1-1.蠢動/After that
魔導革命による産業の発展は世界を一変させた。
工業化による効率的な大量生産に端を発し、道路交通網の発達が世界の実質的な距離を近くしていく。
首都から地方までの数週間の往路は、たった一日にまで縮まり、食料を始めとした様々な物資が日々行き来している。
もはや世界はかつての在り様を思い出せなくなるほどの変化。
それらの文明を支えるのはエネルギー資源、“竜血”。
クライシュ帝国領北部に位置する自治都市カシーヤは、その竜血の世界最大の埋蔵量を有する都市として知られていた。
背後の山脈の麓を中心に扇状に広がる都市の中央付近に、都市内の各商会の利権調整を行う互助組織となる商工会本部の建物があった。
現在の都市内部では最も高層となる六階建ての建造物前の広場は非常に閑散としている。
その理由は今が深夜の時間帯であるが故のみではない。
およそ三か月前、商工会長だったオルランド・スパーダの乱心によって、顕現した高位悪魔との戦闘により、この一帯は一部地盤が緩んでおり、立ち入り禁止区域に指定されていた。
それは商工会本部も同様であり、現在商工会の機能は臨時の建物に移されている。
そんな静けさに包まれた広場に、別々の方向から男女がやってくる。
都市の東側から現れたのは、角も、獣耳も、特異な形質を持たぬ、最も普遍的な人種であるヒューマンの男性だった。東方の力強く引き締まった顔立ち。
彼は旭花帝国の礼服である袴姿に、華やかな柄の羽織物を肩に引っ掛けている。足元は革製の長靴となっており、現代的な装いだった。
黒い髪が夜に溶けて揺れ、切れ長の目が真正面を鋭く見つめている。
その視線の先、都市の西側から現れたのは、同じくヒューマンの女性だった。西方の気品ある凛々しい顔立ち。
白のスーツに、ファー付きの同色のコートを羽織っている。動きやすさを重視したローヒールのパンプスがカツカツと舗装された路面を鳴らす。
夜を照らすように輝くプラチナブロンド、ウェーブした毛先が風に靡く。
互いが互いの間合いに入る。
真夜中の逢瀬というには剣呑な雰囲気。
言葉はなかった。ただ二人はそれぞれの腰に佩いた得物に手を掛ける。
「──!!」
瞬きの間に互いの距離が近づき、金属がぶつかり合う音が響く。
袴姿の男、黒鉄斬雄が抜き放つは、極東の刀。独特の白い波のような刃文は精巧な美術品を思わせた。
スーツの女、クローディア=ホワイトベルが抜き放つは、西方のロングソード。ミスリルの特有の銀の光沢が、斬雄の刀との間に火花を散らす。
互いの剣に刃こぼれはない。その火花は、刃が削り取られた極小の金属片が急激に燃焼して発生する現象ではなく、強大な心意の繰り手同士の剣戟の衝突に感応した素竜子によって現れ出でたものだった。
激しい鍔競り合い。僅かに斬雄が押し合いに勝るが、クローディアはその衝突の力をバネに後方に飛んだ。
わずかな静寂。瞬きの間に、二人は同時に姿を消す。
響き渡る金属音と散る稲光。
静と動、緩急自在の剣戟がぶつかり合う様は、稲妻の如く。
並みの使い手であれば、一太刀とて受けることの叶わぬ剣閃がひと呼吸に三合、それらが何十と積み重なり、次第にその速度が上がっていく。
刃が引いた月光の残影が空間に満ちる。
同等の力量、同等の武器、互いに手は知り尽くしている。
故の拮抗。
それを打ち破る手を模索する。
より鋭く刃を研ぎ澄まし、相手の動きを広く観察する。
ただそれだけに没頭する。深く、深く、深く。
──そして、その模索する手すら同等だった。
先に大きく動いたのは斬雄だった。
「っ!」
それは最速にて敵を切り伏せる単純明快にして合理の極致。
──黒鉄逸刀流 奥義 佳刃桜花
それを迎え撃つためにクローディアは守りを捨てる。
相手が速度で攻めるならば、こちらはそれ以上の速度で。
斬雄がその動きに獰猛な笑みを浮かべる。
──やれるものならばやってみろ。
両者一歩も譲らぬ必殺の刃。
それらが互いの喉元を穿つ──その直前でピタと止まった。
「……相打ちか」
「そのようですね」
二人はそう言って刃を鞘に納める。
先程の激しい剣戟に反して、二人の間から互いへの隔意は全く感じられない。
それも当然。これは今や日課となった二人の訓練に過ぎないのだから。
オルランド・スパーダとの戦いが終わった後、斬雄とクローディアは結社“虚空の柩”が目論む世界大戦、カシーヤがその導火線となることを妨げるために共闘を誓った。
それ以降、二人はその一環として毎夜この場所で剣を磨き合っていた。
軽く上がった息を整え、斬雄が口を開く。鍛錬の後は互いの情報を共有し合う、それもまた日課の一つとなっていた。
とはいえ、今日はそれほど語ることはない。
「あれから三か月、ひとまずオルランド不在の混乱は収束したか」
「ええ、とはいえ、かの壊剣の不在は大きな問題を一つ残しました」
「ああ、黒鉄とホワイトベルの間に立ち、なおかつ二つを牽制できる実力者の不在。カシーヤ都市内部の利害関係者は何も黒鉄会とホワイトベル・ファミリーだけじゃない。それら全てを統制することは土台不可能な話だ」
都市内部の有力者、その他外国勢力や、それぞれの組織に直接は属さない帝国や連合の関係者の全てがそれぞれの感情、思惑を持ってこの都市に蠢いている。
「……ええ、人の身も感情も、一様に縛ることなどできはしませんから」
クローディアの言葉に斬雄は頷いた。
「ま、それを収めて、無秩序になりかけた利害関係の、ある程度の落としどころを見つけることができたのに三か月は、早い方と思うしかないな」
「その代償としてカシーヤ議会は今やはっきりと帝国派と連合派に二分され始めています。緊張は以前より確実に高まっているでしょう」
「エネルギー利権は今や世界で最も根深い対立の根だ。元々火種はいくらでも転がっているからな。暫くは対処療法を続けるしかない。それに、目下一番の問題は……」
「虚空の柩、ですね。あれ以降特に動きはないようですが」
「商工会を洗った限り、オルランドと黄金天駆とやらが、この地に置かれた最大戦力だったようだな。まあだからといって、それで終わりってわけはないだろう」
「オルランド・スパーダは虚空の柩の手は旭花帝国や連合内部にも伸びていると匂わせていました。次の一手は必ず来ると考えていいでしょう」
そこで斬雄は深い息を吐く。
「しかし、これも待ちの一手だ。アヴェスタ連山の調査も相変わらず難航しているしな」
連山全体の面積が広大であることは元より、その素竜子濃度の高さが調査の手を阻んでいた。
明確な解決策のない問題が山積していることが二人の頭を悩ませる。
「……話は変わりますが、貴方に一つ依頼があります」
クローディアはこれ以上は詮無いことだと考えて話題を変える。
「依頼?」
斬雄は訝しげな顔を見せる。
虚空の柩に対抗するための協力関係にあるとはいえ、黒鉄とホワイトベル、本来は敵対関係にある二人だ。協力と言っても、それは目的を同じくする者が対立組織にいる利点を活かしつつ、情報共有によって状況の擦り合わせを行う程度のものだった。そして、その情報の共有ですら互いに踏み越えない一線がある。
故に依頼がどういったものなのか、その意図を斬雄は掴み兼ねていた。
「ええ、少し困ったことが起きたのですが……夜更けにするには少し長い話です。明日、またアイシャの様子を見に伺いますので、子細はそこで」
「ああ、わかった」
気になる内容ではあったが、深く追求することなく斬雄は手を挙げる。
「じゃあ、またな、クローディア」
「ええ、ではまた、斬雄」
二人は来た道と同じ、反対の道を歩いて帰路についた。




