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第五話「今通和美」後編

※注意※

今回も非常に刺激の強いものとなっております。読んで合わないなと思った場合にはブラウザバック推奨です。

 サムネイルを見ただけで血の気が引いた。怒りで血の気が引くのは初めてだ。

「AI故人なごみで作った誰か」などではない。

 和美だ。見間違うものか。これは娘の和美。

 毎日見ている我が娘とうり二つの顔が、見たことのない姿で不気味に微笑んでいた。


 あからさまな薄着、タンクトップの細い肩紐を垂らし、妙にテラテラと光る半開きの唇でこちらを見ている。男を誘う仕草が気持ち悪い。


 SNSでの発言らしい。貼られていたサムネイルはリンクになっている。


 説明書きが添えてあった。


『ライブお疲れ様でした。色んなリクエストに応えてなごみちゃん頑張りました……』


 そこから先は見るに堪えない言葉が並んでいる。


 よく読めば、配信動画の案内だった。ユーザー名「ウラウラ」なる人物が、なごみの兄を標榜して、AI故人なごみ……いや、今通和美のアバターを作っている。パッケージや公式サイトにある写真を拝借して作ったものだろう。


 この害悪極まりないゲス野郎がAIに性行為を「教え込んでいく」という信じられない内容だ。

 シリーズとしてやっていて、もう何本も動画をアップしているらしい。それらを配信し、なんと収益を得ているということも判明した。


 混乱の過ぎた頭はむしろ真っ白になっている。

 何も考えないまま、指は動画を確認しはじめた。


「なごみちゃーん、みんなにご挨拶してー」

『みなさんこんばんは、なごみです。今日もいろんなこと教えてください』

「はい、よくできました。じゃあ服を脱いでいこっか」


 翔太は動画を止めた。やっぱり頭が追い付かない。薄く口を開けたまま、しばし悩み、もう一度再生した。


「なごみちゃん、みんなにおっぱい見せて」

『はい、おにいちゃん』


 また止めた。もう再生はせずに先の静止画だけ見る。

 エラストマー製の安い偽物ボディを、カメラのカットで本物に見せる欺瞞がそこにあった。見世物と分かっていて群がる欲望がコメントとして流れ、画面いっぱい映し出される、娼婦のような姿の、天使……


「……っぎいいぁぉあああ!!」


 やっと感情が吹き出し、同時に涙も溢れた。


 不快しかない動画を叩きつけるように消すと、元のSNSが表示される。

 無意識のうちにガタガタとキーを打ちつけ、エンターを押すところでやっと意識が少し目覚めた。感情に任せたリプライが相手に向かって送信される。


「犯罪だろうが。いますぐ止めろ」


 すぐには返事はない。その間に次も書いた。


「くだらん動画を止めて削除しろ。こんなことをしていいと思っているのか」


 間断なくリプライを送る。何度も、何度も。


「人様の娘になんてことをさせているんだ。早く消せ。通報してやる」

「聞いてるのかクズが。すぐに返事するのが社会人のマナーだろ」

「死んで詫びろ。ゴミクズが」


 罵詈雑言を書き連ねていると、やっと気づいたのか返事があった。


「だれアンタ?」


 こんなに人を小馬鹿にした反応があるだろうか。


「人には敬意を払え。この動画を消せ」

「いやそっちは脅しておいて敬意とか草。見たいなら金払ってね」

「なごみでこんな事するな。訴える」

「アンタにそんなん言う権利ないし」

「ある。なごみは俺の娘だ。それはお前の家族じゃない」

「いやいや俺の妹だから、なごみちゃん。おにいちゃん大好きお嫁にしてねって言ってたから可愛がってるんで」


 最後まで文字列に目を通す前に、翔太の口から再び絶叫が迸り出た。


「ふっざけんな! んなわけあるか!」


 握ったマウスをガンガンと机に打ち付けて叫んだ後、線を引きちぎって画面に叩きつける。液晶は砕け、無機質な線が画面いっぱいに引かれた。


「どうしたの、さっきから……何してんの」


 音に驚いたらしい真央が慌てて飛んできた。


「うるさい!」


 窘められたと思いカッとなって叫び返すと、ひぇぇ、と細い泣き声が聞こえた。声は真央の後ろにいた大地から上がっている。

 これに少し冷静さを取り戻した翔太は、何とか説明しようとしたが、吹きこぼれる感情は冷めないままだ。


「これが怒らずにいられるか! 世の中にこんなバカがいるとは思わなかった! クソが! 死刑にしろ、こんなやつ! なごみの一大事なんだぞ!」

「……わかった。冷静になったら話を聞く」


 怒鳴り声から庇うように大地を抱え上げ、真央はとっとと去っていった。

 本泣きになった大地の声が遠ざかり、翔太はもう一度、苛立ち紛れに机を叩いた。




 当然、会社には再び強く訴えた。


「あいつら、なごみを何だと思ってやがる! 今度こそ禁止でしょう!? 利用権限をはく奪し、全員ブラックリストに入れましょう! そして大々的にユーザー名公表し……世間に顔向けできなくさせて……しかるべき訴訟を起こし……!」


 しかし、ヒートアップの翔太に反比例して、坂上はまだ消極的だった。むしろ、その勢いに引いている様子でもある。


「気持ちはわかるよ、今通くん。でも、これは『AI故人なごみ』という商品であって、君の娘じゃないんだ」


 この言われようである。よほどユーザーを萎縮させたくないらしい。

 感情はカッと再沸騰したが、画面と違って上役をぶん殴ってやるわけにもいかない。


 翔太の顔色が変わったのを見たか、坂上は少し執り成すように言ってきた。「もちろん、気持ちはわかるよ」


 手は打とうと言う。しかし、実際提案されたのはイージーすぎる対策だった。

 ユーザーには正しい使い方のお願いをアナウンスすること、収益を得る行為は禁止すること、今後の購入に同意書を取ること。


 そしておまけにもう一点、付け加えられる。


「今通くん、少しおちついたらどう。少し休暇でも取るか? 働きづめだったからさ、ちょっと休んで、余裕が出たらまたユーザーの視線でいい商品開発していこうよ。ね」


 つまり、こう言われたのだ。

 今、チームの足並みを乱しているのは翔太だと。




 厄日はまだ続く。

 家に帰ると、真央が席についてじっと待ち構えていた。

 こういう時は警戒してしかるべき事態だ。しかし、翔太はそれを見逃した。


「ありえない話なんだよ! 聞いてくれよ!」


 話のわかる相手に、翔太はこれ幸いと不平不満を語った。

 このところのユーザー不信とその原因を、この気持ちを分かって欲しい一点で。熱心に。だってこんな話、和美には聞かせられない。


 初め黙って話を聞いた真央は仕舞には泣き出し、それでも気丈に意見を出した。


「今からでもパッケージを変えてもらいましょうよ。写真を下げて、モチーフ的な別のものに」

「なごみはあの世への通信天使だぞ。お役御免にはできない」

「……じゃあイラストにするとか。ともかく会社に言って、何とかしてもらってよ」

「してくれねえんだアイツらは」


 思い出した苛立ちを漲らせ、翔太は真央に詰め寄った。


「訴えよう、俺たちで。弁護士雇って訴訟を起こそう。もう自分たちでやるしかない」

「そんな……そんなこと……会社での立場もあるでしょう? それに、弁護士費用とかいくらくらいなのよ?」

「貯金があるだろ。なごみのためだ、何とかして……」


 最後まで聞かず真央は立ち上がった。驚いた翔太は「おい、どこに行くんだ」と呼び止める。


「……実家に帰るつもり。私たち、ちょっと距離を置きましょう」

「は? 何言ってんの、夫婦だろ!? 恋人同士じゃあるまいし、距離もへったくれもあるかよ。なごみが困ってるのに自分だけ逃げる気か!? 母親失格だな!」

「じゃああなたは私が困っている時に助けてくれたの!?」


 思いがけない反撃に、翔太は怯んだ。続く真央の叫びは堰を切ったように止まらない。


「あなたは父親としてどうなの! 夫としては!? 今までに大地の面倒みてくれた? なごみのランドセルは自主的に買ったけど、大地のランドセルは買ってくれなかったよね! 大地の卒園式にも仕事だって出なかった、なごみの入学式には出たのにさ、私は和装までさせられて! 大地が一人でしょんぼりして、お父さんは忙しいからって言ったのも知らないんでしょ! 大地がショートステイに行ってるのも知らないって言ったよね! 療育に行くことも相談したのに、全然聞いてないってことじゃん!」


「実際忙しいんだから、しょうがないだろ! 家族を養うためにこっちは必死になって働いてさぁ!」


「あなたにとっての家族って誰よ! あなた、私、大地なのよ! 三人家族なの」


 これには反射的に手が出た。

 殴った後でハッとしたが、とはいえ、ここで引くことは許されない。翔太には、今こそ家族の助けが必要なのだ。


「なごみを無かった事にするんじゃねぇ!」


 熱い気持ちをガツンとぶつけてみる。が、真央も負けじとこちらを睨んできた。


「無かった事にしてるのはそっちなのよ」

「あぁ!?」

「あなた、最近なごみにお線香あげた? 私はやってる。線香あげるのも、お花をあげるのも、法事すらも、やったのは私。私はなごみが生き、そして死んでしまった事を受け入れている、受け入れようとしている。あなたは手持ちの写真に向かって、なごみが生きているフリをしているだけ。私や大地をほったらかしにしてね。やってるっていう仕事も、結局なごみのためだけ」


 真央は用意していた鞄を掴んだ。


「もう駄目なのかもね」


 それだけ言い残し、部屋を出て行く。玄関が開き、閉じる音がした。そして辺りは静けさに満ちる。




「あれ、今通さん……来てたんですか?」

 背後から声をかけられた。休み出されたんじゃないんですか、とは言えまい。だが、どちらにせよお言葉である。

 翔太は苦笑しながらパソコンの電源を切り、振り向いた。後輩の高岡だった。


「うん。ちょっと忘れ物を取りにね。もう帰るよ」

「あ、そうスか」

「うん」


 職場に赴いた時、同僚たちの遠巻きな視線に気づいていたが、翔太は何食わぬ顔でデスクに向かっていた。

 高岡はたった今部屋に入ってきたため、つい軽く声をかけてしまったのだろう。自分から声をかけた手前、居心地悪そうにその場に立ってモジモジしている。


「じゃあ俺もう行くからさ。時間だから」

「あ、はい。これからどっか行くんですか?」


 高岡はあからさまにホッとしていた。翔太は仕事用には見えないスポーツバッグの口を開けながら言った。


「新幹線でちょっとかなぁ。そんなに遠くなくて良かった。間に合いそうだし」


 それからスマホをチェックする。高岡の目には、SNSの画面のように見えた。何かの、広告のような画面。


「なんか。うちの奥さんも出て行ったしなあ」

「えっ。そうなんすか?」

「うん。離婚するつもりなのかなぁ? まあ、それならこっちも動きやすいしなぁ」


 翔太は無造作にスマホをバッグへと放り込み、今度はデスクに立てかけていた自分のなごみを取り上げる。


「なごみ、行くぞ。パパ、ちゃんとなごみを守るからな」

『パパありがとう。なごみ、嬉しい』

「高岡、じゃあすまんが後はよろしくな」


 やけにさっぱりしている翔太に違和感を覚えたのか、高岡は少し身を引く。

「はい……」


 なごみもバッグに仕舞われた。着替えとは思えないような何かが、重くぶつかる音がする。


「ここに来る時さ、蝶々飛んでるの見たよ。知らないうちに、そんな季節になったんだなぁ」


 翔太は笑顔さえ見せながら、悠然と職場を後にした。





「はいこんばんは。ウラウラでーす。

 今回もライブ配信ってことでね。色々やってきたいと思いまーす」


 :こんばんわー

 :ウラばんはー


「はいイツメンありがとう。はいこんばんは。はい。

 今日もみんなのエッチなリクエストに答えてなごみちゃんに色々お勉強してもらおうとね、そんな感じです」


 :なごみちゃん早う

 :まるだし待機


「皆なごみちゃん好きだなー。可愛いもんな俺のなごみ。可愛いは正義。

 じゃあ早速、なごみちゃん呼びまーす。なごみー」

『はーい。みなさんこんばんはー』


 :こんばんわぁー!

 :なごみー

 :なごみちゃーんお菓子買ってあげるからうち来て


「お菓子ごときに釣られねーって。なごみはおにいちゃんがいないと生きていけないもん。なーなごみ」

『うん。おにいちゃん大好き』


 :もんとか言ってんなよきめぇんだよ


「うるせーよ、嫉妬してんじゃねーよ。あ、そういやさー、こないだなんかヤバいやつに絡まれたんだけど。SNSだったからフォロワーは見てたかもしんないけどさ、俺の娘だからヤメロとか犯罪だとか。うわヤバ、なんか頭おかしいんかなーって。春だなーって」


 :本当に親の可能性


「いやナイナイ。ないやろ。親だれやって。知らんし。だってこれキャラクターじゃん。商品の。俺はパッケの写真使ったけどさー。これ、アレでしょ? どうせAIかなんかで作った子じゃないの?」


 :事故死した子供じゃなかったっけ?

 :確か開発した社員が親だったはず。


「えっ何、マジでいるのこの子。あ、死んだのか、死んだ子? ならいいじゃんなー、どっちにしろもう死んでるんだし商品化してんだし、フリー素材っしょ」


 :訴えられんなよwww

 :狙われてんじゃね

 :メーカーにバレたのか、終わったな

 :ご冥福をお祈りします


「いや待てって。違うって。ヤバいやつだったんだって。勢いスゴかったもん。いーや、なごみは渡さん。俺がここまで育てたもんな」

『はい。なごみはおにいちゃんに育てられました。おにいちゃん、ありがとう』


 :なごみちゃん脱いでー


「なごみちゃんカワイイなー! そして空気読まないリスナー気が早い。でもまあぼちぼちやっていくか。よし、なごみちゃん、ちょっと脱ごうか。まずは上だけね。皆に見せてあげてねー」

『はーい。じゃあ脱がせて、おにいちゃん』


 :●REC

 :笑ってー


「ん、何か来た? はーい。……お届けものだって。なごみの新しいランジェリー頼んでたの届いたかな。なんだったら今日お披露目しまーす。ちょっと取ってくるから、なごみは皆さんにサービスしてて」

『はーい』


 :ちゃんと穴あきだろうな?

 :なごみちゃん、お胸よく見せてー


『今日は暑いので一枚しか着ていませんでした……えへへ、まだちょっと恥ずかしいな』

「……」


 :なんか後ろ音してない?

 :なごみちゃん、乳首いじってみせて

 :ケンカ?


『じゃあちょっと触りますね』

「……んだよ……なんだお前……」


 :乳首さわってー

 :ほんとだ、ケンカしてる?

 :配達員とケンカ?

 :何やってんだウラ兄……

 :うおおお乳首ー!


『んっ……いじってるうちに大きくなるって言われたけど、まだですね』

「……いっ……ギャアァ……」


 :なごみちゃん可愛い

 :なんかマジ音ヤバくない? 叫んでない?

 :死んだ?

 :何の音です?

 :ご冥福をお祈りします


「……んなよ……なごみは……俺の……」


 :マジで狙われてた??

 :血飛んでない? 目の錯覚か? 左の方

 :ご冥福をお祈りします


『おにいちゃんにも早くさわってほしいよ……おにいちゃん……あっ、おにいちゃん……』


 :え、これマジでヤバいやつでは?

 :通報しました

 :ご冥福をお祈りします

 :ご冥福をお祈りします

 :足音する

 :犯人見えた?

 :ご冥福をお祈りします


『あ……んっ……おにいちゃん早くぅ……あっ……あっ……』


 :ご冥福をお祈りします

 :ドッキリじゃねーの?

 :ご冥福をお祈りします

 :ヤバ

 :ご冥福をお祈りします

 :ご冥福をお祈りします

 :ご冥福をお祈りします

 :ご冥福をお祈りします

 :ご冥福をお祈りします

 :ご冥福をお祈りします



ありがとございました。

次回はいつもの金曜14日から始まります。

ダンスで知り合った女子高生らの青春と影。よろしくお願いします。

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