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黒鉄の縄張り周辺は旭花帝国風の街並みが広がっているが、それは店の外装のみならず中身についても同様である。帝国の洋服、雑貨、家具を取り扱う店が建ち並び、当然その中には飲食店もあった。
食事処“やまと”。旭花料理が食べられる大衆食堂だ。昼時の店内は、旭花帝国出身者のみならず、現地民や商人の姿で賑わっており、活気に溢れた店員の声が店内に響き渡っていた。
その中には斬雄たちの姿もある。彼はメニューを隣に座ったアイシャへ手渡す。
「何にする?」
メニュー表には外国人でも選びやすいように料理のイラストが描かれている。大衆食堂らしく、伝統的な旭花料理である和食のみならず、帝国で独自発展した西洋料理である洋食などのメニューも一部あった。
「これ」
アイシャが指差したのは和膳だった。豊かな彩色で描かれたイラストの右上には定番と銘打たれている。一汁三菜は月替わりで、今の主菜はアミキリの味噌煮付けとなっている。旭花帝国では聞かない魚だが、この地は帝国から遠く離れているため、味付けや調理法はともかく、生鮮食品となると、地物を使うことになるのだろう。
「少し量が多いが大丈夫か?」
「食べたい」
「そうか、まあ好きなものを食えばいい」
斬雄が店員を呼ぶ。やってきた店員にメニューを指差して注文する。
「やまと和膳二つと……」
二人分の注文を告げ、そこで斬雄が対面に目を向ける。視線の先、向かって右手に座る朱奈と、左手に座る鳴子がそれぞれ注文を店員に告げた。
「うな重ときつねうどんで」
「私は精進御膳と食後にあんみつ、抹茶パフェくださ~い」
そして、真ん中に座るクローディアもまたメニューから顔を上げ、注文を告げた。
「では私もやまと和膳を。後は、手打ち温蕎麦と、天ぷらの五種盛り合わせ、デザートに桜餅をいただけますか?」
「かしこまりました」
店員が下がると、斬雄は半眼になって、クローディアを見た。
「食いすぎだろ……」
「問題ありません、黒鉄の若頭の奢りと聞いていますので」
彼女は涼しい顔で湯呑に口をつける。その様は黒鉄の懐がどうなろうと知ったことではありません。と言った風だ。
「くくく、面白い女だな、ホワイトベル」
それを横目で見て、朱奈が歓笑する。その様は獲物を前にした獣のようだった。
「どうだ、後で私とヤらねぇえか?」
「……ヤる?」
言葉の軽さとは裏腹に、朱奈の目には剣呑な雰囲気が宿っている。その意味を掴みかねたクローディアが首を傾げた。
「決まってんだろ、殺し合いだよ。斬雄と殺り合って五体満足なんて奴はそういないからな。私とも殺ろうぜってことだ」
詳しく聞いても理解に苦しむ内容に、クローディアは思わず斬雄の方を向く。
その視線の先で、斬雄は自らの顔を手のひらで覆っていた。台詞にするなら「あちゃー」と言ったところだろうか。
反対側に座っている鳴子が口元に手を当ててニヤニヤと笑う。
「うわぁ、朱奈ちゃんに目をつけられるなんてお気の毒~、朱奈ちゃんが死んだら言ってね。骨は拾っとくから」
「ああ? 鳴子、テメェ喧嘩売ってんのか?」
「えぇ~、心配してるだけだよ~、お姫様に殺されたら大変でしょ?」
くすくすと笑う鳴子の様子に、朱奈が額に青筋を立て、扉の方に親指をくいっと向ける。
「よし、表出ろ。まずはお前から殺す」
「あは、この際だし斬くんの部下として、どっちが上か、はっきりさせとく?」
「上等だ」
拳をポキポキと鳴らす朱奈と、挑発的な笑みを浮かべた鳴子が殺気立ったまま、外に出て行った。
「……止めなくていいのですか?」
「いつものことだ。食事が来たら呼びにいけばいい」
「なんというか、個性的な部下をお持ちですね」
「ああ、まったくだ」
斬雄が常の苦労を思い、眉間を揉む。あのように朱奈と鳴子が揉めるのは日常茶飯事のことだ。互いに武器を持たずに徒手空拳でやっているだけ、弁えている。と斬雄は最近、思うようになっていた。
「黒鉄の女傑二人が喧嘩だとよ!」
「よっしゃ、最前列は俺がもらうぜ!」
「おいおい、巻き込まれて死ぬなよ」
この辺りの町民たちも二人の喧嘩には慣れたもので、中には野次馬見物に行く者たちもちらほらといた。火事と喧嘩は帝都の華とはよく言ったもので、二人の勝ち負けをネタに賭け事に興じている者たちまでいる。
というか、よく見れば、その胴元はこの“やまと”の店主だった。大した商魂逞しさだ。
「それで、なぜ私はこの場にいるのでしょうか?」
それを眺めながら、クローディアがふと疑問を呈する。
「なぜも何も、俺が誘って、お前が乗った。それだけだろう?」
彼女は首を横に振る。
「そういうことではなく、何か用事があったのでは?」
それで斬雄は彼女が何を言いたいのかを察した。
「ああ、少し買い物に付き合ってもらおうと思ってな」
「買い物ですか?」
「アイシャのことだ」
自分の名前が聞こえて、メニューのイラストを見続けていたアイシャが斬雄の方を見上げた。
「わたし?」
斬雄が彼女の頭を撫でる。アイシャは猫のように目を閉じて、されるがままになる。クローディアはそれを興味深げに観察する。剣鬼などという物騒な二つ名で呼ばれる男だが、存外、子どもに好かれる性質らしい。
「ああ、この先、色々と入り用になってくるだろう? とはいえ、俺にはこの年ごろの娘の必要なものなんてわからないからな。そこら辺のことがわかる奴がいてくれると助かるんだが」
「女性の意見が必要なら、あの二人に聞けば良いのではありませんか?」
クローディアはそう言って、二人が出て行った扉の方を見る。
「あいつらが頼りになると思うか?」
扉越しに歓声が聞こえてくる。喧嘩は随分と盛り上がっているらしかった。
「そういう話ならば、アイシャはホワイトベルの方で預かっても構いませんが?」
「悪いが、まだ俺はお前らを信用したわけじゃないんでな」
斬雄はここまでのやり取りで、クローディア個人については、この件の裏に関わりがないと見ていたが、ホワイトベル全体と見れば話は別だ。
良くも悪くも大きな組織がバックにいる以上、ホワイトベルも完全な一枚岩ではないだろう。そして、その思考はクローディアにとっても、容易に想像ができるものだった。
「はぁ、仕方ありませんね。これは貸しですよ」
「恩に着るよ」




