三章 白鴎の宮(13)アウィルドの御霊うつしの剣
「陛下の剣には刃が無いのです」
「刃が無いって……剣、なのですよね? 柄しかないなんてどうしてそんな……」
「理由は不明です。陛下の平和を望む願いがあらわれた姿なのかもしれないとレリファ=シシカは考えていますが、その奇妙な剣のことも、能力が何であるのかわからないことも、陛下をより一層精神的に追い詰めたのでしょう。陛下はご自分を国王に相応しくはないとお考えになっているようです。暴君であったとはいえ、実の父親を殺めてしまったことに対して並々ならぬ後悔と罪悪感に苛まれたこと、星見の乱の直後に起きたググスの乱による失策などを経て、彼はたいそう気を病んでしまいました。以前の明るさはなりを潜め、口数もすっかり減ってしまい、わたくしどもは、たいへん危惧しているのです」
「そんな……」
「……そして、陛下を悩ませる物がもう一つあるのです」
セイファンは、フィーネに向き直った。
何かを躊躇うように揺らぐ視線に、話したくないという彼の意思が垣間見えた。フィーネは話を促すようにゆっくりと頷きを返した。
「……それが、あなたを片翼としてこの白鴎宮にお呼びした本当の理由です。……ファーシャ様。あなたは『風の聖霊』をご存知ですか?」
フィーネはやや間をおいてから頷いた。
「もちろんです。翼王の御身を守る聖なる力のことですよね。それと、翼王は風や天候を自在に操ったり大勢の敵をたったひとりで退けることさえ可能だったと昔語りで聞いたことはあります」
「その通りです。ですが、それは翼王に片翼がいれば、という条件が伴います。片翼を持たぬ翼王は、どれほど努力しても己の意思では風の力を制御できないのです。この力はたいへん強大で、人の身には有り余るものです。とりわけ、風の聖霊は翼王を守る特別な力と言われておりますが、故意に翼王に危害を与えようとした者を容赦なく殺害してしまうのです」
殺害、という物騒な言葉を聞き、フィーネは顔をしかめた。
「恐れながらそれは本当のことなのですか?」
「はい。実際にその力の暴走のために幾人もの犠牲者が出ていることは偽らざる事実でございます。これは陛下の意思とは無関係に発動してしまうため、幼い頃から彼は力を抑えるために過去の翼王が遺した封印のための呪具をいくつも身につけたり、容易に敵に傷つけられないようにするために武術を学んだり、様々な努力を重ねられました。効果はそれなりにあり、戦で敵から傷つけられても問題はなかったのですが、近年はその力が暴走する傾向が強まっているのです。……特に、この半年間では、ほんの少しの傷を負っただけで風が暴走してしまうようになってしまわれました」
「え!?」
フィーネは一瞬セイファンが何を言っているのか理解できなかった。風の力の暴走で死者が出ているというのも初耳だ。
「……そのような話は今まで聞いたことがありませんでした。陛下だって一言も話してくださったことはありませんでした」
「そうですね。風の聖霊の暴走の話はごく限られた者しか知らない機密事項ですから」
「どうにかしてそれを止める方法はないのですか?」
フィーネはあることを思い出した。
「だから、セイファン様は片翼様を探しておられたのですね。片翼様さえいれば暴走を食い止められるから」
「はい。ですが、わたくしでは片翼様を見つけることはできませんでした。その上、風玉輪は十五年前に失われ、片翼を選定することはかなわず、そして陛下自身も片翼を迎えることには消極的でした」
「ですがセイファン様、片翼様さえいれば風の聖霊は暴走しないのですよね?」
「ええ。しかしながら彼はそれを許しませんでした。自分のために他人の一生を棒に振るわけにはいかないと、彼は言いましてね」
「そんな悠長なことを言ってる場合ではないと思うのですが」
「その通りです。他人の心配よりも自分の心配をするようにと申し上げたのですが、彼は頑なにわたくしの話に耳を貸そうとはしませんでした」
昨日のラキアの様子を思い返すに、頑固な彼がセイファンや家臣の意見を突っぱねる想像がありありと思い浮かんだ。
「宰相の進言を聞かないなんてとんだ国王ですね」
「まあ、陛下がわたくしの話を聞いてくださらないのは、あの方がわたくしに対して少なからぬ恨みをお持ちだからでしょう」
「恨みだなんて……」
彼らは仲良しのはずだが、と眉をひそめるフィーネに対してセイファンは自嘲するような笑みを口元に浮かべた。
「わたくしは陛下を騙して幽閉したことがありましたから」
「ええと……幽閉?」
フィーネは聞き間違いかと口をぱくぱくさせた。話の方向性が鷦鷯宮の時とはまた異なるおかしな方向に向かっていることを確信しつつフィーネは続きを待った。




