5-3
「まさかホワイトベルと黒鉄の若頭が密通する仲とはな」
「それは認めた、ということですか?」
「認めた? 馬鹿を言うな、これはホワイトベルと黒鉄の共謀による讒言だ。俺をハメやがったな、クローディア・ホワイトベル」
黒鉄とホワイトベルによる陰謀。強引な理屈だが、それは全てを有耶無耶にできる道筋だった。なぜなら、クローディアがこのままオルランドを追い詰めるには、まだ一つ問題が残っているからだ。
「わかっているはずだ。テメェらにはこれ以上、俺を追及できねぇってことがな」
オルランドの言は残念ながら正しかった。仮に彼がそのようにしらを切り通すのであれば、クローディアたちはそれ以上の追及をする術を持ち合わせていないからだ。
問題は真実であるかどうか。証拠の有無ではない。
「西方諸国連合の後ろ盾があろうが、お前らは所詮、一市民に過ぎない。それはつまり、お前らには俺を捕縛し、尋問する権限はねぇってことだ」
黒鉄会やホワイトベル・ファミリーが時に行う身体拘束、尋問は決して合法なものではない。
ではなぜ、その行為が追及されていないのか。それは彼女たちの行為が、無辜の一般市民を巻き込まない形で、表沙汰にならないようひた隠しにして行われているからに過ぎない。
隠しているものを暴くには労力がいる。その多大な労力を使って、大した被害が出ているわけでもない、国同士の暗闘という藪をつついて、蛇を出すような真似を誰がしたいと思うだろうか。
しかし、だからといって、それがれっきとした違法行為である事実には変わりない。故にオルランドのような都市の有力者が相手となれば、事は容易く進められなかった。
むしろ他国で犯罪行為を行ったという醜聞を喧伝されれば、クローディアひいてはホワイトベル・ファミリーの、本国での政治的立場を危うくすることにもなりかねない。
オルランドはその点を突いて、刻印の証拠をでっち上げとして全てをもみ消そうとしていた。彼は商工会のトップであると同時に、この都市で強い影響力を有する政治家でもある。その程度のことは朝飯前だった。
「惜しかったが、詰めを誤ったな」
しかし、そのオルランドの言葉を受けた、クローディアの表情に焦りはなかった。
仕込みは終わっている。ここまで長々と推理を繰り広げたのはなぜか。それはとある人物に事のあらましを聞かせるためだ。
「……ところで、後ろの彼に見覚えはありませんか?」
「なに?」
クローディアが唐突に奇妙なことを言い出した。オルランドは自然に彼女が手を差し出した方を見る。
そこにはサングラスにハットを被ったホワイトベルの構成員らしき人物が立っていた。
「悪いが、さすがにホワイトベルの――いや、待て」
構成員全員を把握はしていない。と言いかけて、クローディアがここでそれを言い出した意味を考え、オルランドの額に冷や汗が流れる。
そのタイミングで男がハットとサングラスを外した。オルランドはその男の顔をよく知っていた。あるいはクローディアたちよりも遥かに。
「残念であります、スパーダ議員」
そこにはホワイトベルの構成員に変装したコルマク・イスハークが立っていた。
コルマクは警察権を有する憲兵隊の長である。そして、カシーヤの都市刑法は彼ら憲兵隊に、犯人であると信ずる相当の理由がある場合に限り、令状なしでの逮捕権の執行が可能であると定めている。即ち、彼は法的根拠を以てオルランドを正当に逮捕する権限を有している。
「これは讒訴だ、コルマク!」
故にオルランドが怒鳴り声を上げて、強弁する。
しかし、その威圧を受けたコルマクは一歩も引くことなく、彼を見据えた。
「それは取り調べにて判断するのであります。まずはご同行を、スパーダ議員」
「馬鹿げている、俺は在任中の評議会議員だぞ! このようなことは前代未聞だ!」
確かにそのような前例はなかった。それはカシーヤが自治都市となってから日が浅いということもあったが、在任中の評議会議員を捕まえるには、それに値する十分な疑義が必要とされるからだ。
しかし、これは刑法上そう定められているということではなく、生半な疑惑で逮捕・拘禁して、その結果、起訴相当と判断されなかった場合の政治的リスクに起因するものだ。
「前例はなくとも、在任中の議員を逮捕・拘禁してはいけないとは都市刑法には定められていません。……そして、あなたを欠いた評議会相手なら、私たちでも憲兵隊を政治的な圧力から守ることができます」
評議会の議員の中には、連合と繋がることを内心は望んでいる者もいる。オルランドが逮捕され、政治的に大きな傷を負えば、彼らを味方につけることは十二分に可能だろう。
オルランドの瞳が激しく揺れ動く。そして、何かを思いついたと、唇を震わせた。
「そう、そうだ、カシーヤ都市憲章四十一条、不逮捕特権がある」
「なっ」
背後に控えていたエルヴィスが目を見開く。
不逮捕特権。それは都市行政が、その政策に反対する議員を不当に逮捕することで、その活動を妨害するといった、逮捕権の濫用を防ぐために設けられた規定である。
無論、それがあるからといって、議員の犯罪行為のすべて無罪放免になるわけではない。現行犯もしくは評議会からの許諾を得られれば、不逮捕特権を有する議員を逮捕できることもまたカシーヤ都市憲章に定められている。
しかし、その場合は当然、逮捕されるまでの間、オルランドは自由に動けてしまう。そして、彼が健在の評議会を動かすのは、ホワイトベルでも難しいことだった。
「俺は憲兵隊の不当な逮捕に断固として抗議する!」
証拠があるにも関わらず逃げ切られてしまう。エルヴィスが苦み走った顔を見せる。
オルランドの表情には勝機を見出した安堵が見えた。
「スパーダさん」
だが、その対面のクローディアの表情は冷ややかなものだった。
「お忘れのようですね?」
「なんだと?」
「カシーヤ都市憲章四十一条の条文です」
背後にいたコルマクが諳んじる。
「“評議会の議員は、現行犯もしくは内乱外患に関する罪を除き、評議会の会期中、議会の承認を得ることなく、逮捕されない”であります」
「それが、どうした」
オルランドが憎々しげにクローディアを睨みつける。
「重要なのは“評議会の会期中”という文言です。先日私たちがここを訪れた際、あなたはこう言っていたはずです。“今は議会が開いていない”と」
それは即ち、現在は評議会の会期中ではないことを意味していた。
「つまり、今のあなたに不逮捕特権は存在していません」
それは詰みの一手だった。オルランドは奥歯を強く噛み締める。
もっと早くにクローディアが彼を連れて来ていることに気づいていれば、オルランドは彼女が何か切り札を持っていると予見し、この展開を阻止することができただろう。
そうならないために、クローディアは全ての説明と、証拠を提示するまで、コルマクの存在を隠した。それを見抜けなかった時点で、オルランドは詰んでいたのだ。
それでもなお彼は言葉を絞り出して足掻く。
「わかっているのか、コルマク・イスハーク! 俺を欠けば、この都市は混迷の時代を迎えることになるぞ! 黒鉄とホワイトベルへの抑止力を失い、腐り切った議員どもが、自らの腹を太らせるためにこの都市を売ることになる!」
“壊剣”の二つ名は、戦略兵器に等しい。オルランドという抑止力があるからこそ、カシーヤはギリギリのところで自治を守ることができている。
それはコルマクもわかっていた。ホワイトベルの後ろ盾を得るということは、即ち連合と癒着して甘い汁を啜ろうという俗物議員に与することにもなりかねない。
「わかっているのであります。……確かに、この選択は愚かなことかもしれません」
「ならば!」
コルマクの眉間に苦渋のしわが寄る。
「だが! 私は、私の正義に従って、あなたの行いを見過ごすことはできないのだ!!」
非道な人体実験。孤児たちの誘拐並びに悪魔化。黒鉄とホワイトベルの抗争を扇り、戦争を引き起こそうとする策。そして、此度は彼の部下の命すら奪われている。
都市を守るという建前で、それらの悪全てを見過ごすならば、彼の正義はどこに行くのか。
「……法と秩序、それらを守ることこそがより良い社会を築く。それが私の信念であります」
故に、相手が帝国であろうと、連合であろうと、オルランド・スパーダであろうと、これは譲れない。
「――ああ、そうか」
すでに逃げ道は全て塞がれている。それを理解して、オルランドの空気が一変する。
「ならばこうしよう。ホワイトベルの乱心により、憲兵隊長コルマク・イスハークは殺害された。俺はその仇を討った男、オルランド・スパーダ」
「な、なにを?」
獣のような眼光。その空気の豹変ぶりに困惑するコルマクに向かって、オルランドが拳を振り翳す。その握り込まれた拳は、暗く冷たい殺意に満ちていた。
クローディアがテーブルを蹴り飛ばす。
この展開は予測していた。コルマクを守るためマルセルが素早く魔術を発動する。
「檻地封縛」
床から隆起する土が檻となって、オルランドの四方を囲む。
彼はそれらを無視して、拳を振り抜いた。
その剛腕でテーブルが破砕され、そのままの勢いで、大地の檻が砕かれる。
「風精霊の羽衣!」
コルマクとの間にエルヴィスが飛び出す。
吹き荒れる暴風がオルランドを襲い、そのまま壁に叩きつけた。
「カイ! イスハークさんを安全な場所へ」
「応っ」
カイが指示に従って、コルマクを避難させる。
「エルヴィス、マルセル! こうなっては仕方ありません」
“壊剣”オルランド・スパーダ。傭兵たちの英雄と謳われし、生きた伝説。
三対一ですらなお格上。拘束するなどという生ぬるい覚悟で相対することができる相手ではなかった。
そして、コルマクという確たる証人がいるのであれば、生死を問う必要はない。
「──彼を殺します」
オルランドは壁に立てかけられていた彼の愛剣、壊剣グレンデルを手に取った。重厚な漆黒の刃を一振り。それだけで突風が部屋中を吹き抜け、彼は高らかに哄笑する。
「は、ははははははははッ! たかだか三人掛かりで俺を殺すだと? 舐められたもんだ」
クローディアがその白銀の剣を抜き放ち、斬りかかる。
「……できるものならやってみやがれ、小娘ッ!!」
オルランドはそれに迎え撃つように咆哮し、大剣で振り上げた。




