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竜星は廻る。  作者: 雅也
序.連理の剣を持ちて比翼は舞う

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21/45

5-4

「な、なんだありゃ!」


 黒鉄の屋敷から北西の方角が光る。白い閃光が都市上空を南東方向に貫いた。その光は三日前の夜、クローディアの魔法剣が放っていたものに酷似している。


「来たな」


 オルランドと事を構えるにあたり、一番避けなくてはならないのは、黒鉄とホワイトベルが潰し合う状況になってしまうことだ。故にクローディアと話した夜の後、斬雄がまずしなければならなかったことは、黒鉄会の統制を取ることだった。


 とはいえ、それでいきなり黒鉄とホワイトベルが同じ轡を並べて共闘と言われてもうまくいくはずもない。


 加えてそれなりの根拠があるとはいえ、オルランドが外れの可能性もあった。


 そうなったときに残るのは、戦闘準備が完了した敵対関係にある二組織ということになる。それでみすみす敵の思惑通りになっては、本末転倒もいいところだった。


 故に二人は共闘ではなく、戦うべき敵がはっきりしてから、互いを敵と見做さない不可侵という形で戦闘を開始する段取りで行動することとした。


 オルランドが素直にお縄につく可能性、オルランドが犯人ではない可能性、それ以外の犯人と遭遇する可能性など、他にも幾つかのパターンは検討していたが、商工会方面から放たれた閃光を見て、当初に考えていた流れで進んでいると斬雄は判断する。


「若様」


 その傍に青白い顔の男が現れた。


 男は赤の単と袴に、黒を基調とした両脇が空いた構造の上着を羽織っている。狩衣姿にも似ているが、伝統的なゆったりとした形ではなく、より現代的でスマートな印象のシルエット。


 彼は黒鉄会に所属する陰陽師だった。


「アイシャの位置は特定できたか?」


「いえ、何度か探りましたが、やはり見つかりません」


 占術、それは大地を通して素竜子の動きを観測する魔術の一種だ。そして、生物の肉体に在る素竜子は、指紋のように個人差のある波形が存在している。それを探ることで、彼ら陰陽師は、遠隔地から特定の人物の所在を把握することができた。その探知網は都市全域に渡る。


 斬雄は昨夜の襲撃の後、彼らにその力でアイシャの行方を探らせていたが、その成果はあまり芳しくなかった。


「都市外部に出た可能性は?」


「若様のご指示の通り、都市内外への移動については特に目を配っております。絶対は申せませんが、未だ内部にいる可能性が高いかと」


「占術で探れないとなれば、何らかの方法で隠しているのか、それとも地脈近くにいるのか」


 地脈とは、地に眠る竜血が通る道を差す言葉だ。占術は素竜子を観測するという特性上、多量の素竜子が流れる場所程、探りにくくなるという欠点があった。


「一つ気になる箇所がございます。ホワイトベルの領域近辺にあった地脈ですが、その中心地が数日前より別の場所に移動しております」


「……地脈が動いた?」


 地脈とは自然の在り様であり、人の手でどうこうできるようなものではない。山河のように、災害の影響や、長い時間を経て、形を変えることがないわけではないが、一夜にして動くというのは、同様にあり得ないことだった。


「いや、地脈に相当するものが動いたと判断するべきか」


「それ程の素竜子を有するものは世界に二種しかございません」


 一つは始祖──太古の超常生物。そして、もう一つはその力を宿す遺物。


「……始原武装、か」


 斬雄の言葉に陰陽師の男は頷きを返す。


「その移動した先は?」


「商工会本部施設です」


 ホワイトベルの縄張りから商工会本部へ。クローディアから昨夜聞いた話を考えれば、移動したのはおそらく、実験に使用されていた始原武装ヘテルツォラシュだろう。ならばその適合者であるアイシャもそこにいる可能性は十分にあった。


「我々が突入して、確認しますか?」


 陰陽師の男の言葉に斬雄は首を横に振った。


「いや、お前らは引き続き都市の出入りを見張り続けろ」


 敵の全容が見えない以上、下手に動いて都市の外に連れ出される方が厄介だ。オルランドを倒し、憲兵隊の力を借りて商工会本部を捜索する。それが現状の最適解だと斬雄は判断した。


「……」


 斬雄が男の伺うような視線に気がつく。


「どうした?」


「本当にオルランド・スパーダと事を構えるつもりですか?」


 その問いに、斬雄は眉間に皺を寄せた。


「……我々とホワイトベルの抗争を引き起こさんとする彼らの動きは不気味ですが、オルランド・スパーダを相手取るリスクは避けるべきです。聞きしに及ぶ武勇が真実ならば、かの男の力は“星将”に匹敵するものでしょう」


「帝国最強の“十二星将”と同等か。対峙した印象では、そう外れた前評判でもなさそうだったな」


 オルランドの隙のない佇まいとその覇気を斬雄は思い返す。


「まあ、はっきりと言えば、俺たちより格上だ。数の利程度で立ち向かうには確かに心許ない相手だな」


「対峙するにしても、本国からの増援を待ってから。という方法もあるはずです」


「だが、おそらく敵が連れ去ったアイシャを素直にこの都市に留めて置く理由はない。今はお前ら陰陽師を総動員して、都市周辺の出入りを見張らせているが、その体力だって無限じゃない」


 この状況を維持し続けるのは後一日が限度だろう。


「時間は俺たちの味方じゃない。二の足を踏めば、二度と取り戻す機会は訪れないかもしれない。だが、少なくとも今なら、アイシャはまだ手の届く範囲にいる」


「たった一人の少女のためにリスクを背負うというのですか?」


「ああ、命を賭けるには十分な理由だ」


 迷いのない言葉。しかし、少し間を置いて、斬雄は深く目を瞑る。


「それに戦う理由はそれだけじゃない」


 命を賭ける理由として不足はない。


 だが、それはあくまで自分の命の話だ。


 部下の命を自らの私情で散らせるつもりはない。


「もしアイシャを通して、始原武装が戦略兵器として運用し得る状況だとすれば、戦局ではなく戦争それ自体を左右し得る兵器の所在が、彼女と共に消えることになる。それは決して看過できない」


「しかし、今集まっている証拠だけでは、戦闘を行う根拠が弱いのではありませんか?」


「部隊を動かす名目なら民間人の保護でいい」


「……恣意的な指揮権の解釈は腐敗の温床になり得ます」


 男の言っていることは正しい。非合法な作戦行為はあれど、それを無作為に行うことは、また別の危険性を孕むことになる。そういう観点で言えば、ここ最近の黒鉄とホワイトベルの諍いもまた、その萌芽の一つと言えた。


「わかっている。全て承知の上だ」


 最小の犠牲どころか、必勝すら約束できない命令など、指揮官としては下の下だ。


 しかし、始原武装を放置すれば、それが如何なる災厄を齎すかは想像もつかない。


「それでもやる必要がある。そう判断した。全ての責は俺が取る」


 斬雄の強い眼差しを受けて、男は恭しく頭を下げた。


「若様、差し出がましいことを申し上げました」


「いや、言いにくいことを口にできるのがお前の美点だ、景充(かげみつ)」


 二人はそれ以上何も言わず、景充と呼ばれた男は闇に溶けるようにその場を立ち去った。 そして、斬雄は閃光が放たれた方角を見て騒然としている構成員たちの方に向き直る。


「お前ら、さっき説明した通りだ」


 黒鉄会の者たちは未だ混乱の只中にあった。すっきりとホワイトベルは敵ではないと飲み込めたわけではない。


 しかし、彼らの本質は軍人だ。いくらこの地で、規律から幾ばくか解き放たれようとも、戦場で指揮官に逆らう愚を知らぬ者など一人もいない。


 それが信を置く上官が相手ならば猶更だった。


「敵は商工会会長オルランド・スパーダ。昨日の落とし前をつけさせるぞ」


 ――黒鉄会の敵は定まった。


 黒鉄の屋敷から斬雄を先頭に、武装した集団が移動を開始する。その物々しい雰囲気に、町民たちは様子を伺いながらも、何かが起こる予感を抱き、建物の中に退避し始めた。


◇


 商工会本部に向かう道中、人気(ひとけ)のなくなった通りで、斬雄たちの前に一人の女が立ち塞がった。


「お前は……」


「こんにちは、黒鉄斬雄さん」


 それはおさげ頭の受付嬢ハリカ・ナジャールだった。以前見たおどおどとした様子は微塵もなく、彼女は悠然とそこに立っている。後ろにはローブを被った影が二つ控えていた。


 そして、ハリカの背後には、大通りを歩くには、似つかわしくない棺桶が置かれていた。


「どこに行かれるのですか?」


「決まっているだろう? お前らのボス、オルランドのところだよ」


 その言葉を聞いたハリカが目を伏せる。


「そう、残念ね」


 口調が変わる。ハリカは眼鏡を投げ捨て、おさげをほどく。それだけでガラリと印象が変化する。朴訥とした少女から、冷酷な暗殺者へ。


 女の周囲にローブ姿の影たちが舞い降りる。通りを塞ぐように、ずらりと並んだ彼らのローブに描かれるのは、風魔竜クラルクロクラムへの信仰を示す渦巻く風の紋章。手には特化型魔導銃を携えている。もはや正体を偽る気はないようだった。


「俺たちの動きを読んでいたのか?」


「いいえ。ただ、ホワイトベルが商工会へ乗り込んだ動きから、私は念のためあなたたちの動きを監視するよう命じられていたのよ。黒鉄とホワイトベルの共闘なんて杞憂だと思っていたけれども、スパーダ様の懸念は当たってしまったようね」


 正確にはそれは読みというより、盤面がそうなることを避けた一手だった。オルランドにとって、いざ戦いとなった場合、最も避けたいことは黒鉄とホワイトベルを同時に相手取ることだ。


 故にそれが起こるかどうかは別として、可能性を排除せずに、足止めのための人員を配置しておいた。


 それはいくつもの戦場を渡り歩いた傭兵としての嗅覚だった。


 朱奈が一歩前に出る。


「まさかその程度の人数で私らを止める気じゃねぇよな?」


「ええ、勿論」


 そう言ったハリカの指先から糸が伸びる。その糸を引っ張ると、彼女の背後に控えていたローブがはだけ、二体の人形が現れた。様々な武装を内蔵し、戦局に応じた多様な戦い方を可能にする戦闘用絡繰人形。


 その人形を見た斬雄がぴくりと眉を動かす。


「そうか、ハリカ・ナジャール、お前が昨日の人形遣いか」


「ご明察」


 朱奈がポキポキと拳を鳴らしながら鼻で笑う。


「ハッ、だからどうした。人形一つで戦局が変わるってか?」


「変わるとしたらどう?」


 ハリカが艶然と微笑みを返す。彼女はさらに糸の一本を引いて、背に置かれた棺桶の蓋を開けた。


 棺桶の中に入っていたのは、女だった。


 烏の濡れ羽色の髪。艶(あで)やかな振袖姿。陶器のように白く滑らかな肌。


 その姿からは生気がまったく感じられず、死体のようにも見えた。


 否──。衣服の隙間から覗く球体関節。それは人ではなく、それを模した兵器、絡繰人形だった。


「まさか、それは……」


 斬雄はその人形を見て驚愕する。


「ふふ、知っているようね。旭花帝国において当代最高の人形師に与えられる雅号“不知斎(しらずさい)”、これはその歴代不知斎たちが人生の集大成として造り出すという“傑作人形(マスターピース)”の一つ」


 それは文化史の教科書に出てくるような代物だった。旭花帝国がその在り処を把握している傑作人形(マスターピース)は三つ。それ以外の五つは所在不明となっていたが、まさか海外にあったのか。と斬雄が驚く。


「三代目不知斎が生み出したこの人形の名は“雅姫(がき)”。歴代“傑作人形(マスターピース)”の中で、最も殺人に特化した殺戮人形(スロータードール)よ」


 人形が起動する。その金色の瞳が眼前の敵を見据える。


 その手が前方に向けられ、両腕から無数の刃が突き出た。そして、腕を中心に刃が高速で回転し始める。金属が唸るような振動音が響き渡った。


「総員! 散会しろ!」


 斬雄の号令と同時に、雅姫が一直線に突っ込んでくる。


 空気を切り裂くような摩擦音と共に、死の螺旋が振るわれた。


 それを迎え撃つように朱奈が斧を振るう。激しい火花と共に耳をつんざくような金属がひしゃげる音が聞こえる。朱奈の手に持った白鋼製の斧の刃先が木材のように削られていく。


 雅姫の空いたもう片方の腕が朱奈に向けられた。そして、その手のひらに空いた噴出穴から勢いよく炎が噴き出す。逆巻く業火が朱奈の全身を呑み込み、その勢いのまま広範囲の家屋を焼いていく。


「工藤、物部! 隊を率いて、住民を避難させろ!」


「はっ!」


 斬雄が配下に指示を飛ばす。ハリカの行動には周囲に配慮する様子がまるでなかった。一般市民への被害に一切頓着していない。迅速に雅姫を破壊し、ハリカを撃破する必要があった。


「清水、黒岩、新田、三井! お前らはあれの後ろにいる奴らの相手だ」


「はっ!」


 露払いは部下に任せ、雅姫に対峙しようとした時だった。


「斬雄!」


 炎の中から朱奈の声がする。鬼は高い生命力と火に対する耐性を有している。それ故、業火の中にあっても、軽度の火傷で済んでいた。


「ここは私が引き受ける! お前は先に行け!」


「だが」


「本命はオルランドだ! あいつさえ倒せば他の雑魚はどうにでもなる!」


 朱奈が迷いを見せる斬雄を叱咤する。


「わかった。ここは任せた」


 斬雄は頷いて、走り出した。


「行かせると思う?」


 ハリカが妨害のため、残り二体の人形を動かす。


 横切ろうとする斬雄に向かって、人形が曲刀を手に躍りかかった。


 同時、雅姫を振り切った朱奈の斧がその人形の一つを叩き潰す。刃は潰れているが、その重量による鈍器としては十分に機能する。


「行かせるんだよ、私がなッ!」

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