↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光が射す、その前に  作者: march


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/42

しじみと僕の気持ち

今日は、会社の課長二人と、ささやかな飲み会だった。

三人とも、どちらかと言えば現状維持より変化を好む人間だった。


工場をもっと良くしたい。

もっと面白くしたい。

新しいことを始めたい。


そんな話ばかりを、時間も忘れて続けていた。今日は休みだった。


それでも朝から自宅でパソコンを開き、メールを返し、いつものように資料を作った。休みの日まで仕事をする必要などない。頭では分かっている。ただ、気になっていることをそのままにしておく方が、僕には難しかった。


結局、夕方までほとんど休まずに仕事をし、飲み会へ。いつもの休日だった。。。


店で飲んだスパークリングワインが、驚くほど美味しかった。

一杯だけのつもりが、二杯、三杯と進み、最後には何杯飲んだのか分からなくなった。


心地よく、酔ってしまい、帰り道、コンビニへ寄った。明日の朝はとんでもない頭痛に襲われることは容易に想像できた。


大嫌いなしじみ汁のインスタント味噌汁を買った。


二日酔いには効くらしい。美味しいと思ったことは、一度もない。


家に着き、湯を注いだ。


酔った身体に流し込んでも、やはり美味しくはなかった。そんなんではしじみは可哀想だ。。


飲み終え、歯を磨いている時だった。


ふと、前々日に見た夢を思い出した。


以前、真里と働いていた外資系企業のメンバーが出てきた。何を話していたのかは覚えていない。

どこにいたのかも、よく分からない。

ただ、懐かしい顔ばかりが並んでいた。


その中に、真里もいた。


酔っていたせいもあったのだと思う。

歯を磨き終え、以前一緒に働いていた中国人の女性へ、何気なくLINEを送った。熊本で地震があった為、安否通知みたいな仕組みが画面を覆い、その中国人の女性がたまたま目についたのだ。


「みんな元気かな。この前、夢に出てきたんだ。」


誰かに会いたかったわけではない。

あの頃へ戻りたかったわけでもない。

ただ、みんなが元気なら、それでよかった。


返事を待つこともなく、そのまま布団へ入った。


翌朝。


いつものように、四時過ぎに目が覚めた。酷い頭痛だ。可哀想なしじみを恨んだ。。


眠いはずなのに、もう一度眠ることはできない。


身体だけが勝手に朝を始めてしまう。


枕元にある2台のスマートフォンを手に取り、仕事のメール、プライベート携帯の通知類を見た。



そこにはすでに忘れていた中国人女性からの返信が届いていた。


「みんな元気ですよ。」

その一文を見て、少し安心した。


それだけで十分だった。その次の一文を見るまでは。


「そういえば、真里さんもまた会社に戻ってきましたよ。」


しばらく画面を見ていた。


戻った。


その二文字だけが、頭の中を何度も往復した。


僕の中で彼女は、もうあの会社とは関係のない場所で生きている人だった。体調を崩し、会社を離れ、そして僕の前からも静かにいなくなった。それが彼女の選んだ人生なのだと、勝手に理解したつもりでいた。


遠い場所で、僕の知らない時間を生きている。


もう交わることのない人生を歩いている。


そう思うことで、僕はようやく、彼女のいない時間を受け入れていた。だから、その一文は、僕の中で静かに閉じていた物語を書き換えてしまった。


真里は、あの会社に戻った。


僕が彼女と出会い、彼女を好きになり、失った場所へ。


それがどんな決断だったのか、僕には分からない。


次の会社が合わなかったのかもしれない。


以前から評価されていた場所へ戻ることが、仕事や生活を考えれば最も現実的だったのかもしれない。


年齢や収入、これからの人生を考えた末の選択だったのかもしれない。あるいは、僕が想像するほど大きな意味などなく、ごく自然に決めたことなのかもしれない。


彼女は、彼女の軸で生きている。


僕とは関係なく悩み、選び、そして戻ることを決めた。


それだけのことだよ。


その中国人にすぐに返信した。


「真里さん、戻ったんね。確か、体調を崩していたよね。」


送信した直後、指が止まった。

余計なことを聞かなければよかったと思った。


何せ中国人のその彼女はおしゃべりだから。


悪気なんてない。けれど、もしかしたら、真里に伝えるかもしれない。


「(僕)さんから連絡があったよ。」


「体調を心配していたよ。」


そんなふうに。


3年前、最後のメッセージを送った。


体調を心配していること。

離婚したこと。

小田原を離れ、新しい会社で働いていること。

あの時間に嘘をつきたくなかったこと。

味方であり続けたいと思っていたこと。


そして最後に、「これを最後にします。」


そう書いた。「さようなら。」


そう結んだ。


あれで終わったはずだった。いや、終わらせるしかなかった。彼女が選んだ静けさを、僕は守るべきだと思った。だから、僕の名前が再び彼女の耳へ届くことを、望んではいない。


そう思っている。


それなのに。本当に、そうなのだろうか。

どうしてこんなにも心が揺れるのだろう。

僕は一体、何を求めているのだろう。


ただ、元気でいてほしい。

それだけだと思っていた。


なのに、「戻ってきましたよ」

という、たった一行で、こんなにも胸が苦しくなる。

僕はまだ、あの日の続きを生きているのだろうか。

あの日に置いてきた自分が、今になって追いついてきただけなのだろうか。もし、このあと、


「結婚して、お子さんもいらっしゃるようですよ」


そんな一文が届いたら、僕はどうするのだろう。


きっと寂しい。少しではない。大きく寂しいのだと思う。


彼女が僕の知らない人と暮らし、僕の知らない時間を重ねている。その当たり前のことに、僕はひどく取り残されるのだろう。


それでも。いつか、その寂しさを越えて、


「よかったね」


と言える自分でありたい。強がりでも、諦めでもなく。真心として。


本当に、よかったね、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。