5-1.そして、宴は始まる/The beginning of the end
一方その頃、商工会本部はとある客人を招き入れていた。
会長の執務室で、オルランドと客人であるクローディアが対面に座っている。彼女の後ろには四人の人物が控えていた。
エルヴィスとマルセル、白スーツにハットを深く被った男、獣人の男だ。
ハットの男はサングラスを掛けているため、その容貌はよくわからなかったが、服装からホワイトベル・ファミリーの人間と思われた。
獣人の男は、連合の諜報部隊である“灰犬部隊”を束ねるカイ・グローマンだ。頭上からはその髪色と同じ灰色の狼の耳が、仙骨の少し上辺りから尻尾が生えている。
「それで、今度は何があった?」
突如として面会を求めてきたクローディアの張り詰めた空気に、只事ではない雰囲気を感じながら、オルランドは話を促す。
「そうですね……どこから話すのがいいでしょうか」
そう言いながら、クローディアは昨夜の記憶を思い出していた。
◇
孤児院での一件があった日の夜、クローディアは私室で一人、思索に耽っていた。傍らには押収したレポートの一部がある。
ホワイトベルの屋敷に戻った彼女は、捕らえていた二人組から情報を引き出そうと地下牢へ向かった。そこで見たのは、すでに事切れた二人組の姿だった。死因は毒物で、現場の状況から、自害ではなく他殺と推測された。あまりにも露骨な口封じ。
その表情は静謐さを保っていたが、唯一の情報源を失った苛立ちが滲み出ていた。
「お嬢、夜遅くにすまねぇ」
ノックと共に扉の向こうから聞こえてきたのは、カイの声だった。
「どうかしましたか?」
「うちの部下が侵入者を捕まえてな。ちょっとどうしたもんかと思ってよ」
その声音には、困惑したような雰囲気が滲んでいる。
クローディアは首を傾げる。他の構成員ではなく、カイが率いる灰犬部隊が捕まえたということは単なる侵入者ではなく、他勢力の諜報員やそれに類する存在だろうが、そういった場合は尋問や処理をカイの判断で行い、事後的に報告が為されるのが常だった。彼がどう対処をするか聞きに来るというのは今までなかったことだ。
「わかりました、入って構いません」
不思議に思いながらも、クローディアは入室を許可する。そして、カイが扉を開けると、彼の横には一人の男が立っていた。縛られているようで、不自然に手を後ろにやっている。
「よぉ、邪魔するぜ」
そう不敵に笑うのは彼女もよく知った顔だ。黒い髪に切れ長の目、抜き身の刃を思わせる風采。黒のスーツとカットシャツに、赤いネクタイを締めているが、顔立ちは東洋人のものだ。
「黒鉄の若頭、あなたがなぜここに?」
斬雄は、常とは異なり、腰には刀を佩いていない丸腰だった。彼は散歩のような気安さで、そのまま部屋の中に入る。
「カイ」
「俺も何がなんだか、びっくりだよ。うちの部下が黒鉄の若頭を捕らえたって聞いたときは何の冗談かと思ったぐらいだ」
「俺の隠形を見破るとは優秀な部下だな」
「わざと捕まったくせによく言うぜ」
斬雄が見つかったのはこの屋敷の屋根の上だった。彼は他のファミリーの構成員に見つからない程度には気配を消し、何をするでもなくカイの部下に見つかるのを待ち、見つかるや否や、即座に両手を上げておとなしくお縄についた。
これを見破ったと表現するのは厚顔が過ぎるというものだ。
「俺がここに連れてくるところも含めて、あんたの筋書きなんだろ?」
「刺客と間違われて斬られちゃ敵わんからな」
「そりゃあ違いない」
斬雄とカイがくつくつと笑い合う。何となく馬が合っているらしい二人の様子を半眼で見ながら、クローディアは口を開いた。
「それで、私に一体何の用ですか?」
斬雄は一転、真剣な表情になる。
「アイシャが攫われた」
その言葉にクローディアが目を見開いた。
「……犯人の目星は?」
「今のところはまだ。指揮官と思しき奴は青い全身甲冑を身につけて、馬鹿デカい大剣を持っていたが、顔は確認できなかった」
青い全身甲冑、大剣使い、さらに黒鉄会を出し抜いてアイシャを攫い遂せる程の実力者。クローディアにも特に心当たりはなかった。
「一応、下手人の何人かは捕らえて尋問はしているが、あまり意味はないだろうな」
「それはなぜですか?」
「そいつらは改めた限り、皆、西側の人間なのさ。実際の国籍は知らねぇが、人種的にはそうだ」
魔導革命以降、人の行動範囲は爆発的に増えたが、それでも各地に居住する人種には偏りがある。例外は勿論あり、その判断方法が正しいかはさておき、概ね人種と出身地は等しいと判断するのが常識だった。
「それに星十字が入った装束を着ていた。結論は明らかだろう?」
「……連合、いえ、ホワイトベルが彼女を攫ったと?」
クローディアが厳しい眼差しを斬雄に向ける。
対する斬雄は眉頭を引き上げ、深く息を吐いた。
「違う。そう見せかけようとしてるのが明らかだと俺は言っているんだ」
「それは……」
「その辺りの擦り合わせをしようと思ってきたんだが、どうにも雰囲気が物々しいな」
クローディアたちだけではない。この屋敷全体が、まるで戦闘を前にしたかのような、ピリピリとした緊張感に包まれていることを、斬雄は感じていた。
「何があった?」
斬雄の問いに、クローディアはしばし迷う様子を見せるが、一度目をつぶり、再び目を開いて話し始めた。
悪霊騒ぎ、孤児の集団失踪事件のこと。孤児院の地下にある実験施設とアイシャについて。そして、そこにあった九代目不知斎の名が書かれた文書について。
「九代目不知斎、そう来たか」
全てを聞いた斬雄は苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「地下の実験室はかの不知斎のものだと思いますか?」
その問いに斬雄は首を横に振った。
「わからん。やらないと断言できるような男ではないがな」
「そうですか……」
クローディアが手近にあった椅子に腰かける。そして、ひと呼吸おいて口を開いた。
「……一つ、疑問に思っていることがあります」
「疑問?」
「孤児院に辿り着いたのは、悪霊騒ぎを調べていた件が発端だと言いましたね」
「素竜子に残った悪霊の残滓だったか? そこから孤児院に目をつけたんだったな」
「ええ、ですが、それはおかしい」
「おかしい?」
斬雄は少し考え、彼女が言わんとしていることを察する。
「……そもそもなぜ悪霊騒ぎが起こったのか、だな」
クローディアが頷く。しかし、横で聞いていたカイが話についていけず口を挟んだ。
「いや、そりゃ、悪魔が発生したからでしょ?」
「もっと根本的な話だよ」
「根本的な話?」
カイが首を傾げた。灰色の毛並みの尻尾が首とは反対側に揺れる。
「なぜ悪魔を孤児院の地下ではなく、その外で生み出したのか、です」
そのクローディアの言葉を聞いて、カイも二人が何を問題にしているのかに気づく。
それはもっともな疑問だった。悪霊、悪魔に関する研究は多くの国で法によって禁じられている。孤児を悪魔に変える実験、そのような後ろ暗い研究は徹底的に隠すのが普通だ。
では、なぜ今回それとは真反対のことが行われたのか。
「一応、確認だが、悪魔を生み出す条件に関係があるわけではないんだよな?」
わかりやすい理由としてはそれが考えられるだろう。斬雄が確認のために口にする。
クローディアは違うと頷いた。
「悪魔をどうやって生み出したか、その手法は研究資料から確認できています。しかし、それは場所を特に選ぶものではありません。街中で噂になるような方法を取る必要はまったくない。これではただただバレるリスクを背負っただけです」
斬雄がそれを聞いて暫し思案し、口を開く。
「とすれば、発想を逆転させればいい。悪霊騒ぎを起こすこと、それによって耳目を集めることは、その目的ないしはそれを達成する手段として有効なものだった。それはつまり……」
クローディアが頷く。その目的は何か。それを導き出すには耳目が集まって起こる出来事を考えればいい。二人は同じ結論に達していた。
「つまり、誰かにあの実験施設を発見させるために、あえてそうしたのでしょう」
「そしてそれは孤児全員の失踪というもう一つの目立つ事件が起こった事とも符合する、か」
「あの地下にはいくつかの論文やレポートがありました。しかし、そのどれにも執筆者の名前など書いてはいませんでした。にもかかわらず、わざとらしく不知斎の名前だけはあった。なぜそのようなことをする必要があったのか」
二人は互いの言葉を補足するように口を開き、論理を次に進めていく。
「施設を発見する者がいるとすれば、まず我々でしょう」
「次点で憲兵隊だが、少なくとも孤児の失踪があった時点では、ホワイトベルのシマでの憲兵隊の動きはかなり鈍かった」
「ええ、それもあり、事件があった際は、ホワイトベル・ファミリーが解決までの道筋を立て、必要に応じて憲兵隊に引き渡すという流れになることが多い」
そして、それは公然の周知。今回、コルマクたちが先んじて悪魔に襲われたのは、クローディアがオルランドに対して逆の圧力をかけた結果故だ。とすれば、発見者として期待されたのはホワイトベル・ファミリーと推測できる。
「そして、発見が何者かの企図によるものであるならば、不知斎の名前が記されていることの意味は、誰を犯人としたいのかの誘導と考えることができます」
非道な人体実験の発見者がホワイトベルになることを期待し、その犯人を帝国と考えるよう誘導する。
「単に帝国の非道を訴えたい何者かの仕業かもしれませんが、それにしては迂遠に過ぎます」
本当にそうしたいのであれば、直接、件の資料を持ってホワイトベルに駆け込めばいいだけだ。ではなぜそうしなかったのか。
「人間ってのは同じ結論でも、他人から聞いた話よりも、自ら辿り着いた結論の方により強く固執するものだからな。言い方を変えれば、間違いに気づきにくい」
自らの思考に対する盲目。自己の思考を疑うことは、言葉にするよりも遥かに難しい。思考とは、人生において、暗い海の中に光る灯台のようなものだ。それが間違いだった場合、容易く船は行動の指針を見失ってしまう。自らの先行きを示す明かりが儚い幻影だとすれば、何を標に進めばいいのかすら不確かになっていく。人はその苦痛に耐えられない。それ故に、人は無意識に自己の結論を補強する証拠を注視し、それ以外の可能性に目を瞑ってしまう。その始まりの直感が、所詮は何となくの第一印象に過ぎないことにすら気がつかなくなってしまう。
「事実の追求ではなく、感情の誘導を優先する動き。私はここに善意を感じ取れません」
「ああ、同感だ。そして、その結果、何が起きるかを考えれば、その真の目的もおおよそ見えてくる」
斬雄が導き出した結論を述べる。
「黒鉄とホワイトベルの抗争を引き起こす。それが目的の可能性が高い」
「おいおい、待てよ、お二人さん。その推測が正しいとして、そんなことをして誰が得をするってんだ?」
カイがそれに対して疑問を述べる。
真っ当に考えるならばいるはずがない。黒鉄とホワイトベル、双方に恨みを持つ勢力は大小数多くあるだろうが、下手をすればその当人が抗争に巻き込まれて踏み潰される可能性だってあるのだ。わざわざ自分の家の上で大怪獣を暴れさせようとするものはいないだろう。
「動機は……まあ当人たちに聞くしかないだろうな。それに最悪それは解決しなくてもいい」
動機が不明でも、その目的を阻止することができればいい。故に斬雄とクローディア二人は、わからない動機については保留し、さらに思考を進めていく。
「まず片づけるべきは、それが誰なのかだ」
「黒鉄とホワイトベル間の争いを企てようとする人物あるいは組織と、孤児やアイシャを誘拐して実験を行っていた組織は別と考えることもできますが、今回は同一と想定していいでしょう」
「今回の件まで一切の尻尾を掴ませずに暗躍していた組織だからな。その情報をわざと表に流せる存在がいるとすれば、その当人たち以外にいないってのは妥当なところだろう。ちなみにその組織内部の裏切り者って線はどうだ?」
「それも疑わしいでしょう。一部の人間が離反したにしては、動きがスムーズすぎます。実験室はつい最近まで使われていた痕跡があったにも関わらず、関係者だけが煙のように消えている。もっと大きな組織の、一セクターが離反したという可能性もありますが、いずれにせよそのセクターは一丸となって動いていることは間違いないでしょう」
「ならその方向はひとまず捨てていいか」
一応の確認だったのだろう。クローディアの説明に、斬雄はあっさりと頷く。
「それで、下手人は誰なのか、だが……」
ごくりとカイが唾を飲んだ。
「わからんな」
「わかりませんね」




