■.月下の■■■/To be ■■■■■
天蓋に、太陽と月の次に、強く輝く星を明星と呼ぶ。
アヴェスタ山脈の一角、カシーヤを一望できるその場所に、一人の少女の姿があった。
その相貌は明星の如く黄金に輝き、金色の髪が夜風にたなびいている。白と黒のコントラストを描くゴシックドレスを身に纏っていた。
あどけない白面の容貌から滲み出る悪辣。
“虚空の柩”の盟主、三賢人の一人、アリストテレス。
都市カシーヤを冷たく見下ろしていた彼女の傍に、影が侍る。
影が羽織る外套には渦巻く風の紋章が描かれている。
風魔竜への信仰と風魔教団への帰属を示すシンボルだ。
──クライシュに風魔教団あり。
その畏怖を以てクライシュを守護する、彼ら暗殺教団の誇りは、その盟主たる三賢人の手によって、変質を遂げようとしていた。
「回収できた?」
アリストテレスは振り向かずに問うた。
「はい、こちらに」
影が手渡したのは一冊の本だった。
六芒星を象ったヒトデが張りついたような薄気味悪い装丁。
始原武装“万魔目録”ヘテルツォラシュだ。
黄金天駆と共に地を穿つ白鱗王の威光の光に飲み込まれたはずだが、その書には傷一つ付いていない。
「黒鉄の部隊と、エルフの集団が周囲を探索しています。恐らくはヘテルツォラシュを探しているものかと」
「彼らに先んじられたのは素晴らしい成果ね。よくやったわ」
アリストテレスは頷いた。影を一瞥すらしない。
彼女はそっとヘテルツォラシュの表紙を撫でた。
「お疲れ様、蠅の王。貴方は優しすぎるのが玉に瑕ね」
その声音は、先程までの表情とは打って変わって柔和で、穏やかなものだった。
そして、彼女は再び冷めた眼光で眼下の都市に目を移す。
「結果は思う通りには行かなかったけど、実験体の性能は想定以上。このまま成長すれば、遂に器は完成する。パラケルススと徐福の力を借りてやっと、というのは些か不快だけど、まあいいわ」
「……黒鉄会、ホワイトベル・ファミリーについては今後、如何いたしますか?」
「そうね」
影からの問いに、アリストテレスは顎に指を当てながら答える。
「まさか執行者を二人も失う結果になるとは思わなかったわ。黒鉄斬雄、クローディア=ホワイトベル。侮っていたつもりはないけれど、認識を改める必要はありそうね」
彼女はパンと手を叩いた。
「執行者を招集してちょうだい」
「……どなたをお呼びすれば?」
その問いにアリストテレスは目を細めて笑みを浮かべる。
「№Ⅲ“漆黒双刃”」
其は、権謀術策の懐刀。その刃は四方を彼方まで穿つ。
「№Ⅷ“紫煙蛇影”」
其は、呪われし忌み子。死を纏い、死を食らう蛇。
「№Ⅺ“翠玉簒奪”」
其は、傲岸なる簒奪者。万手を繰りし怪人。
「№Ⅻ“桃源傾国”」
其は、国を呑みし淫婦。抗えぬ魔性の眼。
「……!」
影は思わず息を呑んだ。
一つの作戦にここまでの執行者が投入された例は、少なくとも彼が知る中では、一度もない。
「ほら、よく言うでしょう? 戦力の逐次投入は愚策だって」
悪魔は嗤う。次の悲劇を目論んで。
「──さあ、私にとって最高の結末を始めましょう」
あとがき
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます。
一章はこれで完結となります。
次章からは登場人物がさらに増え、都市カシーヤはさらなる混迷を極めることになりますが、ここまでの物語の方向性、面白さをさらに煮詰めて描き切りたいと思っています。引き続きお付き合いいただけますと幸いです。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、感想・評価・ブクマなどいただけますと励みになりますのでよろしくお願いいたします。




