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四章 不思議な少女 (4) あの人のことが調べれば調べるほどわからなくなっていく

 その後も王宮で様々な人から聞き取りを行い、夕食を終えて自室に戻るとフィーネは調査で得た情報を書き留めた紙を読み上げたり、別紙に書き出したりして整理した。


 国王は赤い髪で、背はかなり高くて六尺以上もある。多くの者が真っ先にそう答えた。

「――趣味はたくさんあるけれど、一番よく言われていたのは料理で、料理長や他の人たちも認めるほどのかなりの腕前だけれども、基本的には鳥の肉は食べられない。特別な作法で処理された鳥肉や、自らが贄になると望んだ鳥の場合は食べても大丈夫。卵であれば大丈夫なのは知らなかったなあ。ええと、次は……女官嫌い、可愛い、笑顔が素敵……かなりの美男子……って私は何を読み上げてるんだろう」

 妙な言葉を声に出してしまい、フィーネは頭を抱えた。

 王宮の人々は誰も彼も親切に答えてくれたが、国王は美貌の塊すぎて仮面を被っているとも、無精髭を生やしているとも、厚化粧をしているとも、中にはとんでもなくでたらめだと考えられる情報が混ざっていた。

 その中から現実的で可能性の高そうな情報を紙に書き出してまとめた。


 アウィルドはリドア家出身の母親譲りの赤い髪を持ち、顔つきは父親似で整っているらしい。筋の通った高い鼻に柳葉の眉。唇は薄く引き締まり、整った輪郭をしている。

 以前は長く美しい髪だったが、半年前の何者かによる襲撃で大火傷を負って焼失し、現在はだいぶ生え揃ったものの、まだ髪を結い上げられるほどには伸びていないという。


 趣味は鷦鷯宮の中庭で花の世話をしたり、料理をしたりすることで、彼の部屋に招かれると茶を振る舞ってくれるらしい。その席で出される茶と菓子はこの世のものとは思えぬほどの至上の美味だそうだ。

 文武に優れ、読書家であり、字が綺麗で非の打ちどころがないが、完璧すぎるというわけではなく、音痴であるらしい。

 これにはフィーネも少し笑ってしまった。


 そして、ムヴァンが耳語(じご)したアウィルドリーシャの弱点――。

『――あの方は『お喋り悪魔の木(ムチェル・ムチェラー)』の毒には人一倍弱いのだ。この毒は一般的に自白剤として用いられるが、神々の毒でもある。元々は冥界に生えていた植物で、死の女神ベルダエレス・レジーナ様の夫神である冥王が、亡者や神々の裁判を行う際に用いていたと言われておる。つまり、人間よりもむしろ神々の方が耐性が低いらしいのだ』

 彼がこの話をわざわざフィーネに教えた理由は何だろうか。確か彼はアウィルドがすぐに泣きついてくるから待っていればいいといった感じのことを言っていたが、これはお喋り悪魔の木の毒を使って彼の秘密を暴けということなのか、別の意図があるのかとても気になった。


 消灯時間を過ぎてしばらくすると、ヒレナがやってきた。

 夜半を過ぎても硝子(がらす)製の燭台の明かりを頼りに机に向かっていたフィーネにヒレナは茶を淹れてくれた。すっと鼻を抜けて心を落ち着かせてくれる香りだ。加密列(カミツレ)を基調にして、様々な薬草を配合した眠る前にうってつけの優しい味だ。

「まだ、お休みになられないのですか?」

「ありがとう。ヒレナはもう休んで大丈夫だよ」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね。ですが、あまり根を詰められませぬよう」

「うん。ありがとう。でも、昼間はものすごく暑くて頭がぼうっとするから出来ることなら涼しい夜のうちにやっておきたいんだ」

「そのお気持ちはわかります。それで、進み具合はいかがです?」

「うん、聞けば聞くほど陛下の人物像がよくわからなくなってきたよ」

「え?」

 フィーネは手掛かりから考えたことを順々に話した。

「ヒレナ、昨日と今朝の料理を覚えてる? 一昨日の宴の時と何か違うことに気づいたことはなかった?」

「気づいたこと……」

 彼女はしばらく顎に手を当てて考え込み、心当たりがあるのか思いついたことを口にした。

「……そういえば、昨日の朝食は一昨日やそれ以前よりも辛くありませんでしたね」

「そうなんだよ。料理長からうかがったんだけど、一昨日の宴の後に陛下が訪ねてこられて、私とヒレナの料理は辛味を抑えてほしいと頼んでくださったらしいんだ」

「それはなぜ……」

「陛下は表向きには王宮内のどこかで身を隠しておられるから宴会にはご出席されていなかったでしょう? でも、監督役のラキア様としてはあの場にいらっしゃった。第三王子スヴァロン殿下は本来、放蕩癖と放浪癖がひどいことと、女癖の悪さで王宮内での評判はあまり良くないらしいんだ。それなのに、ラキア様は宴で揶揄われていたし、かなり皆様から好かれている印象があった。そして誰もがあの方には敬意を払っている。前評判で聞いていたスヴァロン・ラウルガル・タイト殿下の話とかなり違っているもの」

 スヴァロンは家臣からの信頼はどちらかといえば薄い。ほとんどを国外で過ごしていたため、第三王子でありながら顔を知らぬ者も多いらしい。

「調べれば調べるほど、あの方のことがよくわからないんだ。私を追い出そうとしてることは確かなんだ。色々と腹の立つことを言ってくるのも事実なんだ。だけど、私の部屋を他より涼しい緑水舎にしてくださったり、ヒレナを呼んでくださったり、なんだかんだ口は悪いのに気を遣ってくださってるのがわかるんだ。だから、あの方が何を考えているのか、どうしてご自身の命を奪うだなんて訳の分からないことを仰るのか、その理由を知りたいんだ」

「ファーシャ様……」

「……だからねヒレナ。私、思いついたんだけど……」

「その前振りから察するに、わたくしはすでに嫌な予感しかしないのですが今度は何をしでかすおつもりですか?」

「さすがはヒレナ! よくわかってくれて嬉しいよ」

「まさか、陛下に水を浴びせかけたり池に突き落とそうとか服を剥いで背中を確認しようとかこっそり鳥料理を食べさせようだなんて言いませんよね?」

「さすがの私もそこまで無鉄砲にはなれないよ。……というより私が前言ったのよりなんか増えてない?」

 ヒレナは険のある顔つきでフィーネに目で訴えた。

「あなたのことですから、きっとろくでもないことを仰るのではないかと考え、先に封じさせていただきました」

「ええぇ……」

「あなた様がいかに無鉄砲であるか、わたくしはよく存じておりますからね」

 確かに、故郷でいくつもやらかした失敗によってそのたびに彼女には多大な迷惑をかけてきた自覚はある。

「ごめん。私も反省はしているんだよ」

「どうでしょうか。反省しているのと、実際またやるかやらないかは違いますからね。最近こそ落ち着いてこられたみたいですが、あなたは顔に似合わず昔から無鉄砲なことや破天荒なことを散々なさってきた前科がありますからね。無断で山に入って化物蜂ヅーヤ狩りをしたり洞窟探検をしたり、女衒(ぜげん)に拐かされかけた娘を助けようと棒きれ片手に挑んで、逆に誘拐されかけたり、枚挙に暇がありません。もう、あなたは馬鹿なんですか?」

「最近はやってないでしょう!? 私だって色々とやり方を誤った自覚はあるんだよ。ほかの大人に頼るべきだったし、これでも今までの失敗は反省してるよ」

「本当にそうならよいのですが。……いいえ、あれらは一概にあなたが悪かったと非難できるものではありませんね。無断で山に入ったのは私の病を治すための薬の材料を得るためでしたし、女衒の件は本当に一刻を争う状況で、あなたが騒ぎを起こしたからこそ警備隊が間に合ったのは事実です。本当のところは色々と事情があったことは存じているのです。ただ、そのことをあなたは誰にも話してくださらなかった。いつもいつも本当のことは教えてくださらないで責任を自分のせいにして済まそうとなさる。そういうところが信用できないのです」

「ヒレナ……ごめんなさい」

「まあ、今更蒸し返しても仕方ありません」

 彼女はやや諦めにも似た様子でため息をついた。

「それで、結局のところ、あなたは何を企んでおられるのですか?」

「企むって人聞きが悪いな」

「では、今後の方針としてあなたはどのような作戦を立案なさったのですか?」

「そこまで大層なものじゃなくて、ラキア様を尾行してみたいからお手伝いをお願いしたかったんだけど、良いかな?」

「わかりました。それならわたくしもお供いたします」

「本当に?」

「ええ。あなたは常にお側で見ていないと不安ですからね」

「……信用されてないな」

 辛辣な言葉を喰らい、フィーネは頭に手を当ててごまかし笑いを浮かべた。

「ヒレナがついてきてくれるのなら心強いよ」

 フィーネはほっとして茶を一口飲んだ。穏やかな香りがすっと鼻腔を抜けてゆく。

「そういえば、本日はフェノス殿と行動なさっておられましたが、あの方はいかがでしたか?」

「寡黙な(かた)なのか、あまり話すことはできなかったからまだよくわからないな。でも、悪い人ではないと思う。たぶんだけど……」

 フィーネは、ノルンが明らかに自分に対して敵意か、それに似た何らかの感情を抱いているように感じた。

 フィーネはこめかみにかかるくせっ毛を指でからめながらため息をついた。

「……ノルン殿の件はともかく、私は陛下がよくわからないよ。自分で自分を殺すだなんておかしすぎるもの」

 そうだ。理由がフィーネにはわからない。

 セイファンやガイズはラキアがアウィルドの命を狙っているとフィーネに語った。だからこそ、フィーネはアウィルドを守るために、この役目を引き受けた。しかし、自傷行為となると話は違ってくる。

 セイファン達はフィーネに何かを隠している。具体的に何がとは言えないが、薄々感じるのだ。彼らは仄暗いものを胸の内に秘めながらフィーネに偽の片翼となることを強いている。

「そうですね。だからこそ、一度徹底的に調べてみるのも良いかもしれませんね。まずはできることから始めて、あとは人事を尽くして天命を待つのも作戦のうちです。ファーシャ様はどちらかと言えば勘が鋭いですからね。勘というのも時にはびっくりするような成果を運んできてくれることもありますし、確実に白黒がはっきりするまではやってみてもよろしいかもしれません。現状、何にも手がかりを持たない私たちにできることはそれくらいしかないでしょう……」

 語尾があやふやになりながらヒレナは口元に手を当てて考えるようなそぶりをした。

「ヒレナ、どうかしたの?」

「……い、いえ。少し考え事をしておりました。前にもお話ししたかと思うのですが、そもそも神殿の巫女でも王宮の女官でもないわたくしが白鴎宮で片翼の筆頭侍女としてあなたの身の回りのお世話をすることが出来ているのは陛下と女官長が前もって話をつけてくださったからなのですが――」

 フィーネは頷いた。元々、フィーネの世話をする侍女は別の者が予定されていた。神殿に奉仕していた巫女か、高貴な血筋の姫君か、有能な女官か、女人の武官だ。ところが、実際は貴族の養女とはいえ平民上がりのヒレナがその役目を務めることになった。

 フィーネが神殿で潔斎を行っていたのと同じ時期にヒレナの元に国王の遣いとしてデーデ女官長が訪れた。彼女はヒレナに片翼の護衛官として王宮に入らないかと打診してきたという。なんでも、先だって行われた雨去りの除目で王印偽造事件といういざこざがあり、混乱が生じたために主だった者はその対応に忙しく、ほぼ同時期に急遽決定された片翼の王宮入りには準備が間に合わないということだった。そこで、国王、宰相、ムヴァン・カルヴァの推挙によってヒレナに白羽の矢が立ったらしいのだ。ヒレナは養女とはいえエレス領で一番の武官の娘で、家格はやや劣るが急拵えの侍女としては問題ない。そして、彼女が幼少の頃に先王の侍女を務めた経験があることも買われた。

 もっとも、フィーネが偽の片翼であるという事情を知る協力者が欲しかったのだという。

「――王宮に来た時にわたくしは一度陛下にお会いしました。その際の陛下の様子は至って普通の国王でした。ですが……」

「もしかして口説かれたの?」

「違います! もうっ、ラキア様のことは一旦お忘れください」

「忘れたいのは山々なんだけどね、今日の夕食の時もだったけど顔を合わせる度にちんちくりんなんて言ってくるんだもんな」

「ファーシャ様、もしかするとわたくしたちは宰相様に騙されているのかもしれません。もしもあなたの推測が正しいのならば国王陛下は自害をなさろうとしているということでしょう? ですが、あの方のご様子を見ても、特にそんな悩みを抱えておられるようには見えませんでした。理由はわかりませんが、もっと慎重になったほうがいいかもしれません」

「……それは違うと思う」

「え?」

「陛下は確かに何らかの悩みを持っておられるよ。そして、本気でご自身を殺そうとしている」

「どうしてそのようなことがわかるのですか?」

 ヒレナの問いにフィーネは一昨日の顔合わせの時のラキアの暗い目を思い出した。

「あの方の感情は目に出やすいんだ。私は過去にあの方が心の底から傷ついていた時の目を知ってる。だからわかるんだ」

「ファーシャ様……」

 誰が敵で誰が味方で誰の言葉が嘘で本当なのだろうか。それを見極められなければフィーネはアウィルドリーシャを助けることなど不可能だ。それどころか、自分の命だけでなくヒレナまで喪うことになるかもしれない。

 フィーネは書き留めた覚え書きをじっと見つめた。


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