第四十五話
「ルイーナ様、私の言いたいことは既にお分かりかと思いますが」
開口一番、ゴアは説教が始まる事を分かりやすく伝えてきた。
正論しか言わないゴアは、後宮の中でも俺の一番苦手な人間だ。
「やぁ、ゴア。久しぶりだね。あと二曲聞かせてくれるらしいよ。早く座らないとだね」
とりあえず説教を遮ってみながら、椅子に座った。
演奏が始まったら、説教なんて聞いてられないもんね。
なんて甘い事を考えていたら。
「私が部屋に戻らない限り、演奏が始まる事はありません」
絶望です。
「演奏のマナーを誰からも教わりになられませんでしたか?演奏後には、音を立てず、余韻を楽しむのは最低限のマナーですよ。それを何ですか。あのように端無く手を叩くなど。以ての外です。しかも、楽士に近寄っていくなど言語道断。楽士達は、非常に高価な楽器を商売道具にしているのです。子供がその楽器に近付くことは、何よりも恐ろしい事だと想像する事は出来ませんでしたか?」
そこまで一気に喋ると、流石に疲れたのか、侍女が差し出した水で口を潤す。
いや、もう、その辺りでお許しいただけないでしょうか。
と言うか、拍手は端無いことだったのね。失礼しました。
確かに、音楽の余韻って必要だよね。理解できます。
あと、楽士に近付かない。確かに。そうだよね。
前世でも楽器って物凄い高価なイメージあったもんね。
学校の吹奏楽でも、借りて演奏するから、自分で楽器選べなかったりするもんね。
あと、自分で楽器持ってたらそれの担当になれるとか。
子供に突撃されるなんて恐怖でしかないわな。納得です。ごめんなさい。
「そもそも、魔力結界が張ってあると説明を受けたはずです。その結界に近付いていくなど、どういうおつもりですか。ルイーナ様は膨大な魔力をお持ちで、自由自在に操る才をお持ちかも知れませんが、後宮がどういう場所かはご存知でしょう?魔力の乏しい者が、あるいは魔力のない者が、魔力結界が崩壊してしまった時にどうなるか、考えたらあのような行動は絶対なさらなかったはずです。ゼンツの事も、しっかりと考えましたか?魔力のない彼が、うっかりルイーナ様を追いかけていたら。魔力結界に彼が入ってしまったら。命に関わる事なのですよ。しっかりと、周囲の者達の事を考えて行動なさいませ」
魔力結界が崩壊したら、めっちゃ怒られるだろうな、とは考えた。
でも、確かに、そんなに色んな人への影響なんて考えてなかった。
魔力結界は、楽士たちの魔力を隔離する結界だって言っていたな。
後宮側に魔力が入らないようにする結界。それが崩壊したらどうなるか。
ミームの魔力以外に触れることの出来ない人達が、楽士たちの魔力に晒されることになったら、心力が弱って身体も弱って最悪死に至る。
ゼンツが俺を追いかけて魔力結界に入ってしまったら、それも同じ事なのだろう。
ただ、ゼンツは護衛騎士として働けるほど心力が強いから、それほどすぐに影響が出る訳ではない。と思う。それでも、ある程度の影響はあるだろう。
いや、演奏には魔鳴楽器も使用されている。
楽器に魔力を込めるということは、普段の比ではない程に魔力を使用しているということだろう。そうなると、影響はまた大きくなる。のかも。
「ごめんなさい。魔力の影響を軽く考えていた。みんなもゼンツも、魔力に触れたらいけないって、ちゃんと理解してなかった。ホントにごめんなさい」
ゴアにも、窓から顔を出して演奏を聞いていた皆にも、ゼンツにも頭を下げる。
ゴアは、『分かって頂けたのなら、良かったですわ』と言って、部屋へ帰って行った。
「その騎士があの結界に入ったら、一呼吸で死に至る。魔力を使用する楽器とは、そういう類の物だ」
俺のまだまだ甘かった考えを、メフィスレスがサクッと指摘してくる。
一呼吸で死ぬなんて、全く考えもしていなかった。何という危険な事をしてしまったのか。
もう一度ゼンツに謝るが、ゼンツはむしろゴアに説教された事を俺に謝ってくれた。
「俺も、止められなくてすみません」
と。
なんて良い奴なんだ。ゼンツよ。




