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第六話「水谷さくら」前編


 鋭く見せるステップを踏む、ただしふわりと優雅に。

 空に浮いて見えるほど、優雅に。上手くいけば、それは、足の裏に刺激のひとつも感じない。


 素早い足さばきで3、4、トントン、息は弾むけど最高のパフォーマンスを生み出している今なら、それすら気持ちいい。


 不意に、背中を見せてさくらが駆けた。

 ほんの二歩の助走で、音のないジャンプ。体を捻り、着地と同時にこちらを向くと、今度は私の番。


 さあ、こっち!


 向かい合うさくらは口パクで叫び、微かに頷いた。


 おいで!


 同じようにできるはずだ、同じくらい軽やかに。早く来いと両腕で誘う。


 私は体を僅かに沈め、ぐっと床を蹴った。

 頬に風がそよぐ。




 私、棚吹百萌が水谷さくらと会ったのは高校に入ってすぐ。


 サクラサク、お陰様で私にもサクラが咲いた、春。

 はーやれやれやっと終わった、しばらくは勉強よっか楽しい事するぞ。そんな、新しい門出にやる気満ち溢れる四月。


 始まった学校、自己紹介など一通り終わり、部活動の案内と勧誘が始まったあたりで、同じ中学出身のマユがうちのクラスに連れだってやってきた。


「ももー、この子がダンスしてる人探してるってー」

 そう言って引き合わされたのが、さくら。


 私は中学時代からストリートダンスをやっている。

 その時も仲間集めに苦労していたんだよね。やる気の少ないのとか未経験者とか、補欠まで揃えてやっと五人。なんとか仲間をかき集めては放課後のショッピングモールで練習していたものだ。


 初めはダラダラで締まりのなかったメンツも、撮ったショート動画に評価がついたりすると、皆少しずつやる気を出してくれた。あれは楽しかったなぁ。二年の終わりにはだいぶ息も合ってきて、最高のパフォーマンスも出来るようになった。


 けど。それから間もなく、自然と集まりは悪くなる。

 これはもう仕方がない。私たちに課せられた、この年齢の宿命ってやつ。受験。

 あそこに行きたいとか、制服が可愛いとか、数学ニガテとか、ぶーぶー言いながらも勉強しなくちゃならなかった。


 受験シーズンが終わったら終わったで、別れの季節。

 結果として、皆バラバラ。ほとんどが別の高校に行ってしまった。かろうじて一緒になったマユは、大喜びでバレー部に入っていた。


 まあ元々バレー部からの掛け持ち助っ人がマユだったから、当然の流れだよね。この学校はスポーツが強いし。


 で、そのマユが同士を連れて来た。埋め合わせかと思ったらむしろ、さくらの「仲間募集!」という大声アピールが激しかったからだという。


「まあ、心当たりはあったからさー。良かったじゃん、もも、ダンスしたがってたし」


 そう言うマユの後ろから現れたのは、黒髪をサラサラと流した美人。

 見た目は大人しいお嬢様風だったのに、口を開けば予想の倍は元気な声を発してきた。


「もも? ももちゃん、て言うん? 私はさくらだよ。桃と桜でちょうどいいやん」


 それがさくらの第一声だった。第二声もなかなかだった。


「ももちゃん、ダンスしてんだよね? 良かったー、探してたんだよ、そういう人。ね、私と一緒に天下とろう?」


 それはそれは衝撃だった。


「て、天下……布武??」

「あっはっは、誰が信長だ! ももちゃん面白いね!」


 自分としては、絶対的にさくらの方が面白い。ダンスで天下取ろうなんて。


 私はせいぜいショート動画が知り合い間で評価が稼げればいいな、程度だったからその先は考えていなかった。

 競技としてのダンスがあったのは知ってはいたけど、本腰入れてやっていこうとは思った事なかったし。


「あ、ダンスって、社交じゃないよね? ヒップホップであってる? 私逆にそれ以外はあんまよくわかってないからさぁ」


 アハハとさくらは笑う。明るくて、ダンスで天下を狙う、飾らない美人。

 とりあえず圧倒されてしまった私は「あ、うん」と思わず頷く。


 楽しい高校生活が始まった。




「ももちゃん、今までどんなのやってたん?」


 スマホをスピーカーに繋ぎながら、さくらが聞いてきた。


「やー、自分がやりたかったからさー、無理矢理仲間誘ってちょこちょこ。部活とかダンス教室には行ってなくて、でもそのうち行きたいなって」


 気合は入ってたつもりだけど、きっとさくらほどじゃない。なんかちょっと恥ずかしくなった。

 趣味の範囲だよね。なんての? 同好会?


 あ、そういや今も同好会だ。「部活は十人からだって」って、さくらが言ってた。部活と認められてないから同好会。

 別に顧問の教師が欲しいわけじゃなかったし、そこはいいんだけど。ただまあ、弊害としては場所がない。

 スポーツが強豪だから、運動場や体育館は他の部活に取られてる。舞台の上にだって演劇部がいるし。


 だから西棟の三階踊り場を占拠して使うことにした。

 まあまあ踊れるスペースはあるし、二人なら問題ない。

 そんで、非常階段しかないから誰も来ない。東棟の方が広いは広いけど、そこは音楽室があってコーラス部がいるから曲が流せないんだよね。


 なんか秘密基地っぽい。個人的には大満足。

 曲を選ぶさくらの背中に語りかける。


「曲はゆるいのが好きだな。メロウとかフロウとか、そっち系」

「あー、いいね。メロウでフロウ。チル? んでも、聞くのはいいけど踊るのはね。シャキシャキしたのがいい」


 さくらはズバリと自分の意見を言ってきた。ちょっと驚き。

 私ならクラスの子とかに「それ私はちょっとね」って言えない。まだ気を使って誤魔化したり阿ったりしてる。


 さくら、素直だね。そして私は、それ全然イヤな気分にはならなかった。何でだろね、むしろ、なんかいい。

 だからその時私は、あ、この子のこと気に入ってるんだな、て思った。


 さくらはゆったりとヒップスイングしてくれてる。なぜか私の好きなJポップをピッタリ選んで、チルなリズムで。


「いいね」


 嬉しくなった私も一緒にゆらゆら揺れる。でもすっごいな、簡単なものでも、さくらの動きは本当に綺麗。ありふれたポップをすごいノリよく見せてくる。羨ましい。


 チル気持ちいい時間を過ごした後に今度は、男声でビートのきいた洋曲が流された。


「私はこういう重いのが好き。基音で床響いて揺れそうなやつ。ガールズヒップホップとかってユルいんでしょって言われるのが一番腹立つし」


 そう言って、さくらは床を鋭く蹴った。

 うん。それが好きなんだろうなって、すっごくわかる。似合ってる、と思った。


 素早い動きに、真っ白なシューズがキュッと鳴る。服は真っ黒で靴だけ白、光るようなラインが空中に引かれて、めっちゃクールなスタイル。それも好き。


 ちなみに私のシューズはニューバランス。これでも頑張って買ったやつ。普段使いのトップスがピンクで、ズボンはベルトのストライプ可愛さにつられて買った白。ちょっと甘い系かな。合わせた方がいいかな。


「一緒にやろ? なんか当ててよ、フリースタイルでいいから」


 ええー。見ていたかったけど。でもさくらは笑って手を閃かせる。これはもう、やるしかない。

 よし、と腹を括ってテンポを探り、スタンプ音から合わせて入った曲。


 思いついたステップを次々に踏んだ。あれも出来るよ、これも出来るよって見せつけるように。テストかな? さくらのパートナーとしてやってけるよって、示さなきゃいけない気がして。


 一曲終わったら、さくらはニッコリ笑った。


「上手いじゃん」

「いやいやいや。そっちのがヤバいし。さくらちゃん、めっちゃ上手い」


 本気スタイルにヤバいくらい汗が噴き出てた私は、まだドキドキする胸を押さえた。久しぶりなのに、えらい運動した。

 私だって上手い方だと思ってたけど、それは私が集めたビギナーたちの中ではそう、ってことだったよね。なんか思い知ったわ。


「さくらって呼んでー。ちゃん付けはなんか、親戚のおばさんに呼ばれてるみたいでムズムズする」


 とケラケラ笑うさくらに釣られて


「わかるー。え、んじゃ私も名前だけで」


 と、頷いた。この流れなら言っておくべきかなって。


「おっけー。いやー、気持ち良かったよー。ね、これ練習してさ、いい感じに合わせられたら、文化祭とかで発表したいよね。文化祭デビュー」


 ヤバそれめっちゃヤル気出るじゃん。


「やろうやろう、それ! 楽しそう!」

「ね、やろやろ! じゃ、よろしく相棒!」


 私は上げられた掌に、いい音を立ててタッチした。




 さくらって、いつからダンスしてたんだろ。

 て思って聞いてみたら、そんなにベテランってわけでもなかった。まだ二年だって。何それ、私は三年なのに。

 えー。それなのに何が違うんだろ。なんであんなカリスマ出せるの? 手足の長さ?


「うちの母親がさー、私が生まれた時に最初に見せた動画がアムロちゃんだったって自慢してくるんだよねー。アンパンマンよりアムロ見せられて育てられたの。それじゃない?」


 なんて、本人は言ってた。よくわかんない。参考にならない。

 帰ってうちのお母さんに聞いてみた。


「ねえねえ、お母さんアムロちゃんって知ってる?」


 コンロの火を止めたお母さんは顔を上げて

「アムロちゃん? アニメじゃない方? そりゃあ知ってるわよー、お母さんアムラー系目指してたもん」


 と、なぜか得意げに語ってくれたところによると、安室奈美恵という歌手のことで、お母さんが若い頃にはすごく人気だったらしい。


「カッコよかったもんねー。あの頃みんなの憧れだった。安室ちゃんになりたい女の子いっぱいいて、スタイルを真似してたりしたのがアムラーって呼ばれてね。お母さんもお小遣い貯めて厚底ブーツ買ってさ。ガコガコ歩き回って、捻挫したり」

「なんで捻挫……」

「それだけ底が分厚かったの! でも何で急に安室ちゃん? ほら、百萌、味噌汁持ってって」


 ゴハンが出来た。味噌汁を並べて、お茶と箸まで出さないとブツブツ言われちゃう。ちゃんとお手伝いしなさい、とかって。


 昔のこと、何だか色々と思い出したのか、ゴハンの間お母さんはずっと機嫌よく話をしてくれた。


「お母さんが小さい時に急にラップが流行り始めてねー。それから定着した感じかな。安室ちゃんはその後だけど、あれガールズヒップホップっていうの? へー」

「友達からそう聞いた。お母さんは踊ったりしてなかったの?」

「一時流行ったけどまだ学生だったから、そういうとこ行くのは禁止されてたの。それまでディスコって言われてたのがいつのまにかクラブとか呼ばれはじめてね。学校からは危険な場所認定されてた。まあ、踊るよりカラオケの方にめちゃめちゃ行ったわー」

「ふーん」


 日本人ってあんまり踊らないよね。他の国みたいに、誰でもそこらで踊ってる、みたいなのない。習わないと踊らない、みたいな。みんな踊ってる国とか、本当羨ましい。


「今は趣味が細分化してるから、いろんな熱意の発露があるのね。私の若い頃はアイドル系か漫画系かに分かれるくらいしかなかったのに」


 お母さんはまだしみじみしている。よし、この機に宣言だ。


「……ね、私またダンス始めるから」

「あまり遅くはならないでよね?」

「はーい」



続きは明日。

楽しい青春物語、でもAI故人なごみは若い子の人生にも現れるのです。

どうぞよろしくお願いします

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