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一章 ~七年前 王太子との約束~(9) いつかきっと見つけられる

「……フィーネ殿、目を開けるんだ」

「嫌です! 私がいなければ母上は死ななかったかもしれないし父上も悲しくなることなんてなかったし、お祖父様の命令で私を殺そうとしたユリフェ家の親戚も領民の人だって殺されずに済んだんです!」

 泣きながら取り乱すフィーネはさらに続けた。

「私は生まれながらに呪われているんです! 変な(あざ)が浮かぶし(けが)れているから夜明真珠(やめいしんじゅ)の輝きを失わせてしまうんです! それに、アウィルドさまとこうしてお話しさせていただけていることだって本当は間違っているんです! だって私は――」


「「落ち着くんだヴェル・フィーネ・ユリフェ!!」」


 今まで聞いたことがないほど強い語気にフィーネは肩を上下に震わせて目を開いた。



 目の前の少年はまっすぐフィーネを見ていた。夜の水面のような静かな瞳は一点の曇りもなくどこまでも優しい光をこちらに向けていた。

「泣きたければ泣いていい。だが、きつい言い方で悪いが自分なんかいなければ良かったなんて絶対に思ってはならない。そなたが自分のことをそんな風に思ってしまえば、そなたを大事に思っている人々を悲しませるし、そなたを(うと)ましく思っている者たちを喜ばせるだけだ。いいか、そなたの母君が亡くなった理由は流行病(はやりやまい)だ。愛妻を亡くした夫が悲しむのは当然のことだ。そなたを殺そうとした輩はそなたではなく単にそなたがカナーヤ人の娘だったり『皇血(ファルシー)』だからというしょうもない理由でそうしただけだ。夜明真珠が光を失うのはそなたが穢れているのではなく夜明真珠がそなたに害を為そうとしている存在からそなたを護ってくれたからだ。痣がなぜ出来るのかはわからないが……それは将来そなたが医師になればわかる日が来るもしれない。そなたの生まれついたその姿はそなたの母君と父君から譲り受けた何にも代え(がた)い宝物だ。だから、なにも卑下(ひげ)することはないし、むしろ誇っていい。そなたは生まれて良かったんだ。わたしと今こうして話をしていることの一体どこに間違いがあるという? 確かにわたしは王族として生まれついたし身分に隔たりはあるかもしれないが、そなたはわたしにとって大切な友人だ!」

「ですが……」


「先ほどそなたはわたしに迷惑を掛けたと言っていたがわたしは迷惑を掛けられたとは微塵(みじん)も思っていないからな。いいか、生きている以上迷惑なんて掛けて当然なものだぞ。どんなことをどれだけ迷惑だと感じるかは人それぞれで違うし、極端なことを言えば目の前で息をしているだけで文句を言ってくるような面倒で繊細すぎる苦労人だっているんだ。ましてや生まれ持った姿が理由であるなら直しようがない。こればかりは仕方ないと割り切るしかないんだ」

「……それが出来たら苦労しません」

 フィーネの弱音に対して彼もしばらく黙り込んでからそうだな、と頷いた。

「アウィルドさま?」

「まあ、あれこれ偉そうなことを言っているが今言ったことはじつは知り合いのとある漁師からの請売りなんだ」

「どういうことですか?」

「……わたしもそなたのようによく悩むことがあるのだ。自分さえいなければ、今よりずっと良い今があったのではないか、(うしな)われずに済んだ命があったのではないかと何度も後悔や自問自答をしてきた。ガイズの課題で漁師の仕事を手伝うことになった時に物思いに(ふけ)りながら船仕事をしていたら、その漁師に心の奥を見透かされてな、船の上でうじうじ悩むんじゃねえと、一発頭を殴られた上に柱に縄で縛りつけられたことがあった」

「え!? 漁師が王子殿下を殴ったんですか!?」

「まあ、彼はわたしの素性を知らなかったし、船というのは思っている以上に危険と隣り合わせの環境で少しの気の緩みも命取りになるから、当然と言えば当然だったんだ。(おか)に戻ってからひどく説教されてな、今までの自分では考えもしなかったことだったからそういう考え方もあるのかと、とても勉強になったのだ。彼の言葉を借りると、迷惑をかけたくないと思うのなら常日頃から己の行いを省みろ。その上で手足を動かせ。迷惑をかけない人間になるために努力を惜しむな、迷惑をかけても許されるような人間になれ、そして、迷惑を許してくれる人や諭してくれる人を大切にしろ。とにかく、自分さえいなければ良かったなどと思ってはならない。自分を蔑む奴らの思う壺になっては面白くないだろう、とな。わたしは彼のその言葉を聞いて決めたんだ。努力でさえどうしようもないことで迷惑をかけてしまうのなら、その事実を悲観することよりも、別のことで相手に恩を返せるような人間になれば良いのだと。ひ弱で気弱な王子は屈強で豪快な漁師から教えを受けたのだ」

「……私でも、なにか出来ることがあるのでしょうか」

「フィーネ殿なら大丈夫だ。だって、そなたはまだ気づいていないだけで、良いところが沢山あるじゃないか」

「おだてないでください。私には良いところなんてまるでありません。取り柄も特技も何にもないんですから……」

 ん? と彼は眉根を寄せながら怪訝(けげん)そうに首を傾げた。

「そうだろうか? まず歌が上手いだろう。声も風鐸(ふうたく)のように澄んでいて綺麗だ。好奇心旺盛で興味の幅が広いし、草花の名を覚えることが得意だ。目も良いし、美しい組み紐を結わえたり刺繍を()すことも出来る。弓の扱いだってわたしよりも上手だし木登りも得意で身も軽いし乗馬だって飲み込みが早かった。これ以上言うとくどくなりそうだからここで留めておくが、なによりも、そなたは優しい人だ。見ず知らずの他人のために一生懸命になれるし、助けたいと努力することができる。他者の幸福を願って行動できる勇気がある。悲しむ人に寄り添うことができる心を持っている。充分素敵なことではないか」

「そんなこと――」

「ないとは言わせないからな。少なくとも、わたしはそう思ったのだ。前に一緒に遊んだトットやシンハやゴルやアシャやユナやカムリも連れてきて訊いてみないと信じられないか?」

 以前一緒に遊んで友達になってくれた同年代の子供達を思い出してフィーネは首を横に振った。皆フィーネにとても優しくしてくれたしフィーネの歌声や足の速さや色々なことを褒めてくれたのは事実だ。

「そなたにとっては取り柄に思えないことかもしれないが誰にも真似できない立派な長所だ。自分で気づくのは難しいかもしれないけれども、今言ったこと以外にもそなたの良さはまだまだたくさんあるんだ。もちろん、わたし以外の人から見たらまた別の長所があるだろう。この先出会う誰かが教えてくれるかもしれない。その中からそなた自身が納得できる自分の強みというものをいつかきっと見つけられる日が来るはずだ。だから今は今持っているそなたの良い部分を少しずつ伸ばしていけばいいんだ」

「私はそんなすごい人なんかじゃありません」

「いいや、すごい人だ。他でもなく王太子であるわたしが言うんだから胸を張って誇っていい」

 彼は胸を拳で叩き鼻高々な様子で星空を見上げた。


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