第五話「今通和美」中編
※注意※
今回も非常に刺激の強いものとなっております。読んで合わないなと思った場合にはブラウザバック推奨です。
何でも、どこかのインフルエンサーが当デバイスを取り上げたんだとか。
「AI故人なごみ。やってみたけど案外便利」
「ていうか結構お喋りできる安心感ある」
「一番の利点は、坊さん呼ばなくていいかなーって思えること。だって喋ってると本人元気だし(笑)。ぶっちゃけ法事とか、わかんないもん」
若いインフルエンサーは歯に衣着せぬ。臆面も罪悪感もなく、信心深い者がヒヤリとすることを言ってのけていた。
これが今度は、なんと主婦の友的な雑誌にウケた。
節約食費のネタはもう何年も組んでいて全く目新しさがなく、他のサイフを締めるためにもいろんなものを断捨離しているところ。
いわば生活のミニマリズム。その中に、「墓じまい」なる言葉もあった。
田舎の土地など貰っても何も嬉しくない人必見、手間暇稼げる裏ワザ。
土地など売り払ってしまえ。
永大供養の後に、自宅にはAI故人なごみでも置いていれば、仏壇のスペースもとらず、日々楽しい話し相手も作れるという一石二鳥。
むしろ親孝行、これをやらないと圧倒的に損とばかりに、コスパ・タイパという言葉が大好きなシゴデキ忙しい層にアプローチをかける。
このマーケティングは成功した。
じわじわと顧客数は拡大。翔太の顔に、やっと笑顔が戻りはじめた。
テレビも取材に来た。
翔太は自身のAI故人なごみを抱えてカメラの前に立ち、熱心にアピールする。商品の素晴らしさ、それと、我が娘の愛らしさを。
和美もいつもの愛想良さを出してご挨拶。
『パパがなごみを作ってくれました。みんなといっぱいお喋りしたいので、よろしくおねがいします』
「この通り、私の娘は今でも私に話しかけてくれます。あなたにも話しかけることが出来ます。みんな、いなくなった大切な人を、思い出のままに仕舞っておくだけにしておくことはないんです。一緒に人生を過ごせる。これこそが、AI故人なごみの素晴らしいところです」
社長の意見も取り入れて成長する要素も入れていたため、その時には和美は六歳になっている。
これは説得力が増そうというもの。享年三歳から、こんなに躾が行き届いたお子様になれるとは。
いい絵が撮れると踏んだか、テレビスタッフはどうせならドキュメンタリーを撮りましょうと言ってきた。六歳、つまり、四月まで待てば和美は小学校に上がるのだ。翔太は二つ返事で承知した。
カメラマンから突然の訪問を受けた真央は、当然、目を丸くすることとなる。
「何が始まるの? 聞いてないんだけど。……今日は話があるからってメールしたでしょ?」
一旦迎え入れながらも翔太を廊下の隅に引っ張って行き、鋭く囁きかけた。
「え? そうだっけ。何かあった? そういえば何かメッセージが来てたような気が……まあ、後で聞くよ。それよりなごみだ、なごみについてしばらく密着取材ということになったから」
「奥様ですか? 突然すみません、お話を聞かせて貰っていいですか?」
インタビュアーが迫る。まだ戸惑いを残して真央は頷いた。
「なごみですか? ええ……はい、ええ。もう三年経つんですね。大人しい子だったと思います。初子で夜泣きも多くて必死だったので、その時はよくわかっていませんでしたが。男の子と比べたら大人しい……あ、ごめんなさい」
甘えた声を上げて突進してきた大地を抱え上げる。インタビュアーは早速、大地にもマイクを向けた。
大地は大喜びでマイクを奪い取ろうとし、真央は慌ててそれを押さえつける。
「弟さんですか? おいくつですかー?」
「ええ、なごみの弟となります。ほら大地、いくつーって」
大地はテレながら指を二本出す。真央は苦笑いで訂正した。
「三歳です。なごみの事故があって間もなく生まれた子で……」
そこにドタドタと翔太が戻ってきた。通勤鞄を置きに部屋に行ったのに、手にはもっと大きな荷物を抱えている。
「これです! なごみのランドセル!」
えっ、と真央が声を上げる。それは確かに、ピンクのランドセルだった。
「いつのまに買ったの、そんなの……」
「いいだろ? なごみの入学式のために買いに行ってきたんだ、今日。スタッフさんたちもいいって言ってくれたぞ」
『パパありがとう。なごみ嬉しい』
翔太は鼻高々、和美もすかさず礼を挟む。スタッフもニコニコで言った。
「入学式はいつですかね? その日には学校に行って、ご家族で写真を撮りましょう」
「プロのカメラマンが撮ってくれるのか。こりゃいい記念になるぞ、なあなごみ」
『うん』
会話に置ていかれた真央は一人、ぽかんと口を開けたまま、息子を抱きしめて立っていた。
世の中の言説に、こういうものがある。
「死んだその人のことを誰も覚えている者がいなくなった時に、人は本当に死んだと言える」
冗談じゃない。忘れてなるものか。可愛い娘を死なせてたまるか。
AI故人なごみが広く認識されさえすれば、和美は不特定多数の人々の記憶により、いつまでも死なずに済むのだ。
翔太はますます情熱を注いで仕事にのめりこんだ。
まずは売る事。後は、使い続けてもらうこと。
AI故人なごみ売れ線の安定、そして事業拡大を狙い、今後のためにもいくつかフィードバックに入っていた。
「ボディが欲しい?」
まず聞いたその意見に、翔太は胡散臭い目を向けてしまった。
「お客様の声としてはチラホラ上がっているようです。配偶者に先立たれた方からのご意見が多く、まあ要するに一人寝が寂しいということですね」
今度こそ翔太は盛大に顔を顰めた。
翔太にとってAI故人なごみとは、この世と死後の世界を結ぶ天使のデバイス。そのような下世話な話とは無関係だと思っていた。
自分たちで作り上げ、付加した物語だったが、今となってはそれを大真面目に信じている翔太だった。自分の可愛い娘は、天使になった、と。
そんな生々しい性欲などとは、最も遠いところにいるものだと信じていた。
これは、神聖な儀式だ。純粋なる愛の求める先なのだ。よりによって、体をつけろなどとは。
「でも、今までいた人たちがいなくなった後は寂しいものもありますよ。一緒にいるときはあんなに邪魔だと思ったのに、布団が急に広くなったなって思って」
「えっ。キミ結婚してたっけ」
「あ、いや。ペットですけどね。猫二匹、犬一匹」
「なるほど」
「わかるわー。私は旦那だけど、夜中はいないと不安になる部分もあるのよね。今も抱き枕抱えて寝てるわ」
同僚らの話を聞きながら、まあそんな気持ちもあるにはあるか、と思い直した。
夜、暗い部屋で独り、天井を見ていると思い出すのは亡くなった人の面影。さもあろう。
考えてみれば、翔太も和美にお酌をしてもらう夢があった。体があるのも、悪くないのかもしれない。
ボディの販売も課題に入った。老若男女の在庫を抱えるのは無理があるので受注生産かもしれない。抱き枕でいいなら抱き枕でいいんじゃない、と翔太は意見したが、そこは却下された。
他にもフィードバックはいくつもある。
フタを開けて見れば、ボディはさほど売れなかった。定期のお陰でチリチリ積み上げた稼ぎを持っていかれた形だ。
今は投資時。しばらく様子見である。
その他、バーチャルなどの案が出されているし、今後の採算次第ではボディは手放すことになるかもしれない。
反応の収集はしておくべきだろう。ユーザーの不満やご意見は届けられるものとは限らないからだ。
そんなエゴサーチからの情報収集中、翔太はとんでもない情報を拾い上げてしまった。
初めは、なごみを使ってくれている人たちの純粋な感想かと思った。
ところがどうにも違和感がある。ボディ有のなごみなのだが、SNSに乗せられているその写真が、どうにもうちの商品に見えないのだ。
写真には、低俗極まりないレビューが書いてあった。
「こちらの商品買わせていただきましたー! うちの嫁にピッタリ! 理想通りのバストサイズです」
そう、その通り。胸が大きい。あからさまに大きい。アニメにいそうな巨乳だ。
こんなタイプのボディは出していない。ではもしかして、非公式のものだろうか。
眉間の皺を深くして、翔太は写真の下に貼ってあるリンクを黙って睨みつけた。嫌な予感が抑えられなかったが、ここは確認してみずばなるまい。
カチ、カチ……しばらくマウスクリックの音が鳴るだけだったが、突如椅子を蹴倒し、仁王立ちになった翔太は吼えた。
「ふざけんなゴラァ!!」
フロア中の同僚がビクリと震え、一斉に翔太を見る。
静まり返った職場の床をドカドカと踏み鳴らし、上司のデスクに詰め寄っていく後ろ姿を、一同、目が離せないままに追っていった。
「信じられませんよ!!」
翔太の声は部屋中に響き渡っていたため、誰もが難なく憤慨している理由を知れた。
「ラブドールですよ! もうラブドール扱いされてるんです! あんなの、なごみにさせる仕事じゃないでしょうが! オナホまで突っ込めるようになってるんですよ!?」
「今通くん、それもう少し声を抑えて……」
「こんなん許されないでしょ!? これはブランドの……そう、イメージ損失甚だしいですよ! 禁止しましょう! こっちが製造元ですから! いわば海賊版ですよこんなの!」
上司の坂上も眉間に皺を刻んで翔太の突きつけた画像を見ていたが、「……まあ、早まるなよ今通くん」と窘めて来た。こっちは怒りでなく、渋い顔からくる眉間の皺だったようだ。
「何でですか! 違法ボディを買ってなごみ使ってド変態なことしてるんですよ! 本当の使い方から大きく外れるじゃないですか!」
上司は少しばかり首を捻り、落ち着かせるようにゆっくりと言った。
「その、本当の使い方っていうのは、なんだ? 君の想定する使い方だよ」
あまりに当たり前の事を問われ、ムッとした翔太は胸を張ってまくしたてた。
「愛する亡くなった人と話をすることです! 残された人々が後悔なく後の人生を過ごすため、我々は会話させることでその崇高な愛のお手伝いをし、天使であるなごみを通して……」
ああ、もういいよと坂上は手を振る。
「それは売り手の理念じゃないかい? この商品は故人を偲ぶもの、そして寂しさを埋めるもの、というシンプルにそこまでだ。例えば、新婚の奥さんが亡くなったとしたら、もう一度抱きたいと思うのも、そりゃ夫としては当然だと思う」
翔太は怒りに顔を赤くしたが、反論は出なかった。そこは悲しき男の性。文字通りがすぎる。完全否定は難しい。
「な、だったらそこは、否定できない。わかる? 言葉だろうが体だろうが愛を語ってるって言われたらさ。買った後にどう使うかは、言い方悪いが客の勝手だよ。こっちが売ってるからって正誤で語るのは、どうだろうな?」
「だって、ふ……不謹慎じゃないですか? 死者に対してそんな」
「生きてるように錯覚させているのはこっちだからなあ。使用デバイスに邪な気持ちを抱いてはいけませんって、説明書に書けないでしょ?」
「だからって許されていいんですか!」
「許されていいかというより、こっちに禁止する権利がないと思う……僕はね。ちょっと見せて」
さっき翔太がキレたAI故人なごみの、いわゆる個人レビューを眺めて、坂上は頷いた。
「このリンク、アダルトグッズ屋でしょ。この客から依頼を受けて作品作ってる。なんならドールに関してはあっちが老舗だ。メーカーとしてやってるとこに仕事するなって言ったって、そりゃ難しいよ。せいぜい、公式のものを使ってくださいってお願いすることくらいだよ。うちがデバイス挟むスリットをもっと使いやすくするとか、ボディに表情も繁栄させるとか、そういうことで差別化を図るとかさ」
まだ納得していない顔を見て、坂上は苦笑した。
「会議にはかけてみるよ。一応ね」
約束通り、会議にはかけられた。そして翔太の言い分は、会社から正式に却下された。
プリプリしながら翔太が家に帰ると、今日も大地が元気に喚いていた。
「おかえりなさーい!」
全力でタックルしてくる大地を脇に避けて、翔太は低く言った。
「ただいま。飯にして」
「ほら、パパは疲れてるから。こっちおいで」
不機嫌を察したのか、真央が大地を引きはがす。ここで大地が海老反りで抵抗したため、真央はそちらに手をとられることになった。
はあ、と溜息をついて翔太は台所に向かった。おかずの皿をレンジに入れ、その間に味噌汁を注ぐ。慣れたものだ。
俺がこんなに頑張っている上、膳の支度も自分でしているというのに。
「また惣菜か」
席についたあたりでやっと戻ってきた真央にチクリと言ってみると「ああ、ごめんね」とあっさり返された。
「今日は忙しくて。さっき帰ってきたばかりだし。ビール飲む?」
「なんでそんな時間までウロついてるんだ。仕事はとっくに終わった時間だろう?」
「大地を迎えに行ってたのよ。今日は水曜でしょ」
「水曜だと、何のお迎えなんだ?」
台所から戻ってきた真央はビール缶を手に取り、一歩引いたところで立ち止まった。無表情だった。さっきまでの執り成すような空気は消え去って。
「ショートよ」
「……ショートってなんだよ、知らねぇよ」
ムッツリとして翔太は言った。不機嫌合戦なら引く気はない。こっちは最初からそうだったのだ。
真央は話を仕切り直そうとしたらしく、改まった声を出してきた。
「ねえ、私ずっと話したいことがあるって言ってたけどいつ時間とってくれるの?」
ダメだ、この上イライラしたくない。
「今度にしてくれ。今日は疲れてんだ」
「だよね。知ってた」
真央はビールをテーブルに置くと部屋を出て行った。大地の様子を見に行ったのだろう。やれやれ、と缶を開け、一息に煽る。
『パパ、大丈夫? お元気出してね?』
「大丈夫だよなごみ、ありがとう」
優しい言葉をかけてくれるのは和美だけ。
翔太はいつものように卓に置いていた和美を取り上げ、力強く請け負ってみせた。
「大丈夫だ。パパは絶対、なごみを守ってみせるからな」
サイドボードには和美入学式の時に撮った写真が飾られている。
スーツの翔太、和装の真央、その腕にぶら下がる大地と、翔太の胸元に掲げられたAI故人なごみの画面、和美。
暖かな春の日に微笑む、幸せな家族写真。この幸せはきっと、守ってみせる。
その日以降、エゴサーチは日課となった。
会社でヘンなものを見ているなどと苦情が出たため、家に帰って寝るまでそれを繰り返した。
ほどなく判ったのは、良からぬ使い方をしているAI故人なごみユーザーは割といる、ということ。
先に見つけた一人のように、純粋に亡くなったパートナーとセックスをする男はまだマシだった。
本物はひっそりと活動している。アダルトサイトにいて、なごみの技術を自分本位に貪っている。
なんと「AI故人なごみ」は、アダルトコンテンツにおいてセクシャロイドと同じ。カテゴリーの一つにされていたのだ。そこに気づいた時の絶望感と言ったら。
元より性欲から購入するユーザーがいるということには本当に驚いた。
決してお安くないはずだが、そんなことではこの下劣な連中の性欲は阻めないらしい。ドールより反応を言葉で返してくれるAIの付加価値が裏目に出た感じだ。
ファンクラブに入っても想い届かないアイドル。いくら注ぎ込んでも結婚してくれないキャバ嬢。学生の頃大好きだった思い出の人。それに、新卒で入ってきた二十歳の新人が可愛いので、いずれお付き合いする気でそれまでのシミュレーションをしている五十代なども。これに至っては「体の相性はバッチリだと判ったので、早速ホテルに誘いに行く」と息巻いたりしている。
バカだ、アホだ、人間のクズだ。だからそんな年まで結婚出来ないんだぞお前ら。
血走る目でこれらを眺める翔太にとって、最早ユーザーは敵だった。
怒りを溜める要因を探し出してまで眺める事は健全な心理状況ではない証拠だったが、それを教えてくれる者はいなかったし、言われたとしても改める気は起こらなかっただろう。
我が子をヘンな使い方で動かされ、怒らない親がいようか。排除すべし。排除すべし。それが世のため人のためである。こんな歪んだヤツらなぞ。
だから、この決定的な爆弾を見つけるのはもう必然ですらあった。
『なごみの部屋~みんなで調教ライブその3』
続きは明日お持ちします。
世の中の醜悪さを見てしまった父の想いは、一体どこに向かうか。
次回も不快感のある内容となっております、ご注意ください。




