第三話「井尻康子」前編
残機が無くなった。
三十分待てば回復してまた遊べるようになるが、そんなまどろっこしいことはやってられない。
サクッと課金する。最初から課金せずに、残基が無くなってからというところが親への優しさだ。登録しているカードは親の名義なので。
というより、拓也なりのやりくりでもあった。
また月末には気に入っているキャラのコスチュームが発表される。どうしても欲しいものなので、その分、今月の課金は手加減してやっている。拓也の使う金額に、親が苦言を行ってくるラインはあるものだ。
全く、うちの親も年金なんかに頼らず、パートなりなんなりしてほしいものだ。
このご時世、年がいっても雇ってくれるところくらいあるだろう。職を選ばなければ。
自分たちの都合で好きに作った子供なのだから、責任もって最後まで食わせてくれなければ困る。
回復したゲームを軽く一戦やったあと、そういえば喉が渇いたなと思い、拓也は舌打ちした。部屋に置いているドリンククーラーの中身はが空っぽだったのを思い出したからだ。
それもこれも、階下が連日ざわめいていたせい。
台所にあるジュースのストックを持って来ることさえ出来れば、あとは快適な自室に籠ってトイレ以外は外に出なくて済むのだが、このところ多すぎる足音が響いて、まるで気持ちが休まらなかった。
どうも、親戚が居座っていたらしい。忌々しい。説教ばかりして偉そうで、いけすかない連中だ。
特に叔父は、今回本当にいただけなかった。
なんと、拓也を無理矢理部屋から出そうとしたのだ。礼儀知らずか。この時、従兄弟も敵に回ったので、どさくさ紛れて蹴り飛ばしてやった。
ああ、昔は従兄弟の子も可愛かったものだが、生意気盛りになってきてからは距離を感じる。
「どうだ、今は何をプレイしてる? 攻略に詰まったら何でも聞いてこいよ、たいがいのものはやってるからな」
などと、いい親戚を演じて頼もしく話しかけてやったのに、「ああ……はい……」と元気がない。
最近はゲームはしないそうだ。友達と遊ぶのが楽しいらしい。
友達と遊ぶのにゲームが必要だろうに、よくわからない。小さい頃は拓也のプレイに目を輝かせてリスペクトしてくれていたのに。
きっと従兄弟がよくないことを吹き込んでいるに違いない。あいつはニートだからとか何とか。
ニートがなんだ。あいつらには何の迷惑もかけていないのに、小うるさい。
無職であるだけで人を見下していいというような教育を受けた、従甥の方が心配だ。もっと人に優しくしないといけないのに。
そんなことがあったため、拓也はここ数日は飯も食べにいかず手持ちのスナック菓子で籠城していたのだ、が。
そろそろ、母も心配する頃だろう。冷蔵庫に自分用のおかずが置いているかもしれない。見て来よう。
拓也は大儀そうに立ち上がった。長年酷使している椅子が、ギチリと鳴る。念のため、足音を殺してドアに寄った。
うっすらと開けた隙間から、あたりの空気を探る。
家の中はしんとしていて、誰もいないようだ。そっと階段の下も覗いてみる。階段から見える玄関には、数日前まであった何人分もの黒い靴は見えなかった。
よし。
拓也は意を決して駆け出した。
台所に滑り込み、エナジードリンクの缶と、適当な食糧を探す。
二枚残った食パン、他には硬い煎餅くらい。あとは未だ食べられない食材だ。シケた家である。
とりあえず引っ掴んで部屋に戻ろうとした時、
「拓也……」
と、細い声が聞こえた。母の声だ。
顔を上げてみたが、台所にはいない。姿は見えなかったが、隣の部屋にいたのだろう。
「うるさい!」
驚かされたことに恥ずかしくなり、乱暴に返事をした。湿っぽい話を聞かされる前にと、急いで階段を駆け上がる。
「何もないぞ! 甘いものでも買っとけよ!」
そしてバタンと大きな音でドアでも占めてやれば、しばらくは文句は言われない。
拓也はやれやれと息をつき、安全なる自室の椅子に収まった。
十で神童、十五で才子。
井尻拓也は少年時代、成績のいい子だった。体育は芳しくなかったが、それはあくまで本気を出していないせいだ。
足だけ速くて女子に人気なクラスメイトも中にはいたが、そういう浮ついたタイプではなかった。
あくまで真面目で優しいキャラだし、女の子とチャラチャラして遊ぶよりも、好きな本の中で大人ぶった男の背中を追うのに忙しかった。
クール系が好きだ。例えば、『四聖獣頂上決戦』の青龍のような、飄々としたものが。
何しろ勉強の出来た拓也は本を読むのも好きだ。クラスメイトが読まないような、難しい漢字を使った本などだ。
「すごーい、井尻くん、難しいこと知ってるねー」
などと言われた時は嬉しかったが、そこをグッと堪えて「フッ」と軽く笑って見せるだけに留めた。青龍のように。
二十すぎれば只の人。
いや、俺は違う。そんなことにはならない。
学生時代という人生の青い春は終わり、社会の歯車となるべく周りの皆があくせくし始めたが、拓也はくだらない社会に迎合するのは嫌だった。
仕事するとしても、ふんぞりかえって人格否定してくる面接官というものと話をしなければならないらしいし、楽しいこととは思えない。
そんな苦痛に耐えてまでやったことで、奴隷となってさらに苦行を続けることになるのだ。理解できない。勤めてほしいのなら会社の方から頭を下げてくるのが筋だろう。
クールさを捨ててヘコヘコしないと仕事できないのなら、しない方がマシだ。
そんな折、拓也に道を示したのは友人のカバオだった。
「俺は専門学校に行って絵を学ぶ。ゲームクリエイターになる」
などと言ってきたのだ。なるほどそれも一つの手だ。
拓也は当時付き合っていた彼女を呼び出してこう言った。
「俺は漫画家になる。俺の才能は知っているだろう? 漫画は山ほど見て勉強しているからさ。今描いている作品を雑誌に送ったら、アニメ化して世界中の人間が俺を知るようになるんだ。だから安心して俺を支えてほしい。作品を描き終えるまでは、まだ不出世の天才だからね」
クールな自分が思いがけない弱さを見せるのは、愛する彼女の他にない。
さぞ愛されている証拠に喜ぶだろう……と思っていたら、彼女はなんと卒業と同時に拓也の前から姿を消した。
(フシュッセイって、出世しないって意味とか? 多分、不世出って言いたいのよね?)
そう思ったのかどうなのかは分からない。分かったのは、都心の企業にお勤めするため上京していたということだ。これだから女は信用ならない。
拓也を支えてくれるのは両親のみとなった。
正確には母親だけだ。父親はグチグチと「早く働け」と言っていた。
父、達郎はもともと偉そうで、拓也は彼に腹を立てることもしばしばだった。
逆に母の康子は、そんな父の影に寄り添ってひっそりと生きる優しい人で、ちゃんとゴハンも用意してくれる人なので嫌いじゃない。
「きっとそのうち、やる気になるでしょ。お母さんは信じてるからね」
他の親戚もまたごちゃごちゃとうるさい。従兄弟ですらうるさい。
「拓也、お前、何もしなくていいのか? どうやって食っていくんだ?」
コイツは同い年なので、同時に卒業した。
そして大手企業に就職が決まったりしていたから、なおさら偉そうだ。名前だけは有名なデンキ屋の、何がそんなに偉いのか。
「いずれ親の稼業を手伝おうなんて、殊勝な心がけじゃないか。それにくらべてうちのときたら」
父がまたグチグチ言う。母は困った顔で笑う。
どいつもこいつも。いつか俺が高名になって天下を取ったら慌てるだろうに。
そうしたら奴らはおべっかを使って持ち上げようとするだろう。だが、その手はくわない。
今までの鬱憤を唱えあげ、きっぱりと撥ねつけ冷たく接してやる。そんなシミュレーションもバッチリだ。
その時が来て慌てる親戚どもの顔を思い浮かべながら、拓也は気持ちよくゲームをしていた。真っ白な原稿用紙と、ペンを傍らに置いて。
遅くなりました。次回は明日お持ちします。
ニートにとって人生のターニングポイントは多くがこの出来事によるものでしょう。
次回はAI故人なごみとの邂逅です。




