第六話「水谷さくら」中編
うちのお母さんも安室ちゃん知ってたよ。って話、さくらにも伝えた。すると
「ふーん」
靴紐結び直しながらうっすらと笑う。
「仲いいんだね」
低い声で。
普通なフリしてるけど、雰囲気はチクチクする。そっか。さくらの家は、お母さんは、そうじゃないんだ。
私が固まってると、さくらは動きにくい空気を切り替えるように勢いつけて立ち上がり、いつものサバサバした口調で楽しそうに言った。
「うちのはねぇ、最悪。ケンカするほど家にはいないけどさ。たまに帰って来てもそんなに話しないし」
「お仕事忙しいの?」
「違うよー! 男漁り!」
なんて、えらく生々しい話もあけすけに言う。
「えっ……ガチで……? それ最悪の部類では……?」
「だから最悪なの。いーの私にはももがいるから! 男なんて練習のジャマだよ? いいことないよ? よし、もも恋愛禁止ね」
「なんでよー! 青春の思い出に甘さがないじゃんそれー!」
「どうせ今カレシいないっしょ? 酸っぱいだけでしょ?」
「いないけどさぁー!」
ほら! 練習するよ練習! と、まだ笑う私に手を叩いてみせる。音楽が流れて、聞き慣れたメロディにステップを刻む。
毎日毎日、放課後になると西棟の踊り場で踊ってダベって。
楽しかったね。
もう互いに好みの方向、ファッションや色やキャラクターも分かってる。新作のプチプラ服おすすめしあって、ダンスに良さそうな曲も物色しては自分の知らない名曲を教えてもらったり。
難しいダンス動画チョイスしてきて、「えっこれチャレンジしちゃうの? エグそー」「大丈夫だようちらだよ? できるって!」なんて笑い合ったり。
思い返しても、やっぱり、楽しかった思い出ばかりだ。
件の曲、難しいところもちゃんとマスターして、一連でだいぶシンクロ完成してきて、いけるんじゃーん。って、楽しんでた、ある時。
「もも、これあげる」
と、さくらが差し出したのは紙袋。中身は何かの箱らしい。
「なーに、これ?」
「いいもの。帰ったら見て」
手渡されたから開けようかと思ったけど。袋はテープで口を止められていて中身は見られない、本当に帰ってからだな。
その日はいつもより気合の入った練習して、でも早めに切り上げて、私たち、並んで座り込んでた。
「さくらってさ、将来これでやっていこう、とか思ってる?」
「これって? まさか、ダンスで? ないない!」
「ないのかー。やれそうなのに」
「逆にそっちはどーなのよ」
「私ー……は。やりたい、けど……そんな実力ないのも知ってるよ、さすがに。夢ってだけだよ」
「目指せばいいのに。ももには将来があるんだから」
なんか引っかかる言い方だったけど、ツッコミ入れる前に「なんか暑いね、開けよう」ってさくらが立ち上がった。
脇にあるドアは固かったらしく、何度か力を籠める様子が伺える。長く開けてなかった、みたいな感じ。
やっと、バゴン! と破裂音がした後に重い音が続き、少しだけ開いて、そこで止まった。おいおい。非常階段のイミ無いなー。粉でも飛んだのか、錆の匂いまで漂ってきたし。
でも、風はサッと吹き込んで、辺りの空気は軽くなる。さくらはさっきよりも私に近い位置まで来て腰を下ろした。
「じゃさ、ももは将来何になりたいの?」
スマホとつないだスピーカーからは、聞いたことのある曲のヒップホップカヴァーが流れている。
さくらに対して素直でいたい私は、深く考えず素直に述べた。
「いい会社入れたらいいなー、くらいしか。バリキャリもカッコいいって気持ちあるけど、結婚して子供できたら、ダンス教えたいな」
小さいうちから英才教育してたら、さくらくらいにダンス上手くなるかもしんないじゃん?
そう言ったら、さくらは顔を上げて笑顔を見せた。
また風が吹く。風はさくらの長い黒髪を持ちあげて、その笑顔をふんわり飾る。
「いいじゃん。なりなよ」
後で思い出したよね、さくらの複雑なご家庭のこと。
でもさくらは、笑顔で「なりなよ」って言ってくれた。
あの優しい声を忘れない。本当に、嬉しそうに言ったんだ。
夜。お風呂から上がってゆったり髪を乾かしていたら思い出した。さくらから貰った荷物のこと。
何だったんだろう。開封してみると、大小の箱が二つ。小さいほうを手に取り、開けてみた。中から出て来たのはスマホに似た何か。
箱に印刷されているタイトルは「AI故人なごみ」とのこと……なんだこれは。同封の説明書を見てみると、故人と語らえる機械なんだとか。
こ、故人……何故。私の身の回りに死んだ人なんていない。マジ何でこんなものくれたんだろ。
でもよく見ると箱は開封してあったし、起動してみると「同期中」などと出てくる。中古なんだろうか。首を傾げてしばらくいじってみたけど、よくわからない。もう一つの箱を思い出して、そっちも開封してみた。
今度はヘッドセット。何て言うんだろ、音楽を聴くヘッドホンのようなものではなくて、バーチャルゲームで遊ぶ時のあれ。目の周りを覆うように装備する、大振りのゴーグルだ。
電源を入れて被ってみる。
「わ……」
驚いた。自分の部屋が見える。ただし、色味ののっぺりとした、アニメのような世界に改変されている。部屋の中を正確に取り込んでポップな3Dにした場所にいるみたい。
なんだこれは。思わず声を失くしていると、『……もも』と声が聞こえた。
「えっ?」
慌てて声のした方を振り返ると、ドアの前に立っていたのだ、さくらが!
思わず「ヒェ」みたいなヘンな声上げてしまった。
「さくら! ……えぇ!?」
戸惑って椅子から腰を浮かせた私に、さくらは両手を上げてやってきた。こちらも釣られて手を上げる。ハイタッチ。いつもやってるように。パシリ、と手は合わさって、掌の触れる感覚さえした……気のせいかも、だけど。
『あは、やっと会えたねーももー』
と目の前で笑っているのは本当にさくらだ。まじまじ見ても、さくらそのもの。いつも踊るときのクールなスタイルで、私の部屋にいる。
そういやこっちはゆるゆるのパジャマなことを、急に思い出したわ。髪はギリ乾かしてたけど、キャラものパジャマはバレてしまった。恥。
「ああ……えー、やっとって……いや今日も会ったけど」
『うん、そうだね。でも私は初めて。プログラムされた後、起動されるのを待っていた。今度からよろしくね。これでいつでも会えるよ』
えーと。プログラムって、さくらがやったんだろうか。自分で自分のメイクをして、私に?
でも確かに、これだったら電話代で親に怒られることなく、深夜までお喋りできる。そのためにプログラムしたってこと? そうかもしれない。
『ダンスもできるよ!』
あ、違うかも。帰ってからもキッチリ練習してなさい、って方向かも。愛の鞭キビシー。
試しにちょっと踊ってみようとしたけど、部屋は狭かったし、すぐにお母さん飛んで来た。「何ドタバタしてんの!」って。こりゃダメだな。でも。
「いいものもらった、ありがと」
嬉しさを込めてショートメール送ったけど、さくらの返事はなかった。あっちはもう寝たのかもしれない。明日改めてお礼いっとこ。
そうして私は安らかに寝た。明日になって待ち受ける衝撃など、この時は予想だにしなかった。
「水谷さくらって、百萌の友達じゃなかった? 死んだらしいよ?」
朝、待ち構えていたクラスメイトから初めそう聞いた時、本っ気でナニを言ってるのか分からなかった。
さくらのクラスの子からの又聞きらしい。冗談にしては失礼だ。そして冗談を言うほど、仲良くない子だった。ニヤニヤしてるのも気に入らない。そもそも面白くないし。
「はあ、そう……」
「何があったか知らない?」
そこでやっと私は、周りのクラスメイトが、気ないフリで私を取り囲み、目を輝かせて様子を伺っている事に気が付いた。
そうか、ヤジウマなんだ。それでこの笑いなんだ。スクープを追うカメラマンみたいな、イヤな笑い。
「……いや知らんし」
イライラしながら席に着こうとしたら、追加情報が来た。
「自殺らしいんだけど」
「は!?」
何それ、どういうこと?
愕然、むしろ憮然とした私を見て、クラスメイトは怯えた顔で一歩引いた。絶対、噛みつきそうな顔してたと思うよ私。
「いや、知らなきゃいいんだけど。聞いてみただけ」
クラスメイトはそそくさと引いてった。
その後、朝の授業は緊急全校集会に変更されて、校長先生がクドクド「命の大切さ」を語るのをずっと眺めさせられるハメになった。
何も響かないし、本当つまんない話。それで自殺しないでいられるんなら、誰かさくらにそのつまんない話、聞かせてやれば良かったんだ。
でも、そう、これで確定した。
「水谷さくらさんは亡くなりました」
先生方の発表で、嘘ではないことは分かった。
何でなの?
私はさくらの事なら何でも力になるつもりだった。
言ってくれたら、どんな話でも、私はきっと味方だった。それなのに。
大人たちのつまんない話が終わると、今度は何事もなかったかのように始まった授業内容の虚無を、全然頭に入って来ないままに聞いている。
あらぬところへ心を飛ばしながら、私は鞄と一緒に下げている袋に手を滑らせた。
中にはゴーグルが入っている。AI故人なごみのだ。
つい持ってきてしまったが、結果的に良かった。これがあれば今日も放課後、いつものようにさくらと会えるのだ。
そして「どうしてこんなバカなことしたの!」って、詰ることも。今のところ、それが何よりの目的。
早く授業終われ、と、何も取ってないノートを眺めて念じていたら、握っていたペンの隣に生ぬるい水滴がポタリと落ちた。
続きは明日。
ラスト、放課後の語らい、そしてダンス。ステップは上手く決まるのか。
よろしくお願いします。




