら国外の任務へ赴いておられる方ばかりですもの。それに……この依頼は先ほど言ったように、例の魔物と同等の存在と戦うことになると想定しております。その魔物を討伐したあなた方以外考えられないというのが正直な気持ちですが......もう一度聞きます──ここまでお話した事実を知った上でも、わたくしの依頼をお受けになる、ということでよろしいかしら?」
私はもう一度、パーティーメンバーひとりひとりの目を見て、その固い意志を確認した。そして、フェリシアに向かって深く頷き、その先の話を促した。
「ご依頼を受けていただけるということで、話を進めさせていただきますわ。結論として……人為的に引き起こされた、先日のあの事件を、わたくしはもう一度、意図的に引き起こそうといたします。……正確には、それを引き起こすことができるかどうかを『証明』し、確認するために、あなた方に依頼をいたしました」
一度言葉を切ったフェリシアを見つめながら、私の脳裏には、治療室でのサヴィの怒った顔が思い浮かんでいた。
この時点で、ルベル湖に到着した後にクッキーを使用することは、もう確定したようなものだ。だが、幸いにもこの部屋には、あの薬草が私にもたらしている副作用や悪影響を知る者はいない。
サヴィには「考えとく」なんて言ったけれど、この依頼は何があろうと、例えみんなに反対されて私1人になったとしても、最後まで引き受けると、心の中で決めていた。
その理由は、単純と言われてしまうだろうが、フェリシアを守るように立っている、焦がれるほど求めていたブラントとの再会だ。
一ヶ月後に、冒険者としての自分との決別を迫られる恐れがある未来を思えば、私がこの無茶な依頼を受けるという決断に至ってしまうのも、サヴィなら分かってもらえるかもしれない。……いや、やっぱり「お前はバカか!」とこっぴどく叱られるのがオチかもしれないけれど。
あとに残されているのは、私の覚悟だ。
ククを使用する事とセットで考えなければならない問題。
あの姿を、ブラントに見せられるだろうか。
軽蔑された目で見られてしまえば、立ち直れなくなりそうだ。
☆
フェリシアの話を要約すると、こういうことだった。
『ルエリードの惨劇』で、キ・サの森──正確には、サフィニア湖に魔物を出現させたのは、グランヴェール王国の第二王子、ラインハルト王子である、と。
王子がどういった理由や手段を経て、そのような王家の禁忌に行き着いたのかは不明だが、ラインハルト王子は、「キ・サの森にある湖に王家の血を一滴でも流せば、偉大な力を手に入れることができるんだ」と、まるで子供のごっこ遊びのように幼い頃からフェリシアに話していたとのことらしい。そして、あの事件があった時期にも、また同じことを口にしていたのだという。
それを踏まえて、あの惨劇が起こった。
翌年に隣国バルディア帝国へ嫁ぐことが決定していたフェリシアは、最後の羽休めとしてブラント率いる小隊を伴い、キ・サの森の中で一番美しいと有名なサフィニア湖へ出かけていた。
それを嗅ぎつけ、ラインハルト王子が不自然に現れた。ラインハルトは、幼少期からフェリシアに過剰なまでに執着しており、ことあるごとにちょっかいや邪魔をしてきたらしい。
そういった事情もあり、フェリシアはラインハルトの不審な動きを疑った。
その後、様々なルートや情報網を駆使して、古い文献の奥底から見つけ出したのが、かつてラインハルト王子が言っていた内容と完全に一致する「王家の血の禁忌」の記録。
そしてフェリシアは、何らかの手段でラインハルト王子の血液そのものを手に入れたのだという。
「本当なら、あの事件の舞台であるサフィニア湖へ行けば確実ですわ。……けれどあそこは今、アルベール国王陛下の兵に厳重に監視されています。わたくしが近づけば、すぐにラインハルト王子にこちらの企みが筒抜けになってしまう。……だから、同じキ・サの森にあり、地下で水脈が繋がっているこの『ルベル湖』で実験を行うことにしたの。あそこなら、あの方の目を盗んで、安全に、確実にあの方の罪の証拠を再現できますもの」
これ以上ないほどの王家のスキャンダルを突きつけられ、私たちパーティーメンバーは言葉を失っていた。
果たして、国家を揺るがすような依頼に、首を突っ込んで良いものかとよぎるけれど、きっともう遅い。
ここまでくれば、あとは依頼を何がなんでもこなし、生き延びるしかないということを、私たちは身に染みて理解していた。
メンバーの横顔をちらりと盗み見る。
何を血迷ったことを、などと言い出す者は、意外といなかった。
報酬か、危機感か、何がそうさせるのかは分からないが、間違いなくフェリシアがその一役を担っている。
みんな覚悟を決めたような、厳しくも真剣な目をして、冒険などしたこともなさそうな貴族令嬢の話を聞いていた。エメラルドグリーンの瞳からにじむのは真摯的な色で、心から何かを憂いていることだけはわかるのだ。
私はそこで初めてまともにブラントへと視線を向けた。いや、今の今までちゃんと視界には入っていた。
だが、フェリシアの騎士となったブラントを直視したくなかったのかもしれない。
耳を疑うような話が進められる中、ブラントはフェリシアの真横から少し下がった場所で、ただ彼女を守るためだけに直立していた。
黒曜石を閉じ込めたような瞳は、まっすぐ前へと向けられ、油断なく冷たく光っている。
一見ただ佇んでいるだけのように見えて、私たちの指先一つが少しでも怪しげな動きをしてしまえば、いつでも剣を抜けるような、鋭い気迫をその身に纏っていた。
ブラントは今までもこんな風に、ラインハルト王子の執着からも、フェリシアを守ってきたのだろうか。
本当に、この女の専属護衛騎士になったんだな……。
思い知らされた気がして、心臓の奥が凍えていく心地がする。
ブラントはもう、完全に『フェリシアを護るため』だけにそこに存在していて──かつて私の隣にいつもいて、命を懸けて守ってくれた、幼馴染の私のヒーローでは、完全になくなってしまったのだと。
「このあと、こちらの隠れ里を出発して、まっすぐにルベル湖へと向かうわ。聞くと1日ほどで到着するとのことですわね。どこかで1泊は挟むでしょうけれど、最短距離で、一刻も早くこの目的を果たしたいと思っているの」
フェリシアは膝の上で固く両手を重ね、緊張の色をにじませた表情を浮かべた。
無意識になのか、固く重ね合わされたその両手の柔らかそうな甲が、切れそうなほど赤く染まっている。
それに気づいたかのように、ブラントの視線がちらりとフェリシアに向けられた。
黒い瞳の中に、フェリシアを思いやるブラントの気持ちが見えてしまう前に、私は慌てて目を横にそらした。




