5-2
二人が息ぴったりにそう言ったのを聞いて、カイはずっこけそうになる。
「おいおい」
推理小説の解決編の口ぶりで話を進めていたのに、肝心の犯人がわからなければ意味がない。そんなカイの様子を見て、斬雄が笑みを漏らす。
「ところが、犯人を探るにあたって、もう一つの道筋がある」
「興味深い話ですね」
クローディアは続きを促すように斬雄に視線を向けた。
「ここ最近、黒鉄とホワイトベルの間での小さな揉め事が増えているのは知っているな?」
「ええ、私にも報告は入ってきています。特に共通点もなく、黒鉄とホワイトベルの間の緊張が高まっているケースとして理解していましたが、違うのですか?」
「いや、共通点ならある。事は全て商工会に属するか、関連する場所で起こっている」
「……それは当然ではないですか? 我々はどちらも商工会に属している商会です」
商工会に属しているのであれば、それに関連した場でニアミスする可能性も当然増える。揉め事が発生した場所が商工会に関連した所に集中するのは、自然の成り行きと言えた。
クローディアはピンと来ていない様子だ。無理もない。昼間にあることに気づくまで、あまりにも当然すぎて、斬雄も見過ごしていた。
「ああ、それが全て商工会の管轄ということであればな。だが、これには奇妙な例外が存在しているんだ」
「奇妙な例外?」
「例えば、黒鉄とホワイトベルの構成員が喧嘩騒ぎを起こした、クライシュ料理の大衆食堂レゼットリ。あそこの管轄は料亭組合だ」
料亭組合とはカシーヤの飲食関係者たちによって運営される組合である。主に衛生管理と行政指導を行い、飲食店の開業に伴う認可を行う機関としての役割を都市行政から委託されている。
「それは、共通点が崩れたということになるのでは?」
「ああ、それもあって、この説は誰の頭にも浮かばなかった。しかし、このレゼットリにも商工会の関係者がいる」
「それは?」
「ハリカ・ナジャール。昨日、オルランドに会いに行ったときに、俺たちを案内してくれた受付嬢がいただろう、彼女だ」
クローディアは少し上に目線をやり、おさげ頭の眼鏡を掛けた女性を思い出す。
「彼女は、常は商工会で働く傍ら、その休日にはレゼットリで働いている。他にも商工会が関係していないと思われていた場所を調べたが、どれも当たりだったよ。事件の経緯から逆算して、そのきっかけとなった人物を洗っていくと、必ず商工会の職員に辿り着く。つまり、全ての場所が商工会に関連していることになる」
それが事実であれば無秩序な事件と思われたものに、共通項が生まれる。
「少し話を整理しよう」
「ええ」
斬雄がそう提案し、クローディアが頷きを返す。
「悪霊騒ぎ、あるいは孤児の集団失踪は、黒鉄とホワイトベルの抗争を誘発する謀略の可能性が示唆されました。そして、おそらくその犯人は、失踪の実行犯であり、実験を行っていた人物あるいはその組織である可能性が高い」
「次に、ここ最近頻発している黒鉄とホワイトベルの構成員間の揉め事に、商工会職員が裏で糸を引いている可能性が出てきた。ここで重要なのは、この二つの件が同じ目的に向かっているということだ」
「黒鉄とホワイトベルの抗争ですね」
「そして、もう一つ同じように俺たちを争わせようとしている意図が見える事件が起こっている」
「……昨夜、黒鉄会の屋敷で起こった、アイシャ誘拐のことですね」
これ見よがしに星十字を掲げ、西洋人だけを揃えて黒鉄会を襲撃する。斬雄も口にしたことが、意図は見え透いている。
しかし、それは俯瞰の視点を得た彼らだからこそ言えることだ。一つの事件だけを狭い視野で見ていれば、引っかかってしまいかねない程度には徹底した誘導だった。
「同時期に起こった、目的を同じくする事件が三つだ。単なる偶然ではなく、繋がりがあると考えるのは自然な類推だろう?」
「……では、全て商工会が裏で手を引いていると?」
斬雄は視線を宙にさまよわせ、クローディアの方を向き直る。
「残念ながら証拠はない。細かいところはこれから調べる予定だったんだがな……」
アイシャが誘拐されたことで、悠長なことは言ってられなくなってしまった。
「せめて昨日の青甲冑が誰かの目星がつけばいいんだが」
それを聞いたクローディアが少し考え込む様子を見せ、やがてゆっくりと口を開いた。
「私は地下室であの論文を見たとき、奇妙な違和感を抱きました」
「違和感?」
何の話かわからず、斬雄は首を傾げつつも、続きを促す。
「ええ、何かあるべきものがなかった違和感です」
それは孤児院地下の実験室でのことではない。
「あなたの話を聞いていて、ようやく私はその違和感の正体に気がつきました。……論文にはアイシャのラストネームも書かれていました」
始原武装の適合者とするため、選別された特別な血筋。
「アイシャ=リアブラト、私はこの氏を持つ家門を一つしか知りません」
その答えは斬雄も当然知っている。
「……クライシュ帝国リアブラト王朝」
「七年前のニンアンナの大火にて行方不明となり、後に死亡と認定された帝国皇女、それこそが彼女の正体です」
七年前、クライシュの皇太子が暗殺され、それを皮切りに起こった貴族間の暗闘はやがて、帝都ニンアンナが火の海に包まれる大事件へと発展した。それこそがニンアンナの大火。
「アイシャ・リアブラトの生母は、クライシュ帝国第一皇妃です。私がそのご尊顔を拝見したのは一度でしたが、改めて見れば彼女はかの皇妃の容貌によく似ています」
「……そういえば商工会にはこの都市に来る前まで、長らくその第一皇妃の護衛を務めていた男がいたな」
「ええ、しかし、彼はアイシャの顔を見ても何も言いませんでした」
その男の名はオルランド・スパーダ。現商工会長。
◇
「なるほど、お前らが今日、俺を訪ねてきた理由はそれか」
クローディアの話を聞き、オルランドは面倒なことになったとばかりに大きく息を吐いた。
「俺を疑っていると」
その仕草と表情はあくまで自然体のままだ。疑われてもなお、泰然としている。それは犯人ではない故か、それとも尻尾を掴まれるわけがないと思っているのか。
「確認します。なぜアイシャを見たときに何も言わなかったのですか?」
「……気がつかなかったんだ。確かに言われてみれば、そっくりかもしれない。だが、アイシャ皇女殿下は亡くなられたと思っていたし、そもそも俺が護衛を務めていたのは七年前だ。当時の皇妃殿下とも、皇女殿下ご自身とも、今の彼女は年齢差がある。他人の空似とすら思わなかったが、まあ、情けない話、あのときのことは思い出さないようにしていたんだ。苦い思い出でな」
オルランドの表情には苦渋が浮かんでいる。その様子、言動に不自然さはなかった。
「それに一度とは言え、皇妃殿下を拝見しているお前もその正体には気づいていなかったんだ。俺を責める謂われはないんじゃないか?」
「それでは黒鉄の若頭が見つけた、商工会の関連性はどう説明しますか?」
オルランドはその問いを鼻で笑う。
「さっきお前自身も言っていただろう。黒鉄、ホワイトベルはどちらも商工会に属している商会だ。それが商工会と関わりがある場所で接点を持つなんて、至極当然の成り行きだ。確かにレゼットリでハリカが働いていたことを始めとして、いくつも偶然が重なって、共通項ができたように見えるかもしれない。だがな、偶然がいくつも重なれば、それは必然。そんな馬鹿な話はない。疑う気持ちはわかるがな。偶然は偶然だ」
肩を竦めて、話はもう終わりだと結論を告げる。
「面白い推理だったが、どれも根拠がない。三文小説のシナリオとしては悪くないがな」
「そうですね。私もただ推理を披露するために、ここに来たわけではありません」
オルランドの皮肉を、クローディアは微笑みすら浮かべて、正面から受け止めた。証拠がなければ追い詰めきれない。それはわかっていたことだ。クローディアは懐から一枚の紙を取り出す。独特な模様が墨によって描かれた呪符だった。
「それは、東洋の呪符か?」
「はい。これは割符だそうです」
「割符?」
「指定の人物の心意に反応して、書かれた模様と、対になる模様が光るという仕組みになっています。黒鉄の若頭が諜報員と会う際に、本人確認のために使用しているものだそうです」
オルランドが訝しげな表情を見せる。なぜ彼女がそんなものを持っているのかもそうだが、なぜこの場で取り出したのかがわからなかったからだ。
「ところで、昨夜、我々が悪魔と出会ったのと同じように、事件に遭遇した者たちがいます」
呪符についてはそれ以上触れず、クローディアは話を切り替える。
「黒鉄会です。彼らは謎の集団から襲撃を受けました」
「……それで?」
「ええ、その際に、黒鉄の若頭は敵の頭目と思しき人物と戦っています」
「何か特徴でもあったのか?」
「いいえ、見たこともない青い全身甲冑に身を包んだ者だったとのことで、手がかりになる証言はありませんでした」
そうだ、証拠などあるはずがない。だが、対面に座るクローディアの揺るぎない視線は、結末に向けて一直線に突き進んでいた。オルランドは嫌な予感がした。
「敵から得られた情報はないに等しい。しかし、敵と接敵した黒鉄の若頭は、相手に情報を与えることには成功した」
「情報を与えた?」
それはオルランドにとって予想外の言葉だった。情報を得たならばわかる。それがどんなものであれ、偶然と切り捨てることができる。しかし、与えたとはどういう意味か。
「彼は敵に最後の打撃を加える際、その衝撃を通して、この呪符の対となる模様を相手の身体に刻み込んだ」
それは魔法陣の応用。鎧内部の微弱なマナを衝撃波によって操作して、指定の刻印を相手に残す。呪符が起動しなければ目に見えることはなく、時間が経てば自然に消えてしまう、相手に何の害を齎すこともできない、子どもの悪戯書きのような代物。
クローディアが呪符をかざし、心意を込める。
「近距離でなければ動作しないようですが、この距離ならば当然有効です」
刻まれた模様が発光する。呪符ともう一か所、オルランドの脇腹付近。衣服の繊維の隙間から光が漏れ、煌々と呪符の対となる刻印が浮かび上がる。三つの事件の内、アイシャを攫った犯人が誰なのか。その刻印がはっきりと示していた。
「くくくく」
オルランドが下を向いて笑う。彼は昨夜のことを思い出していた。最後の一打。織り交ぜていた不発と思われた魔術。しかし、それはそもそも攻撃ではなく、敵を追い詰めるための証拠を刻み込むものだったということか。舌打ちして失敗したといった顔を見せたのも、手品に気づかれないためのブラフ。
あの小僧め、やってくれたな。とオルランドは胸中でぼやいた。




