4-4
襲撃者たちが引き金を引くたびに、魔導回路によって制御された、弾丸を生成し、高圧のガスにより射出する内部機構が作動する。ガスが放出される際の重い破裂音が何十発と宵闇に響き渡り、鳴子の体めがけて間髪入れずに放たれた。
それら全てが鳴子に届く前に、中空に静止する。
氷で出来た透明な花弁、それが鳴子を守る盾となっていた。さらにそれを生み出した冷気が物体の運動エネルギーを減じさせる。
――断崖氷花
それは減速と氷の障壁による二重の守り。
だが、襲撃者たちはそれにも構わず冷徹に銃を撃ち続ける。
無尽の弾丸が氷の花弁を少しずつ穿ち、押し込んでいく。
「ごふっ」
鳴子が再び大きく血を吐いた。弾が当たったわけではない。彼女の腹部を貫いた傷は大きく、幸い心臓には達していないが、かなりの臓器が損傷していた。加えてその損傷は脊椎にまで及んでおり、今の彼女は立って戦うどころか、意識を保っていることすらおかしな状態だった。視界が霞む。全身を苛む激痛で、意識が朦朧とする。
一方、斬雄は屋敷の中で青甲冑と徒手空拳での戦いを続けていた。防戦に専念し、魔術による牽制を駆使しながら、青甲冑の剛力を受け流す。
「凌いでどうする?」
青甲冑が口を開く。
「増援に期待しているのか?」
それはどこか嘲弄するような声音だった。
「無意味だ。直にあの銀髪の女は死ぬ」
その言葉に斬雄の眉間がぴくりと動く。弱所を見つけたとばかりに青甲冑は言葉を連ねていく。
「もう一人の女もな」
屋敷の中から怒号と悲鳴、銃声が聞こえてくる。襲撃者は他にもいるらしく、黒鉄の屋敷のあちこちで戦闘音が響き渡っていた。
「そして、黒鉄斬雄、お前もだ。何も守れず、お前はここで死ぬ」
青甲冑はその音を背に、言葉によって斬雄の心を折ろうとする。
「女たちの様子が気になるか?」
心を揺さぶるためかけられたその言葉に斬雄は軽く「は。」と息を吐く。
「いや、全く」
それは半分嘘だった。しかし、それはおくびにも出さず、淡々と拳を受け流す。
「お前、なんか勘違いしてるだろ」
そして、青甲冑の見当違いに、意趣返しの笑みを浮かべる。
「俺がなぜあいつらをカシーヤに連れてきたかわかるか?」
旭花帝国では男女同権運動が進んでいるが、未だに軍事においては男性優位の思想が根強く残っていた。それ故、斬雄の側近として侍る彼女たちのことを、便女と侮る者も少なくなかった。中には斬雄の情婦と嘯く者さえいた。
だが、そんな馬鹿な連中も、誰よりも先陣を切って戦う彼女らの姿を見れば、その恥知らずな口を噤まざるを得なくなる。
「単純に他の誰よりあいつらが強いからだ」
その眼には一切の揺らぎがなかった。
「あいつらは守られるなんて女じゃねぇよ」
もう半分の本当。黒鉄斬雄は、彼女たちが磨き上げた力と精神が、この程度の逆境で折れるものではないと知っている。
「オラァァァッ! こんな玩具で私が殺せるかよ!!」
庭先の方から見知った女の雄叫びが聞こえてくる。
「お前ら! こんな豆鉄砲に押されてんじゃねぇぞ!!」
「いや、これを正面から受けられるのは姐さんだけですよ!」
さらに態勢を立て直した黒鉄会の構成員たちが襲撃者相手に反撃を開始する。
斬雄が唇の端を少しつり上げ、不敵に笑った。
「どうやらお前の当ては外れたようだな?」
青甲冑がちらと横目で玄関口の方を見た。
そこには床にへたり込む鳴子と、全身を凍結させられ、戦闘不能になった配下たちの醜態があった。
「……」
無言の苛立ち。そんな青甲冑のもとに、屋敷の壁を突き抜けて朱奈が現れる。
「見つけたぜ、クソ野郎ッ!」
その手には彼女愛用の斧が握られている。そして、天井を破壊しながら、一直線に青甲冑に向けて振り降ろした。木屑が降り注ぎ、土煙が視界を妨げる。
青甲冑は朱奈の一撃を最小の動作で躱す。そして、カウンターを決めようと拳を握り込んだ。
その瞬間、朱奈に意識を向けた間隙を縫うように、斬雄が青甲冑の懐に潜り込む。
「胴ががら空きだ」
その掌底には何らかの魔術が練り込まれていた。無手の斬雄では自らの鎧を破ることはできない。それは青甲冑の心中にわずかにあった油断によって生じた隙だった。
衝撃波が突き抜ける。
しかし、何の魔術も発動しなかった。
「チッ」
「……ふん、不発か」
集中を欠いたのか、それとも何らかの条件を満たさなかったのか。いずれにせよ青甲冑が受けたのはただの練り上げられた身体強化による掌底だった。それ自体は素晴らしい一撃だったが、彼の鎧を貫くことはできていない。
「目的は達した。貴様らに用はない」
「ぐっ」
そう言った青甲冑の拳が斬雄のボディに打ち込まれ、弾き飛ばされる。そして、朱奈を無視して、青甲冑は一直線に玄関口へ走り出した。
その先にはアイシャを拘束する襲撃者の姿があった。
「クソッ、陽動か!」
朱奈がそれを追走するが、アイシャを拘束していた襲撃者が立ち塞がる。彼女は斧の一振りで襲撃者の体を両断する。
しかし、その合間に自らの剣とアイシャを回収した青甲冑は、闇夜に紛れて消え去っていた。
後に残されたのは戦闘によって残骸となった黒鉄の屋敷のみだった。
◇
翌日、黒鉄の屋敷は騒然としていた。昨夜の襲撃者を改めたところ、いずれも星十字の刻まれた紋様の描かれたローブを身に纏い、その顔立ちは西洋人のものだったことが判明したからだ。血気盛んな者たちがホワイトベルの襲撃だと騒ぎ立て、それに多くの者が感化され、反撃を企てていた。
「兄さん方、待ってくだせぇ! 若の指示も聞かずにカチコミなんて!」
「馬鹿野郎、ゴドー! 銀鏡の姐さんは意識不明の重体、昨日の件で、死んだ奴もいる! これで指くわえて見てたんじゃ、帝国男児の名折れだ!」
ゴドーがなんとか押しとどめようとするが、その勢いは収まりそうにない。
「お前ら、そんなに騒いでどうした」
そんな彼らのもとに斬雄が現れる。頭の傷は治癒魔術によって完治していた。その後ろには朱奈が控え、鳴子の姿はない。
彼女は黒鉄会の医療班が全力を挙げた事で、一命を取り留めていたが、負った傷が傷だ。未だ目を覚ましていなかった。
「若! ホワイトベルの奴らに目に物見せてやらなきゃ、こっちの面子が丸つぶれです!」
斬雄の姿を認めた黒鉄の構成員たちが、彼に詰め寄った。
「そやつらの言う通りだ」
さらに彼らを囃し立てていた五輪が横やりを入れてくる。
「ここで反撃せず、弱腰と見られたら、ホワイトベルの奴らは益々付け上がるだろう。今度は市井の者が狙われるかもしれん。戦争しろとは言わんが、報復はするべきだぞ、斬雄!」
「……何度も言っていることですが、伯父上、あなたに指揮権はありませんよ」
「なればこれは貴様の責任問題となるぞ、と言っておるのだ!」
斬雄は溜息を一つ吐いた。そして、いきり立つ黒鉄会の構成員たちに向き直る。
「勘違いするな。何も俺は昨日の下手人を放っておくとは言ってねぇよ」
そう言って、斬雄は手に持った刀を皆に向ける。
澄み渡った薄緑の、見事な螺鈿細工の施された黒鞘に納められた刀だった。
白藤國次。名工・茨木國次が黒鉄逸刀流の開祖のために打ったとされるその刀は、旭花帝国の歴史において最も優れた刀剣と謳われし、“天下五剣”の一振りに数えられる、国宝級の名刀だ。
いわば黒鉄逸刀流、旭花帝国の威信を示すそれを、斬雄が抜いた姿を見た者はいない。長い付き合いでもある本国の者たちですら。
「おお、若! それでは!」
それを見て、彼らは鼻息を荒くする。斬雄が白藤國次を持ち出したことに、戦う覚悟を感じ取ったからだ。
「落とし前はしっかりとつけさせる」
面子の問題はあるが、それ以上にアイシャが攫われている。斬雄は一度、庇護すると決めた自分の意思を翻すつもりはなかった。
故に戦うことはすでに決定事項だ。そして、そうであるからこそ、問題になることが一つ残っていた。
「だが、その前に話しておくことがある」
「……話? それは一体何を?」
前のめりになっていた黒鉄の構成員たちが、その言葉に出鼻を挫かれた顔をする。
斬雄は、そんな彼らの、地に足がつかない様を諫めるように睥睨し、ゆっくりと口を開いた。
「決まってるだろ。俺たちが誰に落とし前をつけさせるか、だ」




