3-2
夕焼けがカシーヤを照らす。多くの者がその日の仕事を終え、軒を連ねる居酒屋を賑わせている。
クライシュ料理を供する小料理屋レゼットリもまたその一つだ。
香辛料の香りと焼ける肉の匂いが充満する店内に三人の男の姿があった。
「いやぁ、しかし、簒奪者ってのは結局何者なのかね? べらぼうに強かったが」
ジョッキを片手に口火を切ったのは、灰色の毛並みの耳と尻尾のついた獣人の男、カイ=グローマンだった。ホワイトベル・ファミリーの諜報部である灰犬部隊の隊長を務める男だ。
彼の言葉を受けて、対面にいたエルフの男、エルヴィス=トリテレイアリーフが鼻を鳴らした。
「それよりも怪しいのはあの仮面の男だ。ジョン・スミスなどというふざけた名前を名乗っていたが、一体何者なのだ?」
クローディアの護衛騎士としては、簒奪者よりも、彼女の周りをうろつく虫の方がよっぽど気になるようだった。
「ははは、まああからさまな偽名ですからね。とはいえ、お嬢様が連れてきた人物ならば、少なくとも敵ではないでしょう」
エルヴィスの隣に座る、柔和な雰囲気のヒューマンの男、マルセル・モローが宥めるように言った。
諜報部隊の長、護衛騎士、教会の修道士と普段はあまり接点のない三人だが、三か月前のオルランドの事件をきっかけに、彼らはこのように頻繁に食事を共にするようになった。
そんな彼らのもとに一人の男がやってくる。
「こんなところで会うとは奇遇だな」
そこに立っていたのは斬雄だった。常の袴姿に、腰元には刀の柄が見える。
その姿を認めたエルヴィスが腰の剣に手をかける。
「っ、黒鉄の若頭!」
「おいおい、こんなところで物騒なものを抜こうとするなよ。……勘違いするな、俺はただここに飯を食いに来て、偶々知ってる顔を見かけたから声を掛けただけだ」
エルヴィスはちらと店内の喧騒を見回し、斬雄を睨みながら浮き上がりかけた腰を落とした。
「折角だ、相席していいか?」
「ああ、どうぞ」
斬雄の言葉にカイが頷いた。
「おい、グローマン」
「そうカリカリするなよ、ただ飯を食うだけだろ?」
眉を顰めるエルヴィスをカイが宥める。それを横目に斬雄が店員を呼んで注文する。そこで斬雄はジョッキを手に持っているマルセルに目を止めた。
「……お前、修道士だろう? 酒を飲んでもいいのか?」
「聖光教会で戒められているのは酒に溺れ、自制心を失うことです。時にワインは、光輝なるアルルトゥルーシュの血に例えられることもあるぐらいで、飲酒そのものは禁じられていませんよ」
「……へえ、そういうものか」
「東方、地母竜信仰では飲酒が禁じられているのですか?」
「あくまで僧侶はって話だがな。大樹院は不飲酒戒を定めている。ま、宗派によっては飲むと酩酊する薬湯を飲むこともあるようだがな」
大樹院とは、地母竜を信仰する寺院と各宗派の総称だ。
「ははは、その辺りは東西で変わりなさそうですね」
マルセルは西方の類似例を思い出しながら笑みを浮かべた。
やってきた店員が斬雄の分のジョッキと料理をテーブルに置いた。スパイスと焼けた肉の香りが立ち昇る。
それから四人は料理に舌鼓を打ちながら、大陸東部と西部の文化の類似点や差異についての話に花を咲かせた。
とはいっても真面目腐った談義というわけでもない。ただ誰かが思いついたことを口にして、別の誰かがそれに答えて自然と話が広がっていく、要はただの雑談だった。
最初は警戒した様子を見せていたエルヴィスも自然と話題に入っている。
「へえ、じゃあ十二星将ってのは元はちゃんと軍を率いる将だったのか」
カイの言葉に斬雄は頷いた。
「ああ、一時は近衛のみならず、旭花帝国の武家全てを統括する役職だったこともある。民主化以降は軍から切り離された存在となったがな」
「民主制か。西方でもアルバーノ帝国の前身たる共和国時代にそういった政体を取っていたことがあるらしいが、現代じゃ衆愚政時代なんて言われるぐらいの散々な評価だからな」
その多くが王侯貴族による封建制を取る西方諸国では民主政体は、大衆の我欲によって大義が歪められ、決断のできない国家へと堕落するものであり、悪政の象徴として扱われていた。その諸悪の権化が旭花帝国と言ったところか。
「まあ今の旭花帝国の国力を考えれば、その評価には偏りがあったと評さざるを得ないかもしれませんね」
「ふん、モロー、そうは言うがな、帝国の民主制はアルバーノ共和国とは違うだろう」
マルセルに対してエルヴィスが横やりを入れる。
「旭花帝国は確かに表面的な構造は民主制だが、それはあくまで皇帝からの信託によるものなのだろう? つまり最終的な手綱はあくまで専制君主によって握られているということだ」
「ま、それは否定しない」
斬雄が首肯する。
「民主制の根拠となる諸法全て、それらはあくまで今上陛下より国民に信託され、下賜されたものだというのは、旭花帝国憲法にも明記された内容だからな」
憲法の機能として権力の制限が挙げられるが、その対象に皇帝は含まれていない。法律上、皇帝は統治権を総攬し、それを国民に信託する形で民主制が成り立っている。これを信託民主制と呼ぶが、これは即ち、仮にこの瞬間に皇帝が全ての法律を廃止し、統治権を取り戻すと宣言すれば、すぐさま瓦解する制度であることを意味していた。
「とはいえ意味がないってわけでもない。陛下の心中は俺たちには与り知らぬことだが、近代化以降、国が管轄する事項は増えすぎた。少数の統治者と官僚が見える範囲で利害を調整するよりも、民意という形で利権を可視化することで、その構造の最適化を図ることができたというのが、国内の主流派の見解だ」
「理念ではなく合理性、か」
エルヴィスは面白くないと言った雰囲気ではあるが、時に共通の敵を前にしても互いを牽制し合うことに腐心する連合の問題点について思うところがあったのか、それ以上の反論はしなかった。
「……そういえば、前から思っていたんだが、円卓の騎士の円卓ってのは何なんだ?」
ちょうど良い切れ目とばかりに斬雄が話題を切り替える。
「ああ、確かに傍から見るとよくわかんないよな。旦那は星辰騎士団についてはどこまで知ってる?」
「詳しくはないな。十二の騎士団からなる連合軍の精鋭部隊ってことや、乙女騎士団や獅子騎士団なんかの有名どころの逸話ぐらいは聞いたことがあるが。……ああ、後は各騎士団の団長が円卓の騎士と呼ばれるんだったか?」
「そうだ。そして、円卓の騎士の起源は星辰騎士団の前身、初代総長ツァハリアス・ツヴァイクのもとに集った十二の騎士たちにある。一人一人が一騎当千の実力を持ち、当時から飛ぶ鳥を落とす勢いだった旭花帝国の、十二星将に匹敵あるいは上回る実力を持った英雄たち、彼らは互いに対等であると考え、集まる際には円卓を囲んだとされている」
「それで円卓の騎士か」
「ああ、そんな彼らのもとにさらに多くの勇士が集い、今の騎士団の形になったわけだが、そこから星辰騎士団総長と各騎士団の隊長をそのまま円卓の騎士と呼ぶ慣習ができたわけだ」
それを聞いた斬雄は深く椅子に凭れ掛かった。
「旭花帝国の十二星将に匹敵あるいは上回る実力を持った英雄、か」
「ああ、悪い。気を悪くしたか?」
「いや、ただ円卓の中に気になる男がいることを思い出してな」
「……“剣鬼”と呼ばれる貴方が気にするということは、獅子騎士団団長の“剣帝”でしょうか?」
マルセルの問いに斬雄はゆっくりと首を横に振った。
「いや、俺が気になるのは──」
それはある程度酒が回り、少し皆の口が軽くなった頃だった。
「この地に来ている“不落”のアルバート・ガードナーの方だ」
「なっ! なぜ貴様が……!」
その言葉を聞いた瞬間、エルヴィスが思わず驚きの声を上げ、すぐに自分の失態に気づいた。
斬雄はわずかに唇の端を釣り上げる。
簒奪者を追走していた夜、突如斬雄たちの前に現れた金髪碧眼の男。
──確証があったわけではない。
飛来する音速の矢を容易く防いだ技量と、その手に持った巨大な盾。
さらにはこのタイミングでカシーヤに着任する意味の大きい人物。
妥当性がある中で最も厄介な可能性、それこそが連合最強の戦力たる円卓の騎士の一人、アルバート・ガードナーだった。
カイが頭を掻きながら口を挟む。
「どこで仕入れた情報か知らないが、さすがにデマだと思うぜ? 円卓の騎士が国境を越えてカシーヤに来ているなんて、とんでもない大事件だからな。俺たちが知らないわけがない」
「──そうか、俺の勘違いだったかもな」
「まあでも聞きたいって言うなら話してもいいぜ? ただし、話せるのは市井の誰でも知っているようなレベルの内容だがな」
それは、与えられる情報はやるから、これ以上の詮索はするなという言外の意味が込められていた。
「ああ、それで構わない」
斬雄は特にそれ以上追求する様子もなく素直に頷く。
元より、不意打ちの反応が見たかっただけで、それ以上の情報を彼らが口にすると斬雄は思っていなかった。
「ったく、どこか偶々なんだか」
斬雄の飄々とした様子にカイはゆっくりとため息を吐く。
「……アルバート・ガードナーは十二の騎士団の一つ、巨蟹騎士団の団長だ。その人となりについては詳しくないが、代々巨蟹騎士団の団長が継承する“聖鎧盾イージス”と、その二つ名たる“不落”の伝説は有名だな」
「伝説?」
「ああ。──曰く、アルバートは戦場でただの一度も傷が付いたことがないらしい」
“不落”、個でありながら無敵の城塞。故に彼の二つ名はそう呼ばれた。
◇
斬雄がレゼットリを出ると、辺りはすっかりと暗くなっていた。夜道はごった返しているという程ではないが、それなりに人で混み合っている。
──エルヴィスの反応から円卓の騎士の一人、アルバート・ガードナーがカシーヤ入りしたことは間違いないだろう。
立場上、表立って動くことはないだろうが、厄介な種には違いない。
さて、どうしたものかと情報を反芻しながら、雑踏の中を歩く彼の正面から一人の女が歩いてくるのが見えた。
ピンクブロンドの長い髪、白いシミ一つない血色のよい肌。端正な容貌はあどけなく儚げで、月明かりに照らされる様は妖精を思わせた。そんな彼女の宝石の如き大きな瞳が真っ直ぐに斬雄の瞳を射抜く。
「こんばんは、黒鉄斬雄さん」
女が、天真爛漫を絵に描いたような、蕩けるような笑みを斬雄に向けた瞬間だった。
白鋼の輝きが宵闇を切り裂く。
斬雄が即座に腰の刀を抜き放ち、女の首元にその刃を当てていた。
「今、何をしようとした?」
斬雄の突き刺すような眼光を受けても、女は笑みを崩さなかった。
「あは、あら怖い」
それどころか益々その笑みは深まり、愛しい恋人に向けるような熱っぽい視線を斬雄に送る。
「……ふふ、強く凛々しい人、ステキね。私、あなたになら殺されてもいいって言ったら信じる?」
斬雄が周囲に視線を向ける。
その場にいた通行人、その全てが手にした銃を斬雄に向けていた。
操られている木偶といった雰囲気ではない。その目には例外なく敵意の光が宿っており、いつ暴発するかわからない緊張感が辺り一帯に充満する。
「そうしたら、すぐにあなたも私の後を追って来てね?」




