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17.白き王(アレクシア視点)

*****


 ディアナ様が消えた。

 文字通り、忽然と、先ほどまですぐそこに立っていたのに。

 くるくると、小さな歩幅で石の祠を周っていた時にはなんの異変もなかった。

 不用意に祠の穴を覗き込んだのには思わず声をあげてしまったが、何事もないと、そう思った矢先に。

 ふつり、とその姿が見えなくなった。

「!!!」

 目を離した訳ではない。

 目の前で突然幕を降ろされたように、シャボン玉がはじけて消えるように、そこに在ったものがなくなったのだ。

「ディアナ様!!」

 慌てて駆け寄っても、そこにはもう誰もいない。

 体中から血の気が引くのがわかった。

 ミシェルも同じような顔色で、石祠の前で見つめ合うしかできない。

 光を失ったかのような喪失感に、手足があっという間に冷えていく。

「……迂闊でした」

 ミシェルがか細い声でこぼし、悪あがきのように周囲を見渡すのに苦い気持ちがこみ上げる。

 異常事態が続いているにも関わらず、狭い範囲でのことと無闇にディアナ様を動かすのではなかった。

 得体の知れない結界と祠に、無自覚にディアナ様の力を当てにしていたのだ。

 天啓の光や、自分の魔傷をあっという間に癒した、あれほどまで凄まじい力を持っているなら、と安易に考えて見誤った。

 自分の愚かさに吐き気すらしたが、今はそれどころではない。

 元凶は、中心にある祠で間違いないだろう。

 今、ディアナ様がどういう状況に陥っているかわからないが、なんとしてでもお側に駆けつけなければ。

 そう思い、改めて石の祠に目を向ける、と。

「!!」

 いつの間にそこにいたのか、祠の屋根の上に、白いモノ、が居た。

「何者だ!」

 咄嗟にミシェルが動き、誰何する。

 真っ白な髪が腰まで無造作に伸ばされて、青白いほどの肌に、真っ白なシーツに穴を空けて縫い合わせたような簡素な服を着た、男か、女かもわからない美貌のモノが、祠の屋根の上で、胡座をかいて頬杖をついてる。

 物理的に乗る場所のない傾斜の上で。

 いつからいたのか、慌てる騎士二人を面白がって見物でもするかのような態だが、神殿でも見たことのない風貌どころか、その出で立ち全てが異様だ。

 警戒も露わに剣を抜き放ち、切っ先を眼前に向けるが、白いモノはその先端を見てもひとつも動じず、むしろ顔を近づけてまじまじと検分をはじめた。

「ほぉ。氷の精霊の剣じゃな。居心地がよいのか、よく出来ておる。ふむ、其方は持ち主の言うことをよく聞く良い子じゃのぉ、なに、そんな顔をせんでもよい。今おぬしの持ち主にはよぉく言い聞かせてやるからの」

 親しみを込めた金色の瞳は、剣の中に宿るモノをハッキリと認めていた。

 斬ってはいけない。

 剣に宿る氷の精霊、フェンリルが懸命に訴えてくる。

 ミシェルも弓をつがえるのに躊躇いが見える。

 コレは、何……誰、だ?

「何者かと聞いたかの?」

 白いモノは、金の瞳を剣の先からこちらの顔にチラリと上向けて、悪戯に笑んだ。

「長いこと、子供たちには王様と呼ばれておるなぁ」

 ニコニコと、屈託のない笑みに変えて、

「たまに会うニンゲンは、精霊王と呼んでくるのぉ」

 自らを王と名乗った白いモノは、いつの間にか周囲に集まってきた小さなフワフワとした光に手を差し伸べると、愛でるように戯れはじめた。

「精霊王、」

 まさか、そんな。

 馬鹿馬鹿しいと一蹴できない。

 先ほどから、息苦しく感じるほどに空気が密になっている。

 精霊が多くいる土地などで感じるものが、今や感じたことがないほど濃密に、凝縮されて辺りに立ち込めていて、圧迫されていくようだ。

 あの光は、名もなき小さな精霊たちだ。

 清浄な空気のあるところなら、見る目さえあれば誰にでも見ることができる。

 だが、それがあんなにも集う場面など、見たことがない。

 それが見ているうちにどんどんと増えて、精霊王と名乗る人物に纏わりついていく。

 剣を持つ手が重くなり、構えることが出来なくなった。

 噴き出すような汗をかいているのに、体は冷えていく一方だ。

 先に、地面に崩れ落ちたのはミシェルだった。

 弓は落しこそしなかったが、どさりとその場に座り込む。

 わたしは震える足でどうにか踏み止まり、剣を鞘に納めた。

 醜態にならないよう、ゆっくりと深呼吸を繰り返しながら、跪くことに成功した。

「貴方が、精霊王だと仰るなら、ディアナ様を、先程までここにいた少女を知りませんか」

 この際誰でもいい。

 もし本当に、今このタイミングで精霊王が現れたのなら、消えてしまったディアナ様の手がかりを得られるかもしれない。

 なけなしの思考で、それだけは確かめたかった。

 こちらにはもう興味をなくしたように、集まってくる小さな精霊たちと戯れていた精霊王は、その言葉でようやくこちらを振り返った。

「あの者はディアナというのか」

「何かご存知なのですか」

「ふむ、余程相性が良かったのかのぉ、ちょっと手を貸したらすぐに下に行けたぞ」

「下?ディアナ様はいったいどこに行かれたのですか?」

「なに、危険はない。待っておればすぐに戻ってきやる。それ、もうすぐじゃ」

 そう言って、精霊王が祠の上から退くと、ポンっ、と小気味のいい音をたてて、何かが祠の穴から飛び出してきた。




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