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竜星は廻る。  作者: 雅也
序.連理の剣を持ちて比翼は舞う

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1-4

 騒がしい歓楽街から離れると、一気に街は静かな暗闇に沈んでいく。


「はぁ、はぁ」


 そんな街の裏路地を息を切らしながら走る者がいた。年の頃はおよそ十前後だろうか。長いぼさぼさの黒髪に浅黒い肌の少女。


 そして、少女の遠く後ろから追いかける二つの影。


 深くフードを被った姿からは、男か女かも判別はつかない。


 少女の額には汗が滲み、つっかえながらも懸命に走るが、体力は限界を迎えていることは明らかだった。


 対して影はその速度をまったく落とすことなく、瞬く間に少女に追いつき、一人が彼女の体を床に押さえつける。


「あぐっ」


「おとなしくしろ」


 叫び声を上げようとした少女の口元が布で塞がれる。布に沁み込んだ薬品によって少女の意識が落ちる。その手口は非常に手馴れており、ほとんど騒ぎになることもなく誘拐が完遂されようとしていたその時だった。


「よぉ、人さらいか?」


 そんな彼らに話しかける声が一つ。誘拐犯二人が驚き振り返る。グレーのコートの隙間から刀の柄を覗かせる男、西方の装いに身を包んだ黒鉄斬雄がいつの間にか彼らの後ろに立っていた。


 ノブレス・ローレルで用事を済ませた帰途、斬雄は静かな街に似つかわしくない音を聞きつけ、様子を見に来たのだった。


 誘拐犯の一人が腰の剣を抜き放つ。片刃の湾曲したサーベルが月光に照らされ、鋭く放たれる。相対する斬雄の表情に焦りはない。ただ眉を顰(しか)め、息を吐いた。


「一声もなしに切りかかってくるか」


 小声でそう呟くと、切り掛からんとしていた影が、瞬きの間もなく壁に叩きつけられる。


「……ッ!」


 鞘から抜き放った刀を一振り。起こりすら見えぬ早業だった。


 それを見たもう一人が咄嗟に後退する。


 しかし、斬雄はその距離を一呼吸の間に詰める。反射的に振るわれた刃を難なく打ち払い、刀の峰で側頭部を殴りつけ昏倒させる。


「峰打ちだ。まあ、運が悪くなけりゃ、生きてるだろ」


 斬雄は倒れている少女の側に寄って、様子を確認する。気を失ってはいたが、死んではいないようだった。


「さて、どうしたもんかな」


 助けた手前、放っておくわけにもいかない。


 ホワイトベルの屋敷にでも放り込んでおけば、勝手に向こうがどうにかしてくれるだろうか。


 敵対関係にはあるが、それは彼らが悪人だからではない。立場の問題であり、彼が知るホワイトベルの印象から考えるならば、うまく対応してくれるように思える。


 斬雄はチラッと倒れ伏した影に視線を送った。フードが外れ、そこには西側の顔立ちの男の顔が見えた。


 しかし、彼らがホワイトベルの回し者なら、元の木阿弥になる。斬雄はひとまず少女を黒鉄の屋敷に連れて帰り、彼女の口から事情を聞いて判断することにした。


 斬雄が少女をそっと抱え込んだ、その時だった。


「こんばんは、人さらいですか?」


 鈴の鳴るような声が路地裏に通る。


 斬雄が振り向くと、そこにはクローディアが立っていた。


 絹糸のように滑らかなプラチナブロンドが夜風に揺れる。


 月明かりに照らされる彼女の姿は、ただ佇むだけで一枚の絵画のようだった。


 そして、彼女は警戒をするような視線を斬雄に向けていた。


 斬雄は今の自分の状況を客観視する。倒れ伏す西洋人二人。そして、気絶した少女をさながら誘拐犯の如く抱える自分。ついでにホワイトベルの縄張りで起こった孤児の失踪事件。全ての線が繋がっているように見えなくもない。


「お、おい、ちょっと待て。俺はただこの不審者二人からこの娘を助け出しただけだ」


「助けた? 黒鉄の若頭が、ホワイトベルのシマで?」


 西方の服を着て、サングラスで顔を隠しているにも関わらず、一目見てクローディアはその正体を看破する。斬雄の額から汗が一筋、たらりと垂れる。


「ではお聞きしますが、あなたはこんなところで何を?」


 それは嫌な質問だった。情報屋のことはできればホワイトベルには話したくない。


「夜の散歩だ、ここなら西方観光気分を味わえるだろう?」


「こんな路地裏で、ですか?」


「俺は観光地よりも、現地の暮らしを見るのが好きなんだ」


 はぐらかそうとする斬雄だが、状況が状況だ、上手い言い訳などあるはずもない。のらりくらりとした態度は却ってクローディアの疑念を強めた。とはいえ、彼女も下手な喧嘩をするつもりで話しかけたわけではなかった。穏便に済むならそれに越したことはない。


「ふぅ、言えないならば構いません。その少女を置いて行くというなら見逃しましょう」


 故に、腰に差した剣の柄に手をかけつつも、そう言った。少女の無事さえ確保できれば良しとする。それが彼女の示した手打ちだ。


「断る」


 しかし、斬雄はにべもない返事をする。少女がホワイトベルから逃げてきた可能性がある以上、はいそうですかと渡すわけにはいかない。それは彼にとって譲れないラインだった。


 同時にそれはクローディアにとっても同じこと。黒鉄を恐れて今まさに連れ去られんとする少女を見捨てるなど、彼女の矜持が許さない。


 互いが互いを信ずるに足る確証がない。


 ──そして、互いに剣を握るには十分の理由があった。


「……そうですか」


 クローディアのその一言が路地裏に響く。静寂が二人の間に張り詰める。


 ふと彼女が自然な動作で、肩にかかったコートをはらりと落とす。純白のコートが地面に吸い込まれていく。


 ──瞬間、クローディアの姿が音もなく消えた。


「ッ!」


 斬雄の瞳孔が開かれる。次に聞こえたのは金属がぶつかり合う激しい音。右斜め後方の死角から襲い来る刺突を、斬雄は刀で弾き返す。火花が散り、二人の視線がぶつかり合う。


 クローディアの手にきらめくは、ミスリル製のロングソード。


 ミスリルは高い魔術への親和性を有し、鋼鉄以上の硬度と靭性に、取り回し易い軽さを合わせ持った魔法金属だ。魔術と鍛冶技術の双方に優れた才能を持つ技師が、長年の修練の果てに扱うことができる希少金属であり、表面をミスリル加工する杖だけでも家が一棟買えるほどの価値を持つ。そして、彼女が持つ剣は純度百のミスリルで出来ていた。


 対する斬雄が持つのは、帝国で広く使われる片刃剣である太刀。


 その独特の美しい波紋を描く刀身を形づくるのは、帝国独自のたたら技術によって精錬された白鋼だ。その等級は、“一等一級”よりもさらに上の“特級”、強度においてはミスリルよりも優れる。


 クローディアが弾き合った勢いで距離を取る。斬雄はコートを脱ぎ、その上に少女をそっと寝かせた。


 それを静かに見守っていたクローディアが構え、再びその姿が消えた。


 二度目の剣撃。今度は離れず鍔迫り合う。


 金属が擦れる音が火花と共に鳴り響く。


 そんな激しい剣圧のぶつかり合いに対し、両者の持つ名剣・名刀は刃こぼれ一つ見せることなく拮抗する。


 再びクローディアが下がり、その姿が掻き消える。


 壁を地の如く足場にして行われる目にも止まらぬ高速軌道。


 右からの切り払い、左斜め後ろからの突き、右斜め上からの振り下ろし、左斜め前からの切り上げ、後方からのフェイント。上下左右全方位からの斬撃刺突の雨が斬雄に降り注がれた。


 斬撃が月光を引いて、その残影を描く。


 ──閃光。そう形容するに相応しい光景だった。


 体内に宿る素竜子を強い意思の力──“心意”によって、活性化させる身体強化。


 さらに慣性すら捻じ伏せる完璧な身体制御技術。


 常人であれば一太刀とて見切ることはできぬ高速の剣撃を、斬雄はその卓越した技量と反射神経で防いでいた。


 速い。しかし、来る攻撃が直線なら却って読みやすい。どれ程の速度であろうとも、初動と進行方向が読めていれば、そこに斬撃を置くことで対処できる。斬雄がクローディアの動きに慣れ始め、返す刀で切り伏せんとした瞬間だった。


 クローディアの軌道が曲がる。


 ──慣性すら捻じ伏せる完璧な身体制御技術。それは即ち、彼女が慣性に敢えて身を委ねることで、その軌道を自在に、かつ複雑に制御できるということを意味していた。


 豪雨の如き直線を描いていた斬撃軌道は、嵐の如く曲線を描き斬雄を覆い、彼を中心に収束するように球形を描く。


 斬雄とクローディアの速度に大きな差はない。むしろトップスピードで言えば、素の筋力差で斬雄の方に軍配があるとすら言える。しかし、体の身軽さ、小ささ、そこから生まれる初速の差が斬雄を防戦に追い込んでいた。


 クローディアの攻撃は斬雄に反撃の暇を与えぬために威力ではなく、速度を重視しているものだった。だが、それは彼女の攻撃が甘いことを意味しない。その剣は常に彼の急所を正確無比に狙っており、並みの使い手であれば、とうになすすべもなく切り伏せられていただろう。


 斬雄がその斬撃の嵐を的確に捌き続けられていることは驚嘆に値するものだった。


 しかし、それでも確実にダメージは蓄積している。


 クローディアの体力切れを狙うのは難しいだろう。これだけの動きをしてなお、彼女は息切れ一つしていない。このままではジリ貧となり、防戦一方による消耗が、いずれ天秤を傾けることになるのは明らかだった。


 斬撃を防ぎながら、斬雄は思考を回す。攻勢に回る必要があるが、彼女はその機先を潰すように動いている。それはさながら盤上遊戯の卓越した一手の如く。


「……チッ、面倒くせぇ」


 息を吐く。斬雄の纏う空気が変わる。


「ゴリ押すか」

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