2-3
食事を終えた斬雄たちは、クローディアの意見を聞きながら日用品の購入をした後、呉服屋へ来ていた。今は朱奈と鳴子の二人が店員と共に、アイシャのファッションショーを開催している。大方の予想通り、日用品の買い物ではいまいち役に立たなかった二人だったが、ところ変わって服のことになれば意気揚々と、その姿は水を得た魚の如しだった。
近年、帝国では様々な世界の衣装を取り込むことで、伝統的な着物とは異なった服飾文化が花開いていた。例えば、鳴子と朱奈の服装はその典型だ。
鳴子は、首元から袖ぐりの下までを斜めにカットしたノースリーブシャツに、正絹の、本衿のついた上衣を肩が少し見えるように着崩し、腰にはコルセット帯を巻いて、フレアスカートを履いている。色は寒色系で統一しており、涼しげな印象のある装いである。
朱奈は、牡丹の柄が現れた着物に、革のライダース風ジャケットを羽織っている。着物はジャケットに合うように、袖はすっきりとしており、ワンピースドレスのように体のシルエットが出るような形になっている。色は赤を基調としており、スラっとした体型も相まって、力強い華やかさを感じる出で立ちだった。
そして、斬雄たちが寄った店も、そういった独特なデザインの高品質な既製品が揃った新進気鋭の呉服屋だった。
斬雄とクローディアの二人はファッションショーには参加せず、それを少し離れたところから見ている。
黒鉄とホワイトベルが犬猿の仲であるのは、周知の事実だ。それ故か、剣鬼と剣姫が並んでいる姿は、周囲からは異様に映っているようで、人々は彼らを遠巻きにしており、店員もあえて話しかけてはこない。
「お前は行かなくていいのか?」
「私はファッションについてはあまり詳しくありませんので」
「ふぅん? そうは見えないがな」
斬雄はその言葉を意外に感じ、素直にそう口にした。
彼もそれ程ファッションについて詳しいわけではないが、傍目で見れば、クローディアの装いは、メイクも含めて洗練されたものに見えたからだ。
「衣装もメイクも、エルヴィスの手配ですので、私は噛んでいません」
「エルヴィス?」
「昨晩、風の精霊を操っていたエルフです」
「ああ、あの眼鏡の奴か」
斬雄はいつもクローディアに傍に控えている男の姿を思い出す。今日、彼が隣にいないところを見ると、どうもあの男も苦労していそうだと斬雄は思った。
「なにか?」
何か不名誉な想像の気配を感じた、クローディアのジト目を躱すように、斬雄は話題を変える。
「いや、そういえば、ホワイトベルは確かアルビオン公国の名門貴族だったと思ってな」
「ええ、伯爵位を有しています」
「そんな貴族の姫君がなぜこんなところで商人の真似事を?」
未だ封建制を維持し、その価値観が根強く残る公国の伯爵令嬢がこのような異国の地にいるのは、はっきりと奇妙なことだった。
斬雄の問いに、クローディアは少し言い淀む様子を見せる。
「いや、話しにくいことならいい。ふと気になったから聞いただけだ」
「いえ、構いません。隠すようなことではありませんから」
そう言って彼女は遠くを見るような目で語り始める。
「十五の時です。父が私に婚約者をあてがいました。当然、相手もアルビオン貴族です。家同士の繋がりを求めた政略結婚、まあよくある話ですね。……私は初めて婚約者を見たときに、こう思いました。ああ、なんてつまらない、と。彼が悪かったわけではありません。年ごろも性格も、政略結婚の相手としてはむしろ優良と言える貴公子だったでしょう。しかし、彼と結婚して、家庭に入るという選択肢がどうしようもなく、私には褪せて思えた」
貴種としての富に浴して生まれ育った身だ。その責務を果たすことを厭うたわけではない。ただ、たった一つしか用意されていない、その道が酷く窮屈に思えた。
「だから、彼と初めて会った日の夜に、私は家を出ました」
斬雄が目を丸くする。当然そう繋がるのだろうとは思ったが、即断即決にも程がある。
「剣一本と愛馬を連れて城を抜け出した私は、身分を隠して星辰騎士団の下へ転がり込みました」
星辰騎士団とは連合軍の特殊部隊の名である。魔導革命によって拡大した軍事力を背景に、版図を広げる帝国に対抗する為、初代総長“雷霆”ツァハリアス・ツバイクと彼の下に集った英傑たちが創設した大陸西部最強の騎士団。
「まあ隠した身分はすぐにバレましたが、その時点で私は騎士団の中で一定の立場にありました。もはやこうなれば、父も私を連れ戻すことはできません。婚約が公表される前だったことも幸いし、元々婚約自体がなかったということになりました」
「晴れて自由の身ってわけだ」
「そういうことになりますね」
斬雄の軽口に、クローディアは視線を正面に向けたまま笑みを返す。
「そこからは成り行きです。ホワイトベルがカシーヤに進出するにあたって、それを率いる存在として、血筋と武名を併せ持つ私の存在は都合がよかった。故に私が選ばれました。まあ私としても、婚約は破り捨てましたが、貴族の責務を果たすのはやぶさかではありませんでしたから」
「成程な。……くくく、しかし、お前、とんだ跳ねっ返りだな」
話を聞いた斬雄は少し間を置いて、吹き出すように笑う。
蝶よ花よと育てられた貴族令嬢が、剣一本を持って身を立てる。まさしく絵に描いたようなじゃじゃ馬ぶりだ。
クローディアはその言葉に伏し目がちに微笑む。その姿にはどこか自嘲が見えた。
「親不孝でしょう?」
「ああ、まったくだ。だが、同時に痛快でもある」
クローディアはその言葉にわずかに固まる。
「……痛快、そんなことは初めて言われました」
西方諸国連合はそのほとんどが、古い因習を残す封建国家で構成されている。
そして、それ故に、男は爵位と領地を守り、女は家庭に入り、子を産み育て、一族の血脈を守ることこそが、与えられた使命であり、果たすべき責務だという考えが非常に色濃かった。
それを蹴飛ばして我が道を行くクローディアを多くの人は責め、呆れた。
そのことに悔いも、反発心もない。自らがやりたいように生きているのだ。もはやそうした人々が彼女の障害になることはなく、そして、今では彼女の選択を受け入れてくれる人だって多くいる。
しかし、ここまで肯定的に笑う人間は初めてだった。
「自分がどう生きるのかを決めるのは自分だ。その結果、振り回されるような奴らは、思う存分、振り回してやればいい。それも選択の結果だろう?」
何とも勝手な物言いだと思ったのか、それとも肯定されたのを嬉しく思ったのか。そのときクローディアの胸中に飛来したのは、どうにも判然としない、今まで味わったことのない不思議な感覚だった。
「ふふ、そうですね」
無意識に笑みがこぼれる。それは本当に自然に漏れた笑みだった。そして、話し終えたクローディアが斬雄に視線を向ける。
「では、次は黒鉄の若頭の番ですね」
「俺か?」
「私にだけ語らせるのは不公平というものでしょう?」
「はっ、確かにそりゃそうだな」
斬雄が肩を竦める。
「つっても面白い話は特に何もないぜ?」
「黒鉄は帝国有数の武門と聞いています」
帝国は魔導革命以前は、刀とそれを扱う剣術が有名な侍の国だった。その中でも三大流派とされる剣術がある。心陰流、慈眼流、そして、黒鉄逸刀流だ。
「ああ、逸刀流の派生剣術、黒鉄逸刀流の開祖の血と流派を受け継ぐ一族だ。そこで育った俺は、当然のように刀を握って、戦う術を身につけさせられた。特に疑問には思わなかったな。この時代だ、身を立てる手段として、軍大学に入って、軍部に入った。後はお前と同じだ。成り行きで黒鉄会のカシーヤ進出に伴い、軍属を一時解かれ、ここに来ることになった」
面白くもない話だろ、と斬雄は笑う。
「では、ここにいるのはあなた自身の意思ではないと?」
「いや、自分の意思さ」
斬雄は首を横に振った。
「魔導革命によって、帝国は著しく発展を見せた。生産能力の向上、交通網の発達、今までは人口の増加に比例した微々たるものでしかなかった経済が急速に成長した」
それはクローディアにとっても良くわかることだった。
魔導技術の恩恵を受けているのは帝国だけはない。連合もまた、帝国に対抗する為の軍事技術を発端としながらも、その恩恵はすでに多くの民衆まで行き届くようになっている。
「その恩恵は枚挙にいとまがない。帝国民の栄養状態、健康状態は著しく改善し、餓死者、寒冷地域での凍死者、乳幼児の死亡数、病死者の数、どれも右肩下がりの傾向にある。全て良いこと尽くめだ」
そう言いつつも、斬雄の声音は明るくない。
帝国の繁栄の裏にある、その膨張主義的な方針が生み出す数多の悲劇を知りながら、諸手を上げて喜べるほど彼は無神経ではなかった。
だが、それは彼が帝国の現体制に対して、否定的であるということを意味するわけではない。
「そして、その技術を支えるのが竜血だ。もしこの安定したエネルギー源を失うことになれば、帝国経済は大きく停滞し、ともすれば逆行することもあり得ないことじゃない。その要衝としてのカシーヤは今後の帝国において最も重要な地になり続けるだろう。だから俺はここに来ることを決めた」
「つまり、民のためというわけですか?」
「いや、俺はそこまで大層な人間ってわけじゃない。もっと俗っぽい理由さ。俺は──」
──俺の手の届く範囲の奴は笑っていられるようにしたいだけだ。
そう言おうとして斬雄は言い淀んだ。どうにも臭い台詞に感じたからだ。
その雰囲気を何となく察したクローディアが唇の片端をわずかにつり上げた。
「俺は、なんですか?」
「……なんでもねぇ」
斬雄がそっぽを向く。どこか気恥ずかしそうなのは気のせいではないだろう。
「照れていますか?」
「照れてねぇ」
今日は意外な物をよく見る日だとクローディアは思った。
「ふふふ」
「なんだ?」
「いえ、ふふ、なんでもありません」
斬雄はなにか彼女にしてやられた気分だった。しかし、それ程、悪い気持ちではない。
敵対組織の幹部が並びあっているとは思えない程、穏やかな時間が流れる。
「斬くーん! 終わったよー!」
そんな二人の所に鳴子たちが戻ってくる。後ろに控えた店員が選んだ服を手に持っていた。
着せ替え人形になっていたアイシャは眉が垂れ下がり、少し疲れた様子だ。
服はパッと見た感じ、十着以上はありそうだった。現金で払うような額ではないため、斬雄は小切手にサインをする。
「さて、次はホワイトベルのお姫様だね~」
「……はい? 私ですか?」
「いや~、こんな最高の素材、放っておけないでしょ!」
鳴子はアイシャの次に、クローディアをターゲットに定める。隣に立つ朱奈も目を爛々と光らせている。ついでにアイシャも、先程の疲れ気味の表情はどこへやらといった様子で、こくこく頷いていた。
「いえ、あの、私は別に……」
「ほらほら、行くよ行くよ~」
困惑するクローディアが強引に引っ立てられていった。
「……」
まだ少し買い物には時間がかかりそうだ。斬雄は手近なソファにどっしりと腰を下ろした。




