三章 白鴎の宮(11) 王宮案内の続き
午睡の時間が終わるとフィーネは再びセイファンとともに王宮内を散策した。物見台に昇って遠くに見える海を眺めたり、午前中に回りきれなかった分の挨拶回りを兼ねて外宮の省庁を案内してもらった。
「今朝方、朝食をお召し上がりいただいたこちらの鷦鷯宮は王族の中でも国王と第二王位継承者までが住む特別な建物です。今は陛下とスヴァロン様がここで生活され、隅の方をわたくしが間借りしています。第三王位継承者以降の他の王族は少し離れた七星宮という別の建物で暮らしておられます。陛下の同腹の妹君や弟君も普段はそちらにおります」
さすがは王族。ずいぶんと立派な暮らしをしているのだな、と白壁を見上げながらフィーネは呆然とした。ましてや、自分がその中枢にいるということも不可思議な気分だった。
「ですが、ここは他の場所と違ってとても静かですね」
「今は静かですが、陛下に御子がお生まれになればいずれここも賑やかになるでしょう。ですがあの盆暗根暗朴念仁はお妃を迎えるつもりは毛頭ないようで、縁談もことごとく拒否なさってしまうところが困ったところでして……」
「そうなのですか?」
「ええ。十九歳にもなられて一人も妃をお迎えにならないどころか許嫁すらいない国王は珍しいと言われておりますね。まあ、先王陛下も遅い方ではあったそうですから、一概に陛下だけの問題ではないようですが」
「陛下はどなたか親しくされているお相手はおられないのですか?」
「いまは、と申しますか、これまでの兄の人生で誰か特別な方がおられたことはありませんでしたね」
「そんな、勿体ない!」
「ファーシャ様もそう思われますか?」
「はい。あの方を女性が放っておくはずないと思うのですが」
「ええ。あの方に好意を持つ女人は多かれども、恋路に発展することがございませんでした。求婚話や縁談話がなかったわけではないのですが、その話題が出てくるとあの盆暗はいつもきっぱり断ってしまわれるのです。お仕えする身としては悩みの種といいましょうか……そもそも自分の兄の女性関係を気にしなければならないというのはなんとも複雑な気分にさせられますね」
やれやれ、と彼は呆れた様子でため息をついた。
「セイファン様は大変ですね」
「他人事だと思っておられますね」
「ええ。もちろんですとも。王家の方々の恋愛や婚姻話は国の行く末に関わる大事ですが、私ごときには口出しする権利も機会も端からありませんから気楽なものですよ」
「なんと。ならばお尋ねしますが、ファーシャ様は陛下と恋仲になってみたいとは思われませんか?」
「ぇえっ!? どうしてそうなるんですか!!」
「お嫌ですか?」
「嫌に決まっているでしょう! 冗談でも言って良いことと悪いことがあります!」
「冗談ですか」
急に話の方向性がおかしくなってきたなとフィーネは朗らかな笑みを崩さぬセイファンの考えを推測することに注力した。
「そうですとも。セイファン様、私は陛下のお相手は家格が上の素敵な女性が似合うと思っているのです。噂でしか存じ上げませんが田舎者の私でも知っている方でしたら、ヴェシス家のサーシャ嬢やコンフェ家のラルマ嬢など素敵ではありませんか。お二人とも容姿端麗なだけでなくサーシャ嬢は姫君にして武芸の達人だそうですし、ラルマ嬢は代筆の腕の良さから勇名を馳せているそうですし、あとは――」
「おや、ファーシャ様は陛下のことを心配なさってくださってるのですね。ですが、家格についてはあなたも引けを取らないと思いますよ」
「からかうのも大概にしてください! 私とあの方はそんな関係ではございません!」
「ですが、あなたは陛下から簪を受け取られたのでしょう?」
「どうしてそれを!?」
知っているのかと尋ねようとしたが、彼が急に晴れやかな笑みを浮かべたので、フィーネは彼が仕掛けた罠に引っかかったことに気づいた。
「……やはり、ファーシャ様がお相手でしたか」
「私だったらどうなんですか?」
「いえ、あの方が社交儀礼でなく女性に対して個人的な贈り物をなさるのは前代未聞の話でしたから、王宮内の者たちは皆、たいへん驚いて相手を推測することに勤しんでおりましてね。その答えがはっきりしてわたくしはようやく枕を高くして昼も夜もぐっすりと眠れそうです」
「ななななんですか!? あの方と私はただの友人であって女性とか男性とかそういうのではございませんからね! ただ、毎年の誕生日の贈り物交換の一環です!」
「存じておりますとも。それでも、あの方の贈り物は妙なものが多かったでしょう? ガイズ殿からうかがいましたが、姫君への贈り物として湿布はさすがにどうかと……」
「あれは、王立医術学校の先生が開発された『汗でかぶれにくい』湿布の試供品だったのです。最高ではありませんか」
ふいを突かれた様子でセイファンは噴き出して咳き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「平気です。……いやはやっ、変人な兄に似てあなたも大概……っ」
「どういう意味ですか?」
「馬鹿にしているわけではございませんのであしからず。ですが、あの朴念仁が集めてくる『友人』はどうしてこうも愉快な方々ばかりなのだろうかと不思議でたまらないのです」
「セイファン様? あなたの態度は充分に私に対して馬鹿にした態度であるとおわかりですか?」
「申し訳ございません」
彼は深く頭を下げたが、おそらく反省はしていないなとフィーネは口を尖らせた。




