四章 不思議な少女 (9) 神鳥と第三王子
暗闇だ。
湿気に混じって黴臭い土の臭いが鼻を突く。
驟雨の音が地面を叩き、フィーネの濡れた身体を冷やしてゆく。
全身が痛い。そして寒い。身体の芯まで冷え切って震えが止まらないというのに、まるで石になってしまったかのように自由が利かなかった。
地面に全身を打ちつけたからだろうか。それにしても、精神しかないはずなのに、感覚があるとは不思議なものだ。もしかすると、寝台から転がり落ちたのかもしれない。
動けぬ体に途方に暮れていると、ふいに全身を温かい感触に包まれた。
じんわりと羽毛や皮膚越しに伝わる温もりがとても心地良い。寒さで硬直した全身の筋肉が芯から足先までほどけてゆくようだ。冷え切った今のフィーネはその温もりに身を任せて、うとうととし始めた。だが、夢見心地も長くは続かなかった。
「……かわいそうに。雨に打たれて泥だらけになってしまったのか」
その声にフィーネはどきりとして目を開けた。
「良かった。気がついたのだな」
ラキアだ。自分は彼の手の中にいる。その事実がフィーネから思考力を奪った。全身に触れられていることが急に恥ずかしくなってフィーネは手足をばたつかせた。
「こら、暴れるな!」
逃げようとするフィーネを落とすまいと彼は手の力を強めた。
彼は鳥の姿のフィーネを抱きかかえたまま東屋の長椅子に腰を落ち着けた。膝の上にフィーネを乗せると彼は手巾を使って丁寧に羽についた雫を吸い取り、凍えそうになる身体を両手で包み込んで暖めてくれた。
「……雨はしばらく止みそうにないか」
彼は籐編みの雨除けの笠をかぶっていた。雨に濡れた肩口の髪が毛先に向かって段階的に黒から赤色に変化していた。
「通り雨だろうから止むまでここにいるといい。……すまないがわたしも雨宿りをしていてな、同席させてもらえるとありがたい」
フィーネは頷くとじっと彼の顔を見つめた。彼は普段と異なりとても穏やかな顔つきで、目が合うと優しげに微笑んだ。
「……そなたはとてもきれいな目をしているな」
思いがけぬ言葉に驚いてラキアの顔をまじまじと見つめ返すと、彼は慌てた様子で口を横に引き結んで目をそらした。それから間もなくその口元は、はにかむような笑みに変化した。
「すまない。銀はわたしの好きな色なんだ。そなたと同じ綺麗な銀色の目を持つ友人がいて……。いいや、わたしは彼女を傷つけてしまったからもう友人とは思ってもらえないかもしれないが、とても優しくて強い素敵な人だ。そなたの目はその人に似ていると思ったんだ。……名乗りが遅れたが、わた……いや、おれはスヴァロンという。本当の名はべつにあるが、いまは……というのか、馬鹿祭りが終わるまでは、まあ、愛称のラキアで呼んでほしい」
フィーネはこくりと頷いた。
雨は風を伴って激しさを増してゆく。八注造の大きな棕櫚葺きの屋根でさえ完全には防ぎきれずに横から少々の雨が吹き込んでくる。ラキアはその滴からフィーネを庇うように座る向きを変えた。心地よい温もりに包まれながら再びうとうととし始めて目を閉じていると、ばさばさという羽音が近づいてきた。
『二十歳手前のいい大人が鳥相手に会話とは泣けるねえ』
「……うるさいな。アシュハド、すこし黙れ」
『へいへい』
誰かいるのか、と目を開けたフィーネは円卓に乗ってこちらを見下ろしている鳥を見て驚いた。鳥は鳥でも、この世に二羽といない、唯一無二の神の鳥――昨夜フィーネの額をつついた神鳥だったのだ。いや、驚くべきことはそれだけではない。なんと神鳥が人間の言葉を話している。しかも、想像していたよりもだいぶ俗っぽい話し方をするものだ。
神鳥はぶるぶると首をふるわせて羽についた雨の滴を吹き飛ばした。
『あんた、見ない顔だな。どこから来たんだ?』
フィーネは押し黙った。答えることはできないと思った。話せば声でラキアに正体がばれてしまうかもしれないからだ。
「こら、雨に打たれて弱ってるんだ。あまり無理をさせるな」
『わかったよ。でもさ、こいつはおれの知らない鳥だしな、ネラワリエの間者かもしれないぜ』
「めったなことを言うんじゃない。……仮にそうだとしたら困るが、いいや、そうだとしても、びしょ濡れで凍える者を放っておくわけにはいかないだろう」
『……ったく、あんたは本当に甘いな。ただでさえ白い長嘯鳩なんて珍しいのに、足まで真っ白なのは怪しいだろ。しかも目も銀色だ。間者だとしたらくくり殺すなり何かしら素早く手を打たねえと足をすくわれるもんだぞ。けどよ、まあ、いいぜ。その生温い優しさは嫌いじゃねえ。もしもの時はこの頼れる兄さんが代わりに何とかしてやるから安心しな』
神鳥はフィーネから向かって右の羽を大きく広げながら胸を張った。それからラキアに向き直るとくるくると喉を鳴らした。
『ところで、さっきの話の続きなんだけどよ、あんたは悪乗りがすぎるんだよ。後悔するならはじめからあんなこと言わなきゃ良かったんだ』
「すまないが、その話は今は止してくれ。……特に今は、己が意思など無関係に余計なことを話してしまいそうで非常にまずい! ……というよりもつらいんだ。この鳥だっているんだし変な話は聞かせたくない」
『お、そりゃ面白そうだ! いいじゃねえか。おれとあんたじゃちょっと距離が近すぎるし、嬢ちゃんを交えて第三者の貴重なご意見でも聞かせてもらおうや』
「やめてくれと言うておるのに分からず屋だな、そなたは」
ふふん、と神鳥は笑った。二人がこれから何を話すのかはわからないが何だか嫌な予感がしたので、フィーネは咄嗟に狸寝入りを決め込むことにした。
『おーい、聞いてるか、嬢ちゃん。あんたはこいつに助けられて幸運だったな。あのまま地面にいたら今頃は泥水の中で溺れ死んでいただろうよ。ってことで、あんたはこいつに借りがある。だから……っておい、話の途中で寝るなよ!』
「疲れていたのだろう。そっとしておこう」
『けどよ、こいつ絶対、寝たふりしてるだけだぞ。起こしたほうがいい』
「無理強いは良くない。それに、わたしとしてはそなたと二人だけで話をする方が楽だから、このままそっとしておこう」
「ったく、しょうがねえなぁ。わかったよ。けどよ、あんたはこんなところで油売ってていいのか? あんたには立場というものがあるはずだ。ひとりでこんなところにくるもんじゃないだろ」
「大丈夫だ。今は午睡の時間だし、午後の議会だって馬鹿祭り中はわたしがいなくても問題ない議題しか話していない。彼らにとってわたしの所在なんて正直なところどうでもいいんだ。それよりも、馬鹿祭りの最中なのにお前と話しているところをファーシャ殿に見られでもしたら、それこそ問題だ。賭けの最中に己から正体をさらけだすなどとんでもない、とモールクから大目玉を食らってしまう」
「そりゃ仰るとおりだな。あんたはミムウェル・スヴァロン・ラウルガル・タイトだもんな。鳥と会話なんてできないはずだ。だが、あんたは顔合わせの晩に自分から嬢ちゃんに手の傷跡を見せた。本当は正体をばらしたくてたまらないんだろう?」
ラキアはくすっと笑った。
「まあな。わたしとしては早々に正体を知られたほうが好都合だったのだがな、自分から正体をばらせば死魔除けのまじないが解けて、わたしも彼女も大変な目に遭いかねないから直接言い出すわけにはいかなかったのだよ。馬鹿祭りとはなんと面倒極まりないことか。あんな滅茶苦茶な行事を作ったのは誰だ!」
『七番目の翼王、つまりは前々々世のおまえだ!』
「……そこが解せぬのだ。全く記憶はないが自業自得というものなのか。余計な真似をしたものだ」
『あの時のあんたも王宮の派閥争いに悩んでたからな……。毎晩魘されすぎて一線超えたんだろうな、キレ散らかして馬鹿祭りを始めると宣言した時は耳を疑ったさ』
「……過去の翼王というのも大概、無責任というのか投げやりというのか……」
ラキアは大きくため息をついて頭を抱えた。
「まあ、監督役のままでは王宮の敷地外に出ることはおろか、外門をくぐることすら許されないし、わたしは一刻も早く外に出たかったのだ。だが、うまくいかなかった。なんだってフィーネ殿ときたら、顔を合わせた瞬間にわたしの正体に気づいた様子だったのに、『陛下』と尊称呼びをするばかりでちっともわたしの名を呼んでくれなかったのだ。こんなことがあるか? せっかく手の傷を見せたり、星霜抄の金砂の泉の一節をそれとなく言ったりしてぼろを出してみたのに、知らぬ顔で気づかぬふりを続けたのだぞ? これではいつ自由になれるかわかったものではない。だから彼女には悪いが、もう少しだけミムロンとして好き放題振る舞わせてもらうつもりだ」
一息でまくし立てるように語るラキアに対してアシュハドはやれやれと言わんばかりのため息をついた。
『いや、ありゃあんたが悪いだろ。年頃の女君に対して貧乳とかさ、ちょっとねえだろ』
「……ちょっとどころではなく最低だと思うぞ」
『わかってるんじゃねえか』
「当たり前だ! ……言い訳がましいが、あんなこと、馬鹿祭りの規則でさえなければ言いたくなかったからな。いいか、馬鹿祭りの間は王宮の誰かしらの『身分と人格』を借りる。籤の内容は名前を貸してくれる相手の名と、ファムに対して一度は絶対に言わなければならない台詞だ。それがなんだったと思う? かなり小さな文字で長々と箇条書きにされていたが、ミムロンに扮して、貧乳だとか豪奢な女を好むだとかちんちくりんだとか花街に出掛けるとか言わねばならぬと! なんだ、あれは!? あんなことを書いたのは誰だ!? と物凄く腹立たしくなったのだ。……まあ、筆跡で犯人の察しはついたが、あんなおぞましい雑言の数々、一体どういう状況で使う言葉だろうか、などとくだらぬことを考えているうちに思い出したのだ。あれは父上が乱心する少し前にミムロンが自分の侍女達を一人残らず追い出すために言った方便だったのだ。あの時はミムロンを咎めて口論になったものだが、まさかわたしも同じ過ちをすることになるとは思ってもみなかったよ。思い返してみてもじつに下劣で醜悪な暴言だ」
『スヴァロンはあんな奴だけどかなり侍従や侍女達を気に掛けてからな。あん時に追い出してなかったら、今頃生きてなかった奴がいたかもしれないぞ』
「そうだ。あいつは父上に似てタイト家の先祖返りだから先読みの目を持っていた。それなのに、わたしがあいつの真意を理解したのは、流刑先に向かう途中の馬車の中だった」
ラキアは何か考え込むように言葉を切ると押し黙った。何を考えているのかはわからないが、沈黙を打ち破るようにアシュハドがわざとらしいため息を長々と吐き出した。
『だからあんたも規則に従うついでにあの嬢ちゃんを怒らせて追い出そうとしたわけか。やれやれ、あんたは本当に思慮の足りないガキだね』
「わたしとてタイト家の血を引いているのだ。なぜわたしには先読みの目が発現しなかったのだろうか」
『あんたは母ちゃん似だから仕方ねえだろ。それに、たとえあんたに先読みの目があったところで、あんたじゃラィーシャの自害も防げなかったし、親父の御霊うつしの剣の力にも敵わなかったはずだ。過ぎたことは諦めろ』
「おまえは優しいな。わたしはおまえのそういうところは好きだよ」
『……っ、うわっ、きもっ! 可愛かった妹に言われるならまだしも、今のごつい男の姿で求愛されるなんて……』
「そなた、失礼だぞ。誰がいつ自称兄の偉ぶる鳥に対して求愛した? わたしはそなたを良き友とは思っているが兄と思ったことはないからな」
『うわっ、傷ついた! 兄さんは心の底から悲しいぞ! どうしてそんなことを言うんだ、ひでぇじゃねぇか』
「先に言い出したのはそなたの方だろう?」
『まあ、そりゃそうなんだけどさ。……ところでさっきからやけに、要ることも要らねえことも素直によく喋るとは思ってたんだけどさ、さてはやられたか?』
「ああ。『お喋り悪魔の木』の毒を少し吸い込んだらしい」
『あんた、『お喋り悪魔の木』狩りを一人でやろうとしたのか。ずいぶんと無茶するねぇ!』
「ああ、無茶どころか無謀だった。わたしはあれを侮っていた。狩りくらいひとりでもできると完全に驕っていた。おかげでこのざまだ。笑ってくれ」
『はははは。これで良いか?』
「お前は嘘笑いが下手だな」
『うるせえや。んで、結局だめだったわけだ』
「ああ。馬鹿祭りの宝物はすでに手元に四つある。あとはあの金華鳥の首飾りさえ手に入ればわたしの勝ちなのだが……ガイズがとんでもない場所に置いてくれたせいでご覧の有り様だよ」
『今の時期のあれは凶暴で近づくこともかなり難しいからな。誰かの助けなしじゃ無理だろ』
「まったくもってその通りだったよ。少なくともあと三時間くらいはこの状態が続くだろうから、しばらくは東宮殿に帰れそうにないんだ。……それにしても、こうしてひとりで考えれば考えるほどに自分の馬鹿らしさがおかしくて嘆かわしいと思えてくる。阿呆と違って可愛げの欠片もない。あの二人には午睡をさぼるななどと偉そうに命じておいて、言った本人はこうしてさぼってるんだから始末が悪い。それに今は毒のせいで無性にあれこれ喋りたい気分でな、今なら先祖の隠し財産の在処も夜明真珠の産地の秘密も王宮内の秘密の通路の在処やら身体の黒子の場所ですらべらべらと話してしまいそうだ。ガイズのやつ、とんでもない場所に宝物を置いてくれたものだ」
『そりゃま、ご愁傷様。しかし、なんでそんなことになったんだ?』
「昨日、弓兵たちにお喋り悪魔の木狩りを手伝ってくれるように頼みにいったが、きっぱりと断られてしまったのだ。今年こそは馬鹿祭りに勝ちたいと言ってな、誰ひとりとしてわたしの頼みをきいてくれる者がいなかった。わたしはかくも人望がないのかと虚しくなったぞ。まあ、人望がないのは当然なこと…………って何故わたしは馬鹿正直に答えてしまっているのだ……」
『うわぁ、本当にお喋り悪魔の毒の効果というのはすげえな。いらんこと淀みなくべらべらと喋ってくれる。ま、あんたはスヴァロンだもんな。しょうがねえだろ』
「確かに今のわたしはあいつとして振る舞わねばならないが、受ける扱いまであいつなのか?」
『人望がないというより、からかわれてるだけだと思うぞ、それ。たまには馬鹿祭りに負けてやれよ』
「ふん。そう易々と勝たせてなるものか。勝負事というのは手抜きは許されない。苦労して勝ち得たものこそ喜びもひとしおとなるものだ。故に……いや、だからこそわたしは全力を尽くす。わざと負けてやるということは一見優しそうに思えるが相手を軽んじているに等しく、相手に対して失礼だ」
ふん、と鼻を鳴らすラキアの態度に呆れた様子でアシュハドはばさばさと羽を動かして風を起こした。
『あんたさ、大人げなさすぎだ。あんたにゃ人並み外れた力があるだろ。はっきり言って卑怯だ』
「そなたらの力は借りていないだろう。わたしは正々堂々、自分の力だけで探し当てている。それに……」
ラキアは大きく呼吸した。
「……こんなこと、来年はもう出来ぬだろうしな」
寂しげな声音にどきりとしてフィーネは薄目で彼を見ると、伏し目がちに彼は口元だけのぎこちない笑みを浮かべていた。
先ほどよりも雨が弱まり、滝のようにうるさかった雨音が嘘のように静まり返った。白く煙り霧のように吹き込んでいた雨粒に濡らされた彼の肩はとても寒そうだとフィーネは思った。
雨季の終わりは激しい雨が降ることが多い。ただ、王都近郊では一日中ひっきりなしに降るわけではなく、桶に並々と貯めた水を一度にひっくり返すような一時的な降り方をする。それが去ればすぐに止んでしまうのだ。
『なあ……本当に殺すのか?』
「もちろんだ。皆を脅かす化け物は除かねばならない」
『嬢ちゃんに冷たく当たるのもそれが理由かい?』
神鳥の問いにラキアはくすっと嘲るように笑った。彼は手の中の鳥の項をそっと撫でた。
「……ひどいものだろうな。無視と悪口と痴漢だ。胸の大きさについてなど、我ながら面と向かってよく言えたものだと呆れたよ。やはりわたしには理由はわかってもあいつの気持ちがよくわからない。父上のこともだ。もはや乳飲み子でもあるまいし、あんな生臭い脂袋のどこがいいのか理解できない」
『妙に生々しいこと言うなよ。いいか、あれは人生と愛と夢と浪漫が詰まったたいへん尊いものなんだからな。熟れた果実のようにつやつやとはりのある軟らかさ。甘く滴る香り。温かくてつつけば震える心地よさ。まるで愛らしい目で見つめられているような錯覚を覚える魔性の不可思議さ。口に含めばわずかに塩辛く、それはもう天にも昇る心地よさ。そして優しく愛でれば愛しい相手を幸せに出来る。じつにまったく、目でも舌でも心でも味わえる最高のご馳走だよ。それがわからんうちはお子様だ』
「……おまえ、鳥のくせにたまにひどく人間らしいことを言うよな。神とは皆おまえのように俗で変態なのか?」
『再確認のため言っておくが、今のおれのこの姿は人の世に顕現するための仮の姿だぞ。おれは鳥の神だけど本性は鳥じゃねえからな。天界に帰ればあんたよりずっと気立ての良い美丈夫だよ』
「変態の部分は否定しないのだな……」
呆れるラキアに対してアシュハドはじつに清々しいほど堂々とした態度で答えた。
『否定はしないさ。ま、あんたも愛しい相手を一度抱いてみればこの気持ちがわかるはずだぜ』
「……あれをご馳走なんて言ってしまう感性など、一生わかりたくもないかもしれない」
『寂しいこと言うなよ。それより、あれの素晴らしさを理解できなくて人生の八割損しているラキア様にお尋ねするが、そこまで否定的なくせになんであの時あんな真似をしたんだよ』
「あいつの性格や趣味嗜好から考えると間違いなくああ振る舞うべきだったのだ。それに、彼女が怒って出て行ってくれればそれでいいと考えてしまった」
『けど、以前とは違う結果になったじゃねえか』
「そうだ。……わたしは彼女を追い出すことに失敗しただけではなく、単なる変態だと思われただけだった」
『ほんとあれは傑作だよ! 宴の後のセイファンの顔を見たか?』
「ああ。よくもあんな破廉恥な台詞を言わせてくれたなと詰めたが、あいつは特に悪びれた様子もなく大笑いして頭に来たぞ。この恨みの晴らしどころがわからなくて千年は祟ってしまおうかと一瞬だけだが本気で考えたからな」
『つまり、あんたはあの嬢ちゃんから嫌われて悲しいというわけだな』
茶化すような軽い調子で問うアシュハドに対してラキアはあくまでも静かに答えた。
「…………否定はしないが、あれでいいんだ」
フィーネはぎょっとして左右に目を向けた。今更ながら、この状況を理解することが難しいと感じたのだ。何故今の自分には彼らの会話が理解できるのだろうか。
神鳥は人間の言葉を話している。そうだ、ラキアが鳥の言葉を話しているのではない。鳥が人の言葉を話しているのだ。
これは夢だ、と言い聞かせて目覚めを待つもの、一向に目が覚めそうにない。
フィーネが慌てふためいていると、急にラキアの顔に険しさが宿った。ばき、と地面の小枝を踏んで折れる音がした。
「誰だ!」
ラキアの鋭い声が響く。
茂みの中からは「にゃー」と声がした。
「猫? ――なわけはないな」
彼はフィーネをアシュハドの隣にそっと置くと素早く立ち上がって東屋の外に向き直った。
『気をつけろ、三人だ』
「いや、五人だ。右奥の茂みとさらにその奥に一人ずつ隠れている」
『相変わらず勘の鋭い御方だこと!』
アシュハドの言葉に返すと、彼は片足を踏み込み、剣の柄に右手をかけ、一息で抜き放った。幅広い銀の刃は雨雲立ち込める空を映して鈍い輝きを宿す。
次の瞬間、こちらに向けて何かが飛んできた。
フィーネが驚いて固まっている間にラキアは剣を振り下ろして矢をはたき落とした。
人並みはずれた勘と運動神経に感嘆するとともに、フィーネは見開いた目を凝らして矢を射た主を捜した。




