三章 白鴎の宮(19) 馬鹿祭り二日目の朝
馬鹿祭り二日目。
昨日は一日中セイファンに王宮内を案内してもらったが、今日からは本格的に国王捜しの日々が始まる。とは言ってもフィーネは国王の正体に気づいていたので、証拠集めと呼んだ方が良いかもしれない。馬鹿祭りにおいてファムは監督役と協力して官吏達が王宮内に隠した五つの宝物を探し集める規則になっている。
昨日はラキアにとんでもない誤診をしてそれっきりになっていたので朝食会場の雀の間に向かうのがとても憂鬱だった。
女官に促されてフィーネとヒレナが玉簾を潜ると、室内で談笑していた男達が急に黙り込んだ。
おはようございます、と彼らに挨拶すると、真っ先にセイファンが挨拶を返してくれた。すぐにディムとノルンも挨拶してくれたが、ラキアだけは目をそらしたまま無言で俯いていた。
「ラキア様、挨拶を」
小声でセイファンが耳打ちするが、ラキアは忌々しげに冷たい眼差しをフィーネに向けた。やはり彼は昨日のことを怒っているのだろうか。
フィーネはすぐに床に膝を突くと、深々と土下座した。
「スヴァロン殿下。昨日はたいへんご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます」
渾身の謝罪が予想外だったのか、彼は白目がはっきり見えるほど目を見開いた。
「なっ……!? 何してるんだ、頭を上げろ!」
「いいえ! 昨日、私はとんでもない誤診をして殿下を困らせてしまいました。私は医師の免許を持っているにもかかわらず、完全に配慮に欠けた行動をとってしまいました。ですから――」
「いいから頭を上げてくれ!」
ラキアに両肩を掴まれてフィーネはぐいと上半身を持ち上げられた。目と目がすぐそばに向かい合わせになった状態となり、フィーネは緊張した。そして、何故かまた急に胃がしくしくした。
「……ったく、朝っぱらからなにいきなり辛気臭いことをしてんだよ。料理人たちがせっかく作ってくれた料理が不味くなるだろ。そういうのはやめろ」
「ですが、昨晩はお会いできませんでしたし、謝りたかったんです」
「昨日の件ならべつに気にしなくていい。……おれも昨日は言い過ぎたしな。……茹で蛸なんて言って悪かった」
「いえ……。私こそ、売り言葉に買い言葉で赤蝸牛だなんてひどいことを言ってしまいました。申し訳ございません」
「それは……」
彼は気まずそうに視線をあちこちに向けてから、フィーネの目を覗き込むようにじっと見つめた。何か話したそうだが言い出しにくいのか、二、三度口元をもごもごとさせてから訊ねた。
「体調は大丈夫か?」
「私は平気です。殿下こそお身体の調子は悪くありませんか?」
「……ああ」
彼はややあってから答えた。
「昨日の件だが、あんた、自分で思っているよりも疲れていそうだったぞ。夜はしっかり休めているか? 沐浴や午睡が足りないようならいつでも言え。もし少しでも眩暈やふらつきや手足のしびれを感じたら約束が入っていても無理せず自分の体調を優先しろ。迷わずヒレナ殿や身の回りの世話をする者に言え」
「え?」
ラキアはいきなり何を言いだしたのだろうか。どんな手を使ってでもフィーネを王宮から追い出す、と豪語した彼とは思えぬ優しさに溢れた言葉を掛けられ、フィーネは戸惑った。もしかすると、これも彼なりの作戦なのだろうか。
「……って、勘違いするな。べつにおれはあんたのことを心配しているわけじゃねえからな。馬鹿祭りの監督役として見過ごせねえだけだからな!」
「ラキア様、朝からお熱いのも結構ですが、嫁入り前の姫君の肩をずっと鷲掴みにしたままお話しされるのはいかがなものでしょうね」
セイファンが茶化すような声音で指摘すると、彼は再び目を見開き、脱兎のごとく後ろに飛び退いた。
「すまない!」
慌てた様子で彼は自分の席に戻った。その時の彼の動きはどこかぎこちなさを感じさせるほどかくかくとしており、セイファンが声を上げて笑った。
「笑うな!」
「どうしてです? 久方ぶりに愉快なあなたを見られて、わたくしの今日の一日はとても良いものになりそうなのですが」
「兄貴にからかわれることから始まる一日なんて最悪だけどな」
どことなく微妙な気まずさを覚えたが、女官達が食事を運んできた。目の前に置かれた膳を見て、急に毒見役の存在を思い出してしまった。ここ数日は心の余裕が無かったのでその考えに至らなかったが、白鴎宮で供される料理は基本的に熱々ではないのだ。料理長と複数人の毒見役が何度も確認して安全や料理の質に問題がないと判断された物だけが膳に並ぶためだ。
だからラキアは米粥を飲み物のように一気飲みしたり、箸も匙も使わず手掴みで揚げ芋を顔の形が変わるほど頬に詰め込むように食べたりすることが可能なのだ。毒見役はかなり高給で雇われるそうだが、命懸けの危険な職務だ。
急にこんなことを考えてしまった理由はわからないが、フィーネが真面目に考えている横でラキアの食べ方があまりにも酷く、目も当てられないことだけは確かだった。こっそりヒレナ達の方に目を向けると、ディムととても楽しそうに会話していて羨ましくなった。
「さてラキア様、本日からはファーシャ様とともに行動なさってください」
「断る」
「またそんな我が儘を」
「絶対嫌だ。断固拒否だ」
セイファンは呆れてため息をついた。
「ラキア様、どうして私をそんなに拒絶なさるのですか!?」
「そりゃ、単純にあんたと一緒に行動するのが嫌だからだ」
当然のように言われてしまい、フィーネは胸に棘が刺さったような痛みを覚えた。
「ラキア様、馬鹿祭りの規則をお忘れですか?」
「兄貴よ、おれを馬鹿にしてんのか? 覚えているに決まってるだろ。こいつなんかいなくても宝物くらい集められるし、むしろ足手纏いだ。おれはおれのやり方でやらせてもらう」
「お待ちください殿下!」
「何だよファーシャ殿?」
「私はしっかり務めを果たします。殿下の足は引っ張らないように努力します。ですから――」
「努力で済むなら簡単なものだな」
冷たい響きだ。
「どうしてそんなことを……」
「……あんた、水の中で一分半以上息を止めたり、道具を使わず屋根の雷避けまで登れるか?」
「え?」
彼はにやりと嫌味たらしい笑みを向けた。
「出来ねえだろ? だからあんたに頼むつもりはねえよ。ヒレナ殿かノルンといるか、せいぜい王宮の奴らと仲良く茶でも飲んで午睡でもして待ってろ」
「それは……」
彼は食事を終えると膳を両手に持って立ち上がり、白い歯を剥き出しにしてひどく嫌味の籠もった笑みをフィーネに投げかけ、無言でさっさと部屋を出て行ってしまった。
唖然としながらも、彼の言葉に少なからず胸の奥に鈍い痛みを覚えたフィーネは口を引き結んで俯いた。
「やれやれ。あの根暗はもっと素直になれないものでしょうか」
「ほんとですよ。何もあんな言い方しなくてもいいと思うんですけどね」
ディムは後頭部を掻きながら息をついた。
「ファーシャ様、あんまりあの人の嫌がらせを真に受けなくて大丈夫ですからね。ただ、今年は宝物を隠す役目を任される籤で選ばれた五人の官吏代表の中にガイズ殿がおられるんです。あの方は容赦ないと評判で、宝物を有り得ないほど危険な場所に隠すそうなんです。聞いた話によると先王陛下も散々苦労させられていたとか」
「……ええ。全くその通りでございました。清泉舎の殿方側の部屋にある一番深い『深淵の泉』の底に宝物を鎖でつないで鍵がなければ外れないようにしたり、雷が多い季節だというのに雷除けの飾りに金の首飾りを引っ掛けたりと、リルダム様はたいへんお困りのご様子でした」
ヒレナの話に耳を疑って目を向けると、彼女は少し呆れと懐古が入り混じった笑みを浮かべた。
「まあ、ファーシャ様。あの根暗のことは気にせず本日はノルンと共に王宮を探索なさってみてください」
「かしこまりました。ノルン殿、本日は一日よろしくお願いいたします」
「承りました。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」
フィーネは朝からどっと疲れを感じて力なく頷いた。
ちなみにフィーネの父、ガイズは文官として王宮におりますが、根は文字通り、脳筋なので、若い頃というのか、アウィルドの代わりに拷問を受けて左腕を負傷するまでは一分半水の中で呼吸を止めることも、道具を使わずに屋根の上の雷除けまで登ることも当たり前に出来ていたそうです。
次回から四章になります。
次の章では数話後に『エリーシャ』という不思議な少女が登場します。
お読みいただけましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。




