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竜星は廻る。  作者: 雅也
序.連理の剣を持ちて比翼は舞う

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2-4

 入り口からやってきた二人の人物を見て、商工会の職員たちは目を剥いた。


 一人は、袴姿の男。腰には刀を佩いて、その瞳は肉食獣を思わせる鋭さを放っている。


 もう一人は、白いパンツスーツ姿の女。気品を纏った落ち着きのある佇まい。


 黒と白。対照的な出で立ち。現在、この都市で最も影響力のある組織の若頭である二人。黒鉄斬雄、クローディア=ホワイトベルだった。


 呉服屋での長い買い物が終わり、その足で斬雄とクローディアはアイシャを連れて商工会館を訪れていた。なお、朱奈と鳴子は購入した物を持って先に帰宅している。


 敵対組織に所属する二人の大物が、昨日この場所で対峙したのは記憶に新しい。そして、今日はまさにその当事者たちが肩を並べてやってきたのだ。職員たちの胸中はまさに青天の霹靂だった。間にちょこんと立っている少女のことは最早、視界に入っているようで入っていない。


 受付ロビーがしんと静まり返る。


 そのような空気など、どこ吹く風とばかりに斬雄たちは真っ直ぐ、ちょうど空いていた受付へ歩いていく。


「悪い」


「は、はひぃっ!」


 声を掛けられた、おさげ頭の受付嬢は大袈裟なぐらいびくっと体を震わせた。すっかり声は裏返り、揺れで眼鏡が少しズレてしまっている。


「会長に会いたいと伝えてくれるか。忙しいようなら日を改めるが」


「か、確認してきましゅっ」


 彼女は駆け足で奥に引っ込み、少しして戻ってくる。


「お会いするそうです。ご、ご案内いたします」


 会長の執務室に案内される。奥の窓際にデスクがあったが、そこには誰も座っていなかった。


「会長はすぐに来られますので!」


 そう言っておさげ頭の受付嬢は退室する。斬雄たちは来客用に用意された革張りのソファに腰を下ろした。程なくして受付嬢が戻ってきて、テーブルの上にお茶を置いて、また立ち去る。


 ふと正面を見ると、壁に一本の剣が掛かっていた。身の丈程の長さで、剣幅は成人男性の胴程もある、黒い金属で出来た巨大な剣だった。


 少し遅れて、こんがりと日に焼けた肌の壮年の男が入室してくる。衣服越しにもはっきりとわかる程に鍛え上げられた、巌のように太く大きな巨躯の持ち主だった。服の隙間からは戦場で受けたであろう数多の傷が見えている。明らかに文官といった風体ではない。軍人あるいは傭兵といった方が相応しい男だった。


「ほぉ、珍しい顔ぶれだな?」


 男は斬雄とクローディアの姿を見ても、怯むことなく笑みを浮かべて、どっかりと対面に腰を下ろした。


 オルランド・スパーダ。かつては“壊剣”の二つ名で恐れられた流れの傭兵であり、その実績と腕前を見込まれ、クライシュ帝国第一皇妃の護衛を務めていたこともある傑物だ。


 七年前のさる事件を契機に帝都を離れ、現在はカシーヤ商工会の会長として、この地の混沌とした状況をまとめ上げ、二元代表制の片翼である評議会の議員としてもその辣腕を振るっている。


「お忙しいところ、すみません」


 開口一番のクローディアからの謝意に、オルランドは手のひらを突き出した。


「ああ、気にするな。会長職は実務にはあまり携わらんし、今は議会が開いていないからな」


「議会が開いていない?」


 何かあっただろうか、とクローディアが首を傾げる。


 それに補足するように斬雄が口を開く。


「カシーヤの議会の会期は、年百五十日だからな」


「ああ、そういえばそうでしたね」


 議会の会期としては世界的にも短めだ。例えば、アルビオン公国の元老院であれば、ほぼ通年で開かれている。


「臨時招集もあるから、実際はもう少し多いがな。ま、今は比較的暇な時期ってことだ。どこぞの奴らが勢力を広げるのも落ち着いた頃合いだしな」


 オルランドからの皮肉に、斬雄とクローディアは互い違いに明後日の方に視線をやる。


「言われてるぜ?」


「鏡をお送りしましょうか?」


 険悪なムードになる前にと、オルランドは空気を入れ替えるようにポンと膝を打った。


「それで、黒鉄とホワイトベルの№2が揃って何の用だ?」


 斬雄はクローディアとの間に挟まって座るアイシャの頭に手をやった。


「この娘のことを調べてほしいんですよ」


 都市の有力者を前にして、彼の口調は幾分畏まったものになっている。


 斬雄の言葉に、オルランドは首を捻った。


「その程度のことはお前らでもできるだろう?」


 むしろ人海戦術という意味では、法や規則に縛られたオルランドよりも、トップダウンで組織を動かせる黒鉄、ホワイトベルの方が優れている。わざわざ自分のところに来た理由が読めなかった。


「実は──」


 斬雄はアイシャの事情についてオルランドに簡潔に説明する。


「ふむ、事情はわかった。で?」


「さすがに公的な情報を閲覧する権限はないですからね」


 都市を運営するには税の徴収が必要になる。適切に税を徴収するには、行政は住民について把握する必要がある。誰がどこに住んでいるのか、どの程度の収入があり、どのような家族構成か。そういった行政資料を洗ってほしいという要望だった。


「おいおい、俺はあくまで評議会の議員だ。俺にだって行政資料の自由な閲覧権限なんてあるわけないだろ?」


 評議会の業務は、予算や法案の審議、議決だ。必要に応じて、行政側に資料の閲覧請求をすることはあるが、それはなんでも好きに見れるという性質のものではない。


「ですが、口利きはできるでしょう?」


 オルランドは溜息を吐いた。斬雄が言うのは、政治的コネクション、圧力と言い換えても良いが、それを使えということだ。議員が私的なことで行政資料を閲覧するのは難しい。しかし、日常的な業務の中で、行政資料を閲覧する権限を与えられた人間に、それを依頼することはできる。無論、それは正当な手続きではない、裏の道だ。


「悪いが、そういうことなら協力はできん。旭花にも連合にも与しない。それができないなら“自治”とは呼べないだろう?」


 商工会の会長としてであれば、都市全体の利益を理由に、黒鉄会とホワイトベル・ファミリーに便宜をかけることもあるが、議員としての立場を使うのであれば話は変わってくる。評議会の議員が黒鉄とホワイトベルの小間使いのように動くというのは外聞があまりに悪い。特に彼のように都市の中でも強い発言力を持つ議員であれば猶更だ。


「その少女を俺に保護しろっていうなら話は別だがな?」


 であれば、オルランドが自らの権力で彼女について調査を頼むことはおかしなことではなくなる。


 それを聞いたアイシャが斬雄の裾をギュッと掴んだ。


「ありがたい申し出ですが、一度面倒を見ると決めた手前、軽々しく手を離すのは性に合わないので……」


 斬雄はやんわりと断りを入れる。


「それに、あなたもわかっているでしょうが、恐らくこれは決め手にはならないでしょう」


 斬雄はアイシャの存在は表の行政資料では調べ切れないだろうと踏んでいた。昨夜、下手人たちは斬雄が声をかけるなり、いきなり斬り掛かってきた。殺人に対する躊躇のなさ。十中八九、表の人間ではなく、社会の裏に潜む組織の犯行だろう。調べた結果、何もなかった。という結論になる可能性は十分にあり得た。ではなぜここに来たのか。


 少ない確率であったとしても、可能性はゼロでない。可能性がある以上、確認できることは確認しておくべきだ。斬雄とクローディアはそう意見が一致した。


 しかし、オルランドは難色を示している。一体どう交渉を進めていくか。


 そこで黙って話を聞いていたクローディアが口を挟む。


「スパーダさん、あなたもガーダム孤児院の件はご存じでしょう?」


「ああ、一応な」


 ガーダム孤児院、それは集団失踪が起きた孤児院の名だ。箝口令は敷かれているが、さすがに都市憲兵隊や都市上層部の人間であれば把握している。


 しかし、話の繋がりが見えず、オルランドは首を傾げる。


「カシーヤで起きた集団失踪です。本来、あれの捜査はカシーヤ自治政府の役責ではないですか?」


「おいおい、うちの憲兵隊の捜査の妨害をしているのはホワイトベルだったはずだが?」


「それは見解の相違です。ホワイトベルが動いていることを知り、動かないことを選択したのは憲兵隊の意思に過ぎず、我々の関与するところではありません」


 どの口が。とオルランドは内心で毒づいた。憲兵隊が動いていないのは、ホワイトベルの縄張りでの事件に首を突っ込むと、彼女たちとパイプのある議員から圧力がかかるからだ。


 だが、彼女が言わんとしていることは何となくわかった。


「……つまり失踪事件捜査の一環としてこの娘のことを調べろと?」


「直近で起きた類似の事件です。関連性を疑わない方が不自然でしょう?」


 孤児院の件を第一の事件。アイシャの件を第二の未遂事件。そう考えれば、憲兵隊に事件のことを調べさせるのは不自然なことではない。むしろ第一の時点で何も動いていないことの方がおかしいのだから。


「……わかった」


 間をおいて、オルランドは重くそう口にした。ホワイトベルからの言質は取った。これで憲兵隊に対する一部議員からの圧力を跳ね除けることができるようになるだろう。彼らが都市で起こる事件に対して動きやすくなる。そうなることは、カシーヤの自治を護持したい、彼の立場としても都合が良いことだった。


「だが、黒鉄も言っていたことだが、正直、期待薄だと思うぞ?」 


「わからないというのも重要な情報ですから」


「ったく、しらみつぶしに人の手を使おうなんて、太い奴らだ」


 オルランドは頭を掻きながら嘆息する。そして、二人の顔を見回した。


「しっかし、まさか黒鉄とホワイトベルが肩を並べて座る日が来るとはな。次からは事前に告知してから来てくれ。職員たちの心臓に悪い」


「ええ、機会があれば」


 斬雄たちは謝意を告げて、商工会を後にした。外に出ると、渇いた空気が肌を撫でた。空は夕日に照らされ、赤く染まっている。


 商工会館前は、アスファルトで舗装された、大きな広場になっている。向かって奥の方には噴水が、端の方には木とベンチが並んでいるが、そこを除いても、貸切にすればスポーツの試合でもできそうな開けた空間が広がっている。


「しかし、良かったのか?」


「何がですか?」


「失踪事件のことだ。憲兵隊の動きを当て擦ったんだ。今後は奴らの干渉を退けることが難しくなると思うが」


「元々私はこの都市の行政に口を出すつもりはありません。今回のことはちょうど良い機会でした」


 良くも悪くもこの都市での黒鉄会とホワイトベル・ファミリーの影響力は強い。商業活動の多くを牛耳り、憲兵隊と正面からぶつかっても捻じ伏せることができる武力を有している。それ故、この二つの組織を相手取る展開になったとき、特に末端の憲兵は及び腰になってしまう傾向があった。そして、それによって生まれた隙間を埋めるためにホワイトベル・ファミリーは構成員たちを動員し、自警団のような働きをすることになる。さらに、それが憲兵隊や連合に擦り寄りたい議員たちの忖度を生む。そういう悪循環の結果、ホワイトベルの縄張りでの事件は、ホワイトベルが解決するのが当然という不文律が出来てしまったのだ。


 しかし、そもそものホワイトベルの目的は、この地の資源を連合に安定供給することであり、この地の支配ではない。餅は餅屋。余計なことに人手を割く手間を圧縮できるのであれば、それに越したことはないとクローディアは考えていた。


「……私はとりあえず失踪事件の調査に注力します。先程は方便でああ言いましたが、実際アイシャの件との関連性がないとは言えませんから」


 失踪事件と誘拐事件。双方の視点を持つことで、それぞれ見えてくるものがあるかもしれない。クローディアはそう口にしながら、ちらと横目で斬雄を見た。


「黒鉄はどう動くつもりですか?」


「さて、失踪事件はお前らのシマで起こったことだからな。俺らが手を出す道理じゃないだろう。とすると、あまり好みじゃないが、ひとまずは敵の出方を待つことにするさ」


「そうですか」


 彼女は頷きを返す。


「では、私はこれで失礼します。たまにアイシャの様子を見に伺いますので」


「ああ、歓迎するよ」


 そして、クローディアはアイシャの視線に合わせるように腰を落とす。


「では、アイシャ。このお兄さんが嫌になったらいつまでも私の元に来て構いませんからね」


「うん」


 彼女は微笑み、再び斬雄の方に視線を向ける。


「ああ、そうです。念のため言っておきますが、私もあなた方を信用しているわけではありません。そのことはお忘れなきよう」


「ふっ、重々承知してるよ」


 斬雄が一笑する。


 クローディアが一歩前に進み、くるりと振り返った。夕焼けが眩しいせいで、その表情は伺えない。


「ですが、今日の話はとても有意義でした。では、また」


「ああ、またな」


 斬雄は手を軽く振って、アイシャを連れてクローディアとは反対側に向かって歩き出した。

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