3-1.円卓の騎士/Crawl out
──号外 ホワイトベル・ファミリー、西方諸国を騒がせる“簒奪者”を退ける!
襲撃の翌日、カシーヤ各新聞誌面に掲げられたのはそんな文字だった。
まずアルビオンの新聞社ザ・ヴェリティ傘下のザ・カシーヤ・ジャーナルが簒奪者の逸話を並べ立て、それを撃退したホワイトベル・ファミリーを讃える記事を朝刊に載せた。これに続いてクライシュ帝国の新聞社デネッチ、旭花帝国の東雲通信が同様の記事を夕刊に載せた。
簒奪者を撃退した。取り沙汰されるのはその一面のみで、取り逃がしたという点についてはあまり触れられていない。
これはホワイトベル・ファミリーと癒着しているザ・カシーヤ・ジャーナルがプロパガンダとして速報を打ち、各社がそれに追従したことが大きい。情報が錯綜する中、ホワイトベルが関わる案件で、不確かなことは書けない。大衆紙ならばいざしらず、高級紙であるならば猶更だった。
「まさかこの地に簒奪者が現れるとは。私があと一日早く到着していれば、取り逃がすことはなかったでしょうに」
ソファに座った青年が眺めていた新聞を目の前のテーブルに置いて呟いた。
夕日がホワイトベル邸宅の応接室をあかね色に照らしている。
金髪碧眼の柔和な顔立ちの優男だった。ともすれば雅な詩人のように見えるが、その肉体が鋼の如く鍛え上げられているのが、シャツの上からでもはっきりわかった。
彼はテーブルを挟んだ対面のソファに座る人物に視線を向ける。
視線を向けられたクローディアは別の書面に目を通している。表面上はホワイトベル・ファミリーへの目の前の青年の紹介状となっているが、それは西方諸国で使用されている極秘の暗号の一つだった。
意味を解読すれば、なぜこの青年がこの地に来たのかが記載されていた。
即ち、星辰騎士団を構成する十二の騎士団の一つ、巨蟹騎士団団長、アルバート・ガードナー=ブリックスが極秘でこの地に着任し、以降クローディア含めたホワイトベル・ファミリーは彼の指揮下に入る旨の命令書だった。ご丁寧にクローディアの本来の直属の上司である乙女騎士団団長承認の旨までしたためられている。
「ガードナー卿」
「待ってください、ここでアルバート・フラウドと。さすがに私がここにいると公になるのは政治的に宜しくないですからね」
「……代名詞の聖鎧盾を持参して、極秘もないと思いますが」
「ははは、極東の猿どもにはこの盾の真価はわかりませんよ。わかるものがいたとて、消せばいい。そうでしょう?」
あまりに短絡な物言いにクローディアは何も言わずに視線を紙面に落とした。
「無論、表面上は今まで通りで構いません。ホワイトベル・ファミリーという建前を破る必要はないでしょう。この組織の動向は常に監視され、推し量られる。私が目立つことは好ましくない以上、私は表向きの紹介状を携え、ここに就職したという態を取ります」
だが、いざというときの指揮権はアルバートが握っていることになる。クローディアが報告に挙げた教団対策としての連合最強の“円卓の騎士”を派遣するのは合理的であり、同時に指揮系統の分裂は望ましくない。騎士団内部の序列から彼が上官となることは必然だ。しかし、この火薬庫にも等しいカシーヤを刺激する新たな火種が舞い込んできたとも言える状況に、彼女は内心で頭を抱えた。
──全く面倒なことをしてくれましたね。
それが率直な本音だった。
「無論、内部の統制を取る必要はあります。そういう意味でも私が適任でした」
「……適任とは?」
「ええ、ホワイトベル・ファミリーの若頭の婚約者、そういう立場を取れば私の動きも不自然には見えなくなるということですよ」
年齢的にも確かに二人は釣り合っている。恋愛関係を装えば、自然にアルバートがファミリー内で権勢を振るうことができるようになるだろう。連合上層部の思惑はさておき、アルバートはそう思っているようだった。
「どうあれ誤魔化したとて、貴方が目立つことは好ましいことではありません。仮に貴方の正体が露見すれば、それだけで旭花帝国を刺激するに余りある」
「そのためのフラウド姓です。それにこの地の権益を守るために、いざというときの武力は置いておいた方がいい」
「……教団の件が終わってもこの地に残ると?」
「あくまで教団の脅威が排除されるまで、ではありますよ。何が脅威かは改めて測る必要はあると思いますが」
彼の滞在が長引けば長引くほどにこの問題が顕在化する蓋然性は高まる。故に、ホワイトベル・ファミリーの組織としての形に手を加えず、虚空の柩の件が片付けば早々に本国に帰還してもらうことがより望ましかった。
だが、アルバートの様子を見る限り、そう言ったとて彼が納得するとも思えない。
命令書には虚空の柩を排除するまでと期間が明記されているが、教団の全容が見えていない以上、排除という言葉は曖昧に解釈し得る。そして、彼がそうやってこの地に滞在する心づもりであることが透けて見えた。
それ故にクローディアは押し黙るようにして言葉を思案する。
「ああ」
そんな彼女の心中を知ってか知らずか、ポンとアルバートは手を叩いた。
「体裁を気にしているのですか? ですが、それこそ杞憂というものです。元より私たちは婚約者、それを演じることに何の問題が生じましょうか」
ここで言う体裁とは即ち未婚女性としての貞節のことだ。クローディアはそのようなことは特に気にも留めていないが、このまま引っ掻き回されるよりは良いかと考えて、彼女はその方向で抗弁することにした。
「……何度も言っていますが、私はもうアルビオン公女ではありませんし、それを前提にした貴方との婚約も無効になっています」
クローディアの言葉にアルバートは眉を下げた。
「またそのような子ども染みたことを……」
「これは公的な事実です。そして、残されたホワイトベル伯の養女という立場も、コルシアシスが未だアルビオンに在ると示すための、私と陛下との間の妥協の産物に過ぎません」
現アルビオン公クラレンス七世は、家出して騎士団に転がり込んだクローディアを連れ戻すつもりはなかった。というよりも、娘の気質や星辰騎士団の特殊な成り立ちから、それは不可能と判断していた。しかし、始原武装コルシアシスが国外に流出したと思われては公国の威信に傷が付く。そのため未だアルビオンの管理下にあると連合内で示すために、ホワイトベル伯を介して、クローディアが彼の養女となることで一つの決着としたのだ。
つまりアルビオン公女としての責務からクローディアを解き放ち、それでいて最低限アルビオンとの関わりが途切れないようにした、というわけだ。その結果、彼女は公的にはアルビオン公家との繋がりが断たれた状態になっている。
「そのような戯言、許されるはずがありません。貴女は初代アルビオン公の血を引く者であり、月光剣の継承者でもあります。乙女騎士団副団長の職責を低く見るつもりはありませんが、その血の尊きに課せられた責務は一介の騎士程度と比べるべくもありません」
それは彼女が幾たびも聞いてきた言葉だった。一々否定する気すらもはや湧き上がらないほどに。
「陛下とてそれはわかっておいでのはずです。それ故に数ある貴族の中からホワイトベル伯を選ばれた。エインズワース家は“十一聖家”の一つですから」
アルビオンには公家本流であるアークトゥルス家以外にも、継承法に定められた継承権を有する十の家系があった。アークトゥルスを含めたその十一の家を十一聖家と呼ぶ。そして、その内の一つがホワイトベル伯領を治めるエインズワース家だった。
とはいえ、通常これらアークトゥルス家以外の十一聖家が公家に準じるものとして扱われることはない。継承法はアークトゥルス家による長子相続が原則であり、他の十家の継承順位は低く、実際に継承が為された例も存在しないからだ。あくまで初代アルビオン公アルトリウスの直系卑属として認められた由緒正しい家系という程度であって、その継承権が意識されることは当の十家当主ですら稀だった。
だが、それでもクローディアが継承権を有する家の養女となったことに意味を感じ取る者は多くいた。
「それは邪推です」
「邪推を生む余地を残されたのは陛下です」
そう受け取られることを承知の上で、エインズワース家を選定したのであれば、アルビオン公にも思うところがあるのだと。真実がどうあれ、多くの貴族はアルビオン公の行動をそのように解釈した。
これはクローディアが月光剣コルシアシスの継承者であり、かの妖精王ニフラム・ベルフラムから“初代の再来なり”と評されたことも大きく影響していた。
「貴族女性の役割とは、家庭に入り、その尊き血を次世代に繋ぐことにあります。今、貴女に与えられているものはモラトリアムに過ぎません」
「モラトリアムというのなら、本質的には貴方も同じでしょう」
アルバート・ガードナー=ブリックス。彼はアルビオン公国の高位貴族ブリックス侯爵の長男であり、次期ブリックス侯の立場にある人間だ。確かに貴族としての役目という意味では、クローディアと同じく星辰騎士団に属する彼もまた少し外れた位置にある。
「ええ、仰る通りです。私はいずれ血の責務を果たすために家を継ぐでしょう。だからこそ、それまでの間、私自身が持った力の責務を果たすために騎士として戦うのです」
だが、クローディアの反駁にも、アルバートの視線は揺らがなかった。
「誤解をされているかもしれませんが、私は女性を尊敬しているのです。一つの生命を生み、育て、次世代に繋ぐ神秘、これは私たち男の身では想像することすら叶わない難行であり、それら辛苦を乗り越え、自らの責務を果たしてきた全ての女性たちに、私は敬意を表しています」
彼の目は雄弁に物語る。だからクローディアもそうするべきだと。その尊敬される生き方を選ぶべきだと。
「……家庭に入り、子を生み、育てる。そうしてきた方々の生き方を否定するつもりはありません」
ふとかつて斬雄に言われた言葉を思い出す。
──自分がどう生きるのかを決めるのは自分だ。その結果、振り回されるような奴らは、思う存分、振り回してやればいい。
ほんのわずか、アルバートに気づかれない程度の笑みを浮かべた。
「ですが、私の責務の果たし方を決めるのは私自身です」
「……では一体アルビオンの至尊の血統は、誰が繋ぐというのですか?」
「直系の血筋は私以外にもいます。他の十家のみならず、アークトゥルス家にも」
「だから貴女が守らずとも良いと? それは無責任ではありませんか?」
「責務の在り方を決めるのは貴方ではありません」
「ええ、決めるのは私ではありません。長きに渡る公国の歴史と伝統こそが私たちの責務を示すのです。その体現者たる公家の人間が守らずして、誰が守るというのですか?」
「守りたいものが守ればいいことでしょう」
「……馬鹿な。誰もが好きに生きては国など成り立たない」
「卿、国とはそれほど脆弱なものではありませんよ」
「何を根拠に!」
アルバートが激憤する。彼がこれほどに感情を剥き出しにする姿をクローディアは初めて見た。
「貴族の生活は民から富を集めることで成り立っている。私たちは民が生み出す富に浴して育っている。私たちが生まれ育った環境とは、それら民の血によって支えられていたのです。何のためにか。それは我らが、麦を耕すのではなく、国家の秩序と安寧を守る責務を負っているからです。それ故に、私たちはその根幹たる貴族としての責務を果たさなければならない」
「そうですね。自らの責務を果たし、国家を構成しているという点で、貴族と平民すら隔たりはありません。麦を耕す者も、機械を作り出す者も、戦う者も、守る者も、それぞれが責任を果たしている。同時に私たちも彼らも、どこに生まれ、どこに育ち、何を生業とし、誰と出会うのか、そういった社会の役割と関係性に誰もが縛られている」
クローディアもその点を否定するつもりはない。
「しかし、その中で何を選び取るかは常に私たちの手に委ねられてもいるのです。ある道を選べば誰かの賞賛と非難、期待と失望があるでしょう。違う道を選んでも同様に」
選択の結果を全ての他者が肯定することなどありはしない。
その道筋には後悔も苦悩も葛藤もあった。
「それでも最後に自らの行く末を決めるのは自分自身なのです。全てを思うが儘にできずとも、それでも自らの意思で決める。その選択の重みを手放すことこそ責任の放棄に他ならない」
「……そんなものは詭弁です。責任の所在を誤魔化しているに過ぎない」
議論は平行線を辿る。互いに敵意すら向けて睨み合う。
先に視線を逸らしたのはクローディアだった。
「辞令については承知しました。ですが、あくまでそれはこの地の軍権に限ったこと。ホワイトベル内部の秩序は乱さないようにしてください」
折れたわけではない。これ以上の議論は無意味と考え、この場を立ち去るためだった。
元よりホワイトベル・ファミリーはただ軍の意向に左右されるような組織ではない。組織のトップは軍属にないアリスターであり、ホワイトベル・ファミリーという建前を崩す論拠を軍は持たない。故に指揮下に入るとは言っても、それは軍事作戦に限った話であって、この地での活動全てでアルバートの意向を聞き入れる必要はない。
「姫様、お待ちください」
「……卿。何か誤解をなさっているようですが、たとえ誰であろうとも私が何をするかを決めることはできません。私は私の意思で行動する。これは宣言ですらない。そうするまでもなく、貴方が私を縛りつけることなどできはしないのですから」




