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見から動へ。斬雄が強くクローディアの剣を弾いた。その大きな動作故に、斬雄に隙ができる。致命的な隙だ。それを見逃す剣姫ではない。
彼女が攻撃の最中、編み上げていた魔術式が起動する。
魔術とは、生物の認知波形に感応する素竜子に干渉することで、竜の権能、その一端の行使を可能にする、魔術王ソロンによって確立された御業。
それは、発現する力を規定する“魔術式”、それを竜へ奉納する“詠唱”、そして、人の意思によって生み出される波形である“心意”によって構成される。
クローディアの剣に、白い光の粒子が渦を巻いて収束する。超常の顕現。膨大なエネルギーが刃を纏う。
同時、相対する斬雄から尋常ではない鬼気が発せられる。剣鬼。その二つ名を体現する凄まじい威圧感。斬雄は上段に構え、深く息を吸う。
「黒鉄逸刀流──」
──剣術には型が存在する。それはその剣術が持つ合理の形であり、長い歴史の中で研ぎ澄まされた理想の太刀筋。しかし、こと実戦において、その型通りに刃を振るえる機会はそう多くはない。思うが儘、型通りに刃を振るえるのは鍛錬の中だけだ。
だが、鍛錬の中で何百何千と洗練されたそれは、ひとたび放たれれば、必殺の一撃となる。
足、太股、腰、腹、胸、肩、腕、指。動作する筋肉の動きすらも、心意によって強化することで行われる、爆発的な身体活性。
狙いは一つ。肉を切らせて骨を断つ。
一撃は受けよう。その必殺を耐えて、お前を確実に殺す。
意図はあまりにも明瞭だった。
だが、クローディアが止まることはない。やれるものならやってみろと、微笑みすらたたえ、必殺の刺突を引き絞る。
視線がぶつかり合う。
「──白光」
それは最短最速で敵を穿つアルビオンの秘剣。
クローディアの剣先が斬雄に届く直前。
「ドラァァァァァァ!!!!」
上空から乱入者が現れる。振り下ろされる戦斧。
それを避けるため、クローディアは強引に後方に跳ぶ。
戦斧が地面に叩きつけられ、舗装された道を大きく抉り、砂煙が舞った。
その砂煙の中から姿を現すのは、不敵な笑みを浮かべる鬼女、伊吹朱奈。
彼女は身の丈程に長大な柄の、鉄塊にも等しい刃の付いた大戦斧を軽々と持ち上げる。
続いてひらりと斬雄の横に雪女、銀鏡鳴子が舞い降りた。白い冷気が周囲に漂い、支配領域を広げていく。
「……お前ら、なんでこんなとこに?」
「斬くんの姿が見えないから、陰陽師の人に場所を占ってもらったの。そしたらびっくり、ホワイトベルのシマにいるんだもん。だから面白そうだな~と思って見にきたの」
「おい、鳴子、朱奈。お前ら勝手に陰陽師の連中を動かしたのか……」
陰陽師。帝国で発展した魔術体系である陰陽道を習得した者たちである。特に占いの術に優れ、その力によって、実働部隊である忍と並び、帝国の諜報戦において暗躍する者たちだ。若頭の側近とはいえ、こんな夜中に叩き起こして、一組員の判断で扱き使っていい相手ではなかった。
「ええ~、ちょっとお願いしただけだよ~」
しかし、鳴子はまるで大したことないとばかりの軽口で返すばかり。そんな彼女の様子に斬雄は嘆息した。
「ハッ、おい斬雄! ホワイトベルの若頭と喧嘩なんて、ずいぶん楽しそうなことやってんじゃねぇか!」
「いや、別に好きで戦ってるわけじゃ「アタシも混ぜろ、よッ!」っておいっ!」
朱奈は斬雄の言葉を聞かずに飛び出す。黒鉄とホワイトベルの若頭同士が争っている。その理由は知らない。だが、結論は明白だった。少なくとも伊吹朱奈という女にとっては。殺意をギラギラとその目に宿し、その手に持った戦斧を軽々と振り下げ、クローディアに躍りかかる。
「風精霊の羽衣ッッ!」
しかし、そんな朱奈の前に厚い風の防壁が立ち塞がった。
風と共に二人の間を遮るように現れたのは、眼鏡をかけたエルフの男だった。白いスーツに身を包み、端麗な容貌をしているが、どこか神経質そうな険のある雰囲気が漂っている。その手にはレイピアが握られている。
「お嬢様、ご無事ですか?」
エルヴィス=トリテレイアリーフ。クローディアに仕えしエルフの護衛騎士である。彼の背後には、女性の姿を象った風の精霊が顕現しており、精霊から発せられた風の力が彼の身を包んでいる。
「クックック、いいぞ! 面白くなってきたッ!」
さらなる闖入者に朱奈が愉しそうに哄笑する。
「ふん、野蛮な帝国女め」
その様子を見たエルヴィスは嫌悪感を露わに朱奈を面罵する。
朱奈はそれに対し、ただ不敵な笑みを返した。
「赫灼之相」
彼女が静かにそう唱えると、その褐色の肌に、心臓を中心に赤銅色のラインが広がっていく。瞳が燃えるような灼眼に染まる。ただの踏み込みで地が罅割れた。
エルヴィスの全身が総毛だち、目の前の鬼女の危険性を肌で直感した。だが、彼の後ろには守るべき主がいる。どのような危険であろうとも、一歩たりとて引く理由にはならなかった。構えと同時に風が吹き荒れる。
対峙した両者がまさにぶつかり合わんとした時、二つの声がそれを制止した。
「待ちなさい、エルヴィス」
「おい待て、朱奈!」
臨戦態勢の両者の動きがぴたりと止まる。
二人の主が前に出た。斬雄とクローディアが見合う。しかし、先ほどまでとは異なり、すでに二人から発せられる殺気は消えていた。
「黒鉄の若頭」
「なんだ?」
クローディアは、床に寝かされた少女を一瞥する。
激しい攻防の渦中にいたにも関わらず、彼女には傷一つ付いていなかった。
「ここは我々が引きましょう」
「ほぅ、そいつは意外だな。こいつも連れて行って良いと?」
斬雄の視線が少女の方へ動く。
「ええ、騒ぎが大きくなるのは本意ではありませんので」
遅れて他のホワイトベル・ファミリーの構成員たちがやってくる。
「ただし誤解はなさらないでください。明日、その娘の様子を見に伺います。その時に無事を確認できなければ……」
一瞬、間を置くように言葉を区切る。
「我々は戦争も辞するつもりはありません。それを努々、お忘れなきよう」
「ああ、肝に銘じておくよ」
そう言って斬雄は少女を抱えた。
「朱奈、鳴子、ズラかるぞ」
「チッ、せっかく楽しめると思ったのによー」
不満を漏らしながらも、朱奈の体が元に戻っていく。
「んじゃあね~」
鳴子があっかんべえをする。
そして、三人は建物の屋上まで軽々と跳び乗った。そのまま音もなく黒鉄の屋敷がある方角まで走っていく。
「……ふざけた連中でしたね。逃してよろしかったのですか?」
それを見ながら、エルヴィスが問うた。
「ええ、気になることもありますので」
クローディアは倒れ伏した二人の西洋人へ視線を送る。
「その二人を牢へ繋いでおいてください。確認したいことがあります」
「ハッ」
クローディアがふと空を見上げる。
寒々とした夜の浅い拍が時を刻む。
月と星々が、揺らぎも、瞬きもせず、世界を見下ろしていた。




