一章 ~七年前 王太子との約束~(3) 十番目の翼王
立太子の儀に参加した時も思ったのだが、端的に言えば彼は美しかった。
毛先を金の輪飾りでゆるく纏めた真っ直ぐな赤髪が風にそよぎ、うなじから細い首筋、腰にかけてかかる艶やかな流れは絹糸のようで、フィーネは思わず見惚れた。銀の耳飾りが星明かりに輝いた。
大人たちの話によると、彼を見た十人のうち九人は彼を姫君と間違えるらしい。フィーネすら、彼の性別を教えられなければ彼が男であるとは信じられないほどだ。しかし、面立ちに反して背は同年代の少年よりも高く、勉学、剣術も秀でており、美しさだけではなく凛々しさも兼ね備えているし、加えて言うなら、彼からは常人とは異なる不思議な気配の持ち主で、初対面であっても彼を侮ることは難しい雰囲気を身に纏っていた。
それもそのはずで、『王太子・アウィルドリーシャ・ラウルガル・リドア』という長い名を持つこの少年は、『翼王』という特別な御子なのだ。
古くからの伝承によると、ウルガ王国の王族には数十年から数百年に一度、風の女神の化身の御子が誕生すると言い伝えられている。それが『翼王』だ。古い言葉で『神の翼の王』という意味の語が転じたものが由来となっており、古来より翼王は現人神と呼ばれた。その者は鳥と意思を交わし、風や天候を操る不思議な力を持ち、不死身に近い肉体を持つという。
翼王の伝承のはじまりは今から二千年以上前に地上に生きる人々を魔物の王の危機から救うために天界から『風の女神』が人としてこの世に生まれたことに遡り、その魂は国の危機に際して幾度も生まれ変わりを繰り返してきたと言われている。
はじめて人の世に化身として現れた時、彼女は人の王オルレガとともに魔の神の王を西の山に封じ、天の主神から『碧海の守護国』という国号を授かり、ウルガ王国を建国した。次に現れた時、彼は国内外のあらゆる混乱をおさめた。三度目に彼女は平和を希求するものの、神殺しの手に掛かって志半ばに薨れた。以降はずっと男として生まれ変わりと死に変わりを繰り返し、四度目は東の夷敵を退け、五度目は海魔を退治し荒れ狂う海を鎮めた。六度目に西の国と、七度目は南の国と友好を結び、八度目は海賊を改心させた。九度目は人々の不徳と怠慢に激怒した天の主神を鎮めるために自らの命と引き換えに許しを請うた。
これが、今日一般的に知られている翼王にまつわる言い伝えだ。
十番目の翼王たる彼はこれから先の未来をどのように歩んでゆくことだろうか。その答えはまだフィーネには想像もつかないが、アウィルドリーシャが年若くありながら文武に優れており、将来は建国以来最高の名君になるであろうと、方々から噂されていることはよく知っていた。
そのような偉大な王太子と、片や田舎領主の孫のフィーネがこうして一緒に星空を眺めることができる機会に巡り合えたのは、フィーネの父が彼の教育係を勤めているからだ。その縁でアウィルドが毎日のように王都のユリフェ邸に遊びに来てくれるようになったのだ。
フィーネは彼といるととても楽しかった。今だって、彼と並んで星を眺めることができて嬉しい。その反面、少し負い目がないまぜになった複雑な気分になり、フィーネは静かに指組みして俯いた。




