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二章 碧海の都(6)救護所からの帰り道

「ですが、本当にご無事で何よりです。あなたにもしものことがあれば、旦那様がお嘆きになりますから」

「ヒレナは心配性だな。伯父上はともかく、父上はそんなにやわじゃないよ」

「いえ、旦那様、というのはあの薄情者のことではなく、エレス領主のギルガム様のことです。ギルガム様は、エレスを旅立ったあなた様の身をたいへん案じておられました。それにひきかえ、ガイズ様は……あれは駄目です! 実の父親のはずなのに長年あなたをエレスに置き去りにしておきながら、久しぶりの再会でもあなたよりも仕事を優先なさるのですから」

「伯父上はそうだね。だけど、父上は父上なりに私を心配してくれてのことだったんだよ。忙しくてなかなか王宮から離れられないし、私は変な病持ちだからひとりにしておくことはできなかったんだ」

 フィーネは軽く笑っていなした。

 フィーネの父、ヴェル・ガイズ・ユリフェはウルガ王国副大臣だ。先代の国王に見出され、現在の国王アウィルドリーシャが幼少の頃から教育係を十年以上務めていたことから、彼から全幅の信頼を置かれている。

 三十も半ばを過ぎた今でこそ落ち着いたが、若い頃から破天荒な男として悪名ならぬ不名誉な勇名を馳せていた。学者としては優秀なのだが、様々な奇行をしたらしい。喧嘩はもちろんのこと、奇妙な出で立ちで街を徘徊したり、新年や祭りでもないのに真夜中の大通りで爆竹を鳴らしたり、道行く人に片っ端から真っ赤な扶桑花(ふそうげ)の茶を水鉄砲で浴びせかけて困らせたという後に『ユリフェ血祭り迷惑事件』と呼ばれる事件を引き起こしたりと、とても王族の教育係が勤まるような器ではなかった。

 にもかかわらず彼は歴代最年少で科挙に合格し、先王に重用されていた。アウィルドリーシャの教育係となったのもその延長だった。

「ヒレナ、父上は薄情じゃないよ。王宮から教育係の打診があった時に私がお願いしたんだ。私のことは気にせず第一王子さまを教え導き守ってくださいって」

「ですが……」

「あの頃の父上はとても荒んでいたから……たぶん私と一緒にいたら母上のことを思い出してしまっていつまでも酒浸りを続けていたと思うし、離れて暮らすのが正解だったんだ」

「フィーネ様がそう仰るのでしたらわたくしは何も口出しする資格はございませんが、やはりなんとも納得はできかねます」

「ヒレナは優しいね」

「そうでしょうか……」

「そうだよ」

 納得できない様子のヒレナの難しい顔をよそにフィーネは鼻歌を歌い、先に進んだ。



 二人は人々の間を縫うように歩き、旅芸人の笛太鼓を背に聞きながら大通りを横切った。

 薬屋で目当ての薬草を購入すると、日がよりいっそう傾き始めていた。気温が高い南国の都は日が沈んでからがより一層活気づく。薄明に色とりどりの提灯が灯され、屋台では八角や香辛料の効いた夕飯の香りが漂い、人々の賑わいが増してゆく。


「だけどすごいね。夕方になってもこの暑さ、右も左も人だらけ……むしろ増えてきているしなんだか人酔いしてきちゃったよ」

「そうですね。しかも、この気温……」

 ヒレナは手で額を扇いだ。玉のような汗を浮かべている。


 北西の高地にあるエレスの冷涼な気候で過ごしてきた二人は暑さにはあまり強くないため、少し動いただけでふらふらと足下がおぼつかなくなりそうだ。

 フィーネは少し休憩しようと提案した。すると、ヒレナも疲れていたのか喜んで応じた。


 フィーネたちは茶屋に入って香茶と肉桂(にっき)の効いた揚げ饅頭を食べて休んでから帰路についた。



 四番街は王都の中でも北側の台地の上に位置し、貴族の邸宅が立ち並ぶ。

 道は馬車が対面で二台すれ違ってもまだ歩行者がすれ違う余裕があるほど広く、白い石で舗装されている。街路樹の百日紅(さるすべり)が通りを彩る美しい街並みだ。この界隈の通りには掃除人と呼ばれる職業の者が常に掃除をするため、塵一つ落ちていないことで有名だった。

 フィーネが現在身を寄せている王都北西部のユリフェ邸は少し風変わりな造りをしていた。

 ウリューゼの町並みは、一区画がほとんど正方形となるのだが、王都にあるユリフェ別邸は『神鳥宮』という離宮の一部に食い込むように位置しているのだ。そして、床や屋根が高い家が多いウルガでは珍しく、木造の地味な平屋造りである。これはエレスにある本邸と似た造りであった。

 神鳥宮は夜明真珠(やめいしんじゅ)という宝石を世界で唯一、採集することが可能な特別な泉があることで有名なのだが、ユリフェ家はなぜか建国以来ずっとその管理と警備を王家から任され続けていた。

 夜明真珠はウルガ王国でしか産出しない特別な宝石で、透明な水晶球に蛋白石(たんぱくせき)の遊色ような虹色の光が浮かんでいるような見た目をしている。それだけではこの石は、ただの美しい宝石だ。

 これが特別と言われる理由は、その名の通り、暗闇で自ら発光するところだ。

 色や明るさに個体差があり、多くの夜明真珠は、淡く白い光を放ち、宝飾品として人気が高い。しかし、中には白以外の色に輝く物や、読書や裁縫ができるほど眩しく光るものがあり、そのような質の高い物は照明に利用されたりすることがある。


 フィーネがヒレナとの寄り道を終えてユリフェ邸に帰り着いたのは日が暮れかけた時分だった。

 西方の山脈が残照に稜線を染めて深い闇に沈みかけていた。薄暗い中、フィーネが目を凝らすと、二人の門番は――何故か気まずそうな顔をした。

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