1-3
「簒奪者……? いや、聞いたことがないな」
「知らなくても無理はありません。簒奪者は西方諸国で活動する盗賊の通り名です」
クローディアが着物の懐から一枚の紙を取り出す。そこにはこう書かれていた。
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拝啓 アリスター・サージェント=ホワイトベル殿
次の誉曜の日、
貴殿が所有する雅鸞を頂きに参る。
歓待の用意をされたし。
マジャド・アズィーム・アル=ラシード
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「……何だこれは?」
「簒奪者からの予告状です」
「盗人がわざわざ予告? ……それは一体何のために?」
「理由はわかりません。ですが、簒奪者はそのように盗みに入る場所に必ずこういった予告状を送ります」
「誉曜の日と、わざわざ日にちまで指定してか」
誉曜の日は一週間の五番目の日を差す。
一週間は七日で、生曜の日から始まり、望曜の日、勇曜の日、栄曜の日、誉曜の日、静曜の日と続き、満曜の日で終わる。
「文末に書かれているのは簒奪者の名か?」
「おそらくは。ラシードは大陸中南部一帯に広く見られる家名ですので、これだけの情報では、その出自を追うことはできていません」
「盗賊がここまで堂々と名を書くとはな。偽名の可能性もあるだろうが、自己顕示欲が強いタイプなのか?」
斬雄のその言葉は問いではなく、ただ疑問を呟いた、ひとり言のようなものだった。
「彼が盗むのは主に特別な逸話のある聖遺物です」
「現代の技術では再現できない古代の魔導具。広義では始原武装もこれに含まれるが」
「さすがにそこまでの物が盗まれたという例は報告されていません。とはいえ、かの簒奪者が現れて十年余、その被害件数は知られているだけで三十を超え、その被害総額は国家予算規模とされています。中でも有名なのはアウレロア公国の宝剣アロガンテの盗難事件でしょう」
斬雄がその言葉に一瞬固まる。
「……五公領の宝物殿が賊に入られたと?」
「ええ、お恥ずかしながら」
西方諸国連合は大小様々な二十二の西方国家からなる連合だ。
その中でも長い歴史と大きな国力を有し、中心的な役割を果たす五つの国家を五公領と呼ぶ。アウレロア公国はその一角を担う列強であり、その宝物殿の警備の厳重さは敢えて説明するまでもないだろう。
「しかし、予告を出せば警備は当然厳重になる。それともこの予告状自体が盗みのトリックということか?」
斬雄の問いにクローディアは首を横に振る。
「いいえ、簒奪者は必ず正面から現れます。アウレロア公爵城でも同様に、城門から侵入し、そのまま城内を突っ切って宝物殿に侵入したと聞いています」
「……つまり何の策も使わず正面からアウレロア公国の警備を突破して、宝物を盗み出したということか」
破天荒を通り越して荒唐無稽にまで片足を突っ込んだ話を前に、斬雄は思わずこめかみを揉みながら暫し無言になる。
「一応、当時の警備に円卓の騎士は参加していませんでした。彼らはその旗下の星辰騎士団と共に現在は連合軍に吸収されていますから、アウレロアとしても自国の威信のために手を借りることはしなかったのでしょう」
「だとしてもだ。少なくとも俺はそんなことはできんぞ。する気も起きん」
そう言って斬雄は再び予告状に目を落とした。
「それで、その簒奪者が次の標的に送ったのがこれか」
宛名に書かれている名は、アリスター・サージェント=ホワイトベル。ホワイトベル・ファミリーの首領であり、先代ホワイトベル伯爵の弟、公的にはクローディアの大叔父に当たる人物だ。
「ええ、そこであなたへの依頼になります」
「これの警備に参加しろと?」
アウレロアの例と同じく、これはホワイトベルの威信にも関わる内容だ。斬雄が警備に参加するのはホワイトベルの顔を潰すことになりかねない。
たかが面子、されど面子だ。侮られるということは、ホワイトベルを面白く思わない相手に、敵対する理由を与えることに他ならない。敢えて隙を作る理由はないだろう。
「それもありますが、警備にあたって一つ問題があります」
「問題? ……いや、そうか」
そこで斬雄は一つの可能性に思い至る。
「雅鸞がどれかわからないんだな?」
クローディアはその問いに頷く。
「不知斎の傑作人形の一つ。そんなものが我々の手元にあるとは誰も認識していませんでした。大叔父様のコレクションの一つだとは思い、検めてみましたが、それらしい物はやはり見当たりません」
無理もないことだ。
大陸の東西で、魔術体系は根本から大きく異なっている。東部では地母竜ディシオーネの力を再現する陰陽五行体系が発展し、西部では光輝竜アルルトゥルーシュの力を再現する五精元素体系が発展した。
この相違は、技術体系の成り立ちについても同様であり、その中でも魔導人形製作は、旭花帝国内部で独自発展した、閉じた魔導工学技術だ。その真髄たる傑作人形を正しく理解することは、旭花の技術者でも困難であり、それが西方の人間であれば尚のことだ。
「この予告が簒奪者とやらを模倣したものである可能性は? あれは傑作人形の中でもかなり特殊だ。資料はほとんど散逸しているし、存在はともかく、子細な特徴を知っている人間は、旭花でもそう多くはない。中南部の人間が知っているとは思えないが……」
「簒奪者がどこから情報を得ているかはわかりません。しかし、その情報収集能力、目利きは確かで、アウレロア公爵城の一件でも、限られた関係者しか知らないはずの宝物殿にある宝剣のもとへ、迷いなく真っ直ぐに向かったと聞きます」
クローディアが予告状を手に取る。
「そして、この予告状もまた本物で間違いありません」
予告状を裏返す。そこには右目を象った紋章が書かれていた。
誇張された目の輪郭と、翡翠の瞳が非常に特徴的な紋章だ。
「これは簒奪者の予告状に必ず書かれるものです。この紋章に関する情報は、模倣する愉快犯を抑止するため表立っては公表されておらず、被害者を除けば、各国の高位貴族と連合軍上層部しか知り得ません」
「なるほど、まあ本物と考えて対応して良さそうだな」
「そこであなたの力をお借りしたい次第です。雅鸞を確認するための人員を派遣していただきたく。無論、確認が取れた際は、正式な形で返還する用意はできています」
「そうか、では俺が行こう」
斬雄が即答する。
「良いのですか?」
「さっきも言ったが、旭花内でも雅鸞の特徴を知り、判別できる者はそう多くない。それに、返還が前提であれば、こちら側も相応の戦力は貸し出すべきだろう?」
斬雄が目尻を上げる。クローディアはそれを見てかすかに頬を緩ませた。
◇
今後の段取りについて軽く打ち合わせして、斬雄はクローディアを玄関先まで見送った。
「ふむ、綺麗な人だね」
クローディアが黒鉄の屋敷を後にしてすぐ、斬雄の背後から声が掛かる。
彼が振り向くと、そこには涼やかな風貌の男が立っていた。
黒い癖のない艶髪は背中まで伸び、どことなく中性的な雰囲気だが、それでいて頬骨がしっかりとした、引き締まった輪郭の顔つきをしている。
錆色の直綴に、古びた渋みのある金色の輪袈裟を首から下げ、清貧な僧侶を思わせる佇まい。年齢は斬雄よりも上のはずだが、肌艶のきめ細やかさ、立ち姿の優美さ故か、その見た目からは年嵩を全くと言っていいほど感じさせない若々しさがあった。
あるいはそれら特徴は全て作り物めいた無機質さと言い換えてもいいかもしれない。
男を見て、斬雄はほんのわずかに眉を顰めた。
「……不知斎」
不知斎。旭花帝国における当代最高の人形師に与えられる雅号だ。
彼はその九代目に当たり、同時に旭花帝国最強と謳われる“十二星将”の一人でもあった。
「彼女が君の好い人というわけかい? 黒鉄斬雄」
「ビジネス相手ですよ。それより、あなたがここにいることは極秘事項です。みだりに表に姿を出すような真似は控えてほしいんですが……」
十二星将はその存在自体が戦術兵器に等しい。あくまで人なので、その政治的影響は魔導兵器ほどではないが、通告なしに他国を好きに往来して良い存在ではない。
「何、気づかれるようなヘマはしないさ」
斬雄の懸念に対してもどこ吹く風といった調子だ。
「……それで、朱奈の腕の様子は?」
「ああ、経過は順調だよ。生体義手は完全に適合した。その機能は全く人間の腕と遜色がない」
オルランドが引き起こした三か月前の騒動の際、オルランドの配下であった人形師ハリカ・ナジャールと対峙した朱奈は、その戦闘で左腕を欠損していた。一命は取り留めたが、完全に欠損した部位は魔術でも治すことはできない。
例外として、太極咒法・星醒竜転があるが、星醒竜転はその強大な力故に制御が難しい。
発動して以降であれば正しい形を魔術の大元である竜星が一時的に記憶するため、それをもとに正しく復元は可能だ。しかし、それ以前の傷に関しては、新しい腕を生やすことはできても、その生えた腕を適切に成形することは困難を極め、却って人体に有害を齎すことにしかならないのだ。
オルランドとの戦いの後、斬雄は本国へ事の顛末を記載した報告書を送っていた。その際に、朱奈の腕を治すため、斬雄は生体義手の専門家派遣を要請していた。不知斎はまさにその生体義手の開発者であり、その第一人者としてこの地を訪れたのだった。
「ありがとうございます。助かりました」
「大したことじゃあない。何より、君の報告にあった教団“虚空の柩”と対峙するにあたっては、彼女の戦力は非常に重要なものになるだろう。この程度はお安い御用というものだよ」
「そう言っていただけると助かります」
斬雄は不知斎に深く頭を下げた。
「……失礼を承知で一つ確認しても?」
「なんだい?」
「報告書に記載した孤児院のことです」
斬雄が挙げた報告書には、人体実験についても詳細に記載してある。
「痛ましい非人道的な人体実験があったそうだね。アイシャという少女はそこで保護したんだったかな」
「ええ、他の被験者だった孤児たちはホワイトベルの方で保護しているようです」
報告書では、アイシャの正体がクライシュ帝国の皇女であること、実験の結果ヘテルツォラシュの適合者となったこと、不知斎の名がレポート内にあったことは伏せてあった。
彼女が帝国皇女であることは、政情不安定なクライシュ帝国をさらなる混乱に突き落とすことになりかねず、それを先んじて知った帝国上層部がどう動くか読めなかったことが大きい。
ただ行方不明だった皇女が生きていたとして公表するならば却って問題はない。
政治的対立に渦中に放り込まれることにはなるだろうが、政治的立場自体は、はっきりとするからだ。
しかし、これを政治的カードとして利用したいと考える勢力が出てきた場合、彼女の立場は非常に不安定なものになってしまう。
そして、始原武装の適合者であるという事実がなおさらその重みを増やす。
クライシュの政情に影響を及ぼすカードであり、戦略兵器を扱うトリガーでもある。
そんな彼女を斬雄一人で守り切るというのは現実的ではなかった。
「このレポートに見覚えは?」
そう言って斬雄は“人造始祖計画、その理論的可能性についての論考”、“人造始祖計画第三号レポート”、“実験体Ⅲ/■■■■■■■■■■経過観察”と記載されたレポートの写しを不知斎に手渡した。そこには九代目不知斎の名と印章が刻まれている。
不知斎は手渡された紙束にざっと目を通していく。
斬雄はその様子を見るともなくといった呈で待つ。
「ふむ、“人造始祖計画、その理論的可能性についての論考”は確かに私が書いた文章だ。帝国第二魔導研究所にいた頃に書いたものだね。だが、残りの実験レポートについては知らないね」
その表情に変化はない。焦りも淀みも見受けられなかった。
「ではこの実験については」
「勿論、私の預かり知るものではない。むしろ君もそう思っていたからこそ、報告書にこのことは記さなかったんじゃないのかい?」
「ええ、勿論」
斬雄は躊躇いなく頷きを返す。
「あくまでこれは始原武装とそれを扱うことができる人間との因果関係を整理するために書いたものだったんだけど、このような非人道的実験に利用されていたとはね」
「ではこの資料がここにある理由について心当たりは?」
「元々この論考は、第二魔導研が閉鎖になった際に、廃棄されたはずの資料だ。それがどこかで横流しされたんだろうね」
不知斎は指を顎に当て、思案する仕草を見せる。
「そうだね、私の方でも少し調べておこう。もしかすると、結社についての情報も得られるかもしれない」
「はい、お願いします」
この程度のやり取りで何か情報を得られると斬雄も期待していたわけではないし、下手に不知斎と対立するつもりもない。
かつて曳舟天諌は斬雄に言った。
──不知斎を人と思うな。味方とも思うな。道理の通じぬ魔性と思え。
道理の通じぬ魔性。
不知斎と対峙するとき、底冷えする感覚と共に、斬雄はいつもこの言葉を思い返す。これは理性では説明し難い本能的な感覚だった。
元より会話で情報を引き出すことは目的ではない。実際に彼が実験に関与していたのかどうかも、証拠がない以上、今は棚上げにしたままで構わない。
白の場合はここで口にした建前のまま表面的な協力関係を築いていけばいい。
黒の場合はこちらが警戒していることを暗に伝えることで、その動きを多少なりとも抑制することはできるだろう。
後者については無いよりはマシ程度だろうが、状況は多少なりとも動く。それこそが斬雄の狙いだった。
「ところで、ここ。実験体の名前が塗りつぶされているようだけど、これは一体誰だったのかな?」
そう言って、不知斎はレポートの一枚を抜き出して指を差す。
“実験体Ⅲ/■■■■■■■■■■経過観察”。アイシャの名前が書かれていた箇所が黒く塗りつぶされている。
「わかりません。俺たちがこの資料を手に入れたときにはすでにその状態でしたし、ヘテルツォラシュの起動者は悪魔の消滅と共に姿を消しています」
「ではヘテルツォラシュとその適合者はまだ回収できていないわけだね?」
「ええ、残念ながら保護できていません」
「憂慮すべき事態だね」
「そうですね。調査は進めていますが、そもそも生死すら不明の状態ですので」
暫し二人は視線を交差させる。
ふと不知斎が視線を逸らし、
「……ああ、そうだ、君に伝えなければならないことがある」
そう思い出したように言って、再び斬雄の方に向き直った。
「君の報告書にあった虚空の柩の存在については、帝も非常に憂慮されていてね。始原武装の危険性もさることながら、今この地が戦場になることは、旭花帝国にとって望ましいことではない。よって帝は極秘裏に十二星将を派遣することに決めた」
「十二星将? それは……」
「勿論、私じゃあないよ。まだ長く帝都を離れるわけにはいかないからね。ここに来たのは伊吹朱奈の経過観察ついでの伝言係と言ったところさ」
「では誰が?」
「──“迅雷” 千引梓音」
斬雄が目を見開く。
「……梓音が?」
「そうか、君たちはよく見知った仲だったね」
千引梓音は旭花帝国の剣術の三大流派の一つ、心陰流の剣士だ。
斬雄よりも年下でありながら、こと剣術の才に限ってだけ言えば彼をも凌ぎ、若くして十二星将に選ばれた俊英。
心陰流において、最も異端でありながら、最も極意に迫ると言われる新星。
斬雄とは幼少期から流派間の交流で接する機会が多くあり、彼女の腕前はよく知っている。結社に対抗するにあたって頼もしい戦力になることは間違いないだろう。
だが、斬雄の内心には心強さと同時に憂慮もまたあった。
不知斎が極秘裏にと口にしたことからもわかるように、武力持つ個人が動き回るというのは、それだけで要らぬ疑心と勢力間の不和を生む引き金になりかねないという問題はある。
だが、それ以上に厄介なのが、彼ら十二星将が軍の管轄外にあることだ。
十二星将とは単なる称号ではない。彼らは禁軍を祖とする、帝直轄の軍持たぬ十二の将だ。帝から政府に大部分が信託された統帥権の、最後に残った聖域。政府にも、軍令にも従わない。ただ、帝の命によって動く存在。
故に、斬雄は強力無比な戦力であると共に、彼の制御下に置くことができない爆弾を抱え込むことになる。
不幸中の幸いは、その相手が知己である汐音だったことだろう。
「すでに彼女はアスル港についたと聞いているが、一つ問題があってね」
アスルは、クライシュ帝国南部にある港湾都市だ。現代において船舶は最も重要な物流手段であり、旭花帝国からの船舶は全てアスル港に入港する。アスルからカシーヤへは、ニンアンナを中継地点とした鉄道が走っており、この路線を通って竜血は海路を経由して、旭花帝国へと送られる。
「問題?」
「彼女は単独でアスルを発った後、消息を絶っている」
その言葉に斬雄は深く眉間に皺を寄せ、腕を組んで顔を伏せた。
「……なぜ彼女一人で単独行動を?」
「随行していた補佐官たちは置いて行かれたそうだ。まあ、彼女なりに使命感を持って、急いでこの地に来ようと思ったんだろうね」
二人ともどこか苦い顔をしている。
「それはつまり……」
「ああ、間違いなく、君の予想している通りだろう」
不知斎が重苦しく頷く。
暫しの間が空き、同時に口を開いた。
「……迷子ですね」
「……迷子だろうね」
千引梓音はその剣の才と共に、極度の方向音痴で有名だった。




