シンデレラは王子様と一緒に馬車に乗る
「あんたらがパペットで、俺らに移送の依頼をしたのは、これで2回目ってことだな」
アルバは、長い間プァンスに泣かれて、その音量で頭を痛めていた。泣いていた張本人は、いまは桃のタルトとやらで、ご機嫌そうだ。
「そーだよ…前も、途中でアルバが、パペットって知ったじゃない」
山積みのタルトを、一個ずつ口の中に放り込んでいきながら、アルバの記憶にない話をしていく。
大体、勝手に記憶をいじんなっつうの。
いじられたにも関わらず、チナがうっすら覚えているのに、自分が綺麗さっぱり忘れている事実も腹立たしい。
「記憶はね……私達が消してもいいよって、ちゃんと同意したのよね」
タルトをひとつ、アルバの前にも置きながら、チナが笑う。
「そ……そうだったか?」
妻にまた心を読まれた気がして、アルバは顔をそらした。本当に、何も覚えていないのだ。
「『また、記憶を消してもいいから、オレたちを頼ってこいよ』って、あなた言ったじゃない」
そんな、チナの声を聞いた時。
あ。
アルバの脳裏が、微かに点滅した。どこかで、聞いたことのある言葉に感じたのだ。
これか。
この感覚を、ずっとチナは感じていたのか。
だが。
それは、ある意味、何よりもすごい太鼓判だった。過去の自分が、彼らを気に入っていた、という。
その言葉を頼って、彼らはもう一度アルバに依頼をしてきたのである。
相手は、あの『パペット』だ。
都市伝説のような、本当に存在するかどうか分からない、幽霊のような怖い噂。
だが、宇宙を飛び回る仕事をしているアルバは、それがただの噂でないことには気づいていた。
多方面から、パペットの話を聞くことができたからだ。その多重放送を形にした時──恐怖の人形が浮かび上がる。
敵も味方も、素手で引き裂くパペット。
誰も、こんな情緒不安定な小娘なんて、思ってもいない。
相棒は、大男と言われていた。
噂ほど大男には見えないが、戦場の姿に尾ひれがついたのか、はたまたそこでは大きく見えるのか。
どちらにせよ、戦場まで付き合うわけじゃないアルバには、確かめようがなかったが。
「わかったわかった、パペットでも何でもいい…ちゃんと仕事は果たすぜ」
アルバは、結局その結論を選択することとなった。
過去の自分と、妻の目と──そのこまっしゃくれた小娘が、妻の料理を好きという言葉を信じて、だ。
過去一度、彼らを移送したアルバは、きっちり今も生きている。
本当に知られたくないと思ったのならば、記憶を操作するなんて回りくどいことをするより、さっさと殺してしまえばいいのに、だ。
と、かっこよくアルバが、心の広い男っぷりをアピールしていたというのに。
「眠いか?」
サンドの手が、プァンスの肩にかかっていた。
彼女は、うつらうつらと船をこぎはじめているではないか。
このアマ。
肩すかしをくらって、アルバはグレかけたが──しかし、気が抜けてもいた。
食って寝て泣いてわめいて。
ただの小娘にしか見えないのに、世間では死の人形と呼ばれているのだ。
尾ひれ、つきすぎだろ。
アルバは、苦笑した。
くったりした彼女を、サンドが抱き上げる。
いつものように、寝室へ連れて行くのだろう。
「……」
そんな、サンドの足が止まって。
ゆっくりと振り返って、そのまだらの目に二人を映した。
「……彼女を、怖がったり哀れんだりしないでくれて……感謝する」
礼を言う表情ではなかった。
ただの、真顔。
それでも、彼なりの感謝だということは、同じ男としてアルバには伝わった。
「んなこたぁ、どうでもいいから……ちったぁ夜は静かにしろよ」
男に感謝されるなんて、こっぱずかしくて真正面から受け止められるものではない。アルバは、照れ隠しに夜のことをひやかしてやった。
サンドが、ふと動きを止めた。
「食事中の彼女は……私にはどうにも出来ない」
言い置くと。
彼は、寝室へと消えて行った。
へ?
食事?
「食事っつったか、いま?」
アルバは、唖然としながら側のチナに問いかける。
「サンドは、プァンスのご飯なんですって」
うふふ。
微笑む妻とは裏腹に、アルバの脳裏には「カニバリズム」なる、危険な単語が飛び交ったのだった。
※
翌日、プァンスはまた、こぢんまりとした姿に戻っていた。
髪も、だ。
「どうなってんだ?」
パペットだと分かってはいても、珍しい現象にアルバは、その短い髪を指差す。
「あたしの内燃機関は、普通の人間のと違うの」
ぷいっと横を向くが、プァンスの朝食の手は止まらない。
蓄積機関だの、内燃機関だの──まるで、自分を機械のように話をする。しかし、機械はあんな成長をしたりはしないし、人間の食物は必要としない。
まあいいか。
どうせ考えたところで、正しい答えが見つかるはずなどないのだ。そして、正しい答えがいつもいいものであるとは限らない。アルバはそう結論づけた。
それよりも。
「あぁ、そうだ……サンド」
アルバは、彼に大事な話があった。妻と昨夜、話したことがあるのだ。
まだらの視線だけが、ちらりと彼に向けられる。
「この仕事が終わっても、オレたちが生きてたら……」
ちょうどチナが、厨房から次の食事を運んできたところだった。
「あんたらの、専属操縦士になってやってもいいぜ」
「専属シェフもつきますよ」
くるりと、お皿を回すチナ。
と、夫婦でカッコよく言ったというのに。
サンドは無反応のままだし、プァンスはエーッという顔をしていた。
「ねぇ……アルバ」
王子様が、少しいやそうにフォークを彼に向ける。
「なんだよ」
てっきり喜ぶかと思ったのに、またもや肩すかしだ。彼らは、とにかくアルバを空回りさせないと気がすまないのか。
「そういうのを、何ていうか知ってる?」
そのフォークを、ぷすっと次の食事に突き立てる。
「何が、だ」
いらいらしながら、アルバは続きをせかす。
「そういうのを……死亡フラグっていうんだよ?」
この仕事が、無事終わってから言ってよね。
まったくもー、と。
小娘は、ガツガツ食事を続行している。
「え……縁起の悪いこと、言うんじゃねぇぇ!」
火を吹きながら怒鳴り散らすアルバを、チナがハイハイと微笑みながら諌める。
「でも……」
吠えるアルバには、よく聞こえないほどの音量で、プァンスはこう続けていた。
「でも……考えといてやるわ」
フォークを、くわえたままの──笑顔。
だが。
アルバの耳は、とてもとてもよかった。
『パペット 終』




