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カシーヤは大まかに行政機関と旧市街区が集中する北部と、工業区と商業区、新市街区の開発が進む南部に分かれ、南部は黒鉄が支配する東側と、ホワイトベルが支配する西側に分かれている。この南部の様態は都市行政がそのように取り計らった結果ではなく、それぞれの組織が後ろ盾となった商業施設が東西に分かれて発展していったため、自然とそうなっていったものだった。
その境界線は東西の境目に近づくにつれ薄れていき、数多の文化が混合した様相を見せる。だが、逆にそこから離れた、黒鉄とホワイトベルの本拠周辺は、同じ都市とは思えぬ街並みがそれぞれ広がっていた。
南東部の黒鉄の縄張りでは瓦屋根の帝国風の建物が立ち並び、着物姿の人々が闊歩する。そんな、さながら帝国都市のミニチュアのような一角の中心に黒鉄の屋敷はあった。
左右の柱に切妻屋根を載せた門が構えられ、四方を堀と塀に囲まれたその武家屋敷には、黒鉄会の多くの構成員が居住しており、若頭である斬雄の居室もまたここにある。その畳張りの、よく整頓された、物の少ない部屋は主の質実さを感じさせた。
「若、すいやせんでした」
商工会にて、騒動を引き起こした男、ゴドーが謝罪の言葉を口にする。
「ああ、気にするな。次、気をつければ良い。まあ、適当な罰は与えるが」
「へ、へぇ、なんでもしやす。俺は、若に取り立ててもらったっていうのに、迷惑かけてばっかで……」
彼は黒鉄会に所属しているが、帝国出身の人間ではない。カシーヤの裏通りの破落戸たち、その日暮らしのヤクザ者だった彼らに、斬雄は声を掛け、職を与えた。それによって、男たちは暴力と略奪、明日死ぬとも知れない身から脱却することができた。彼は斬雄に恩義を感じていた。
畏まった様子のゴドーに、斬雄は一瞬思案して、口を開く。
「確かに俺はお前の腕っぷしと度胸を見込んで黒鉄会に引き入れた。けどな、それだけじゃいけねぇんだ。お前は先を見なきゃいけねぇ」
「先、ですか?」
「そうだ。荒れた世界をまとめるにはどうしたって力がいる。だがな、そのまとめた後の世界ではそんなもんは邪魔でしかない。そして、俺たちはそういう世界を目指して活動してんだ。ならそうなった世界でお前はどう生きる? 今度はテメェの食い扶持を得るために力で騒ぎを起こすか? それじゃお前の人生は空虚なままだ。だからお前は考えなきゃいけない。先のことをな」
「はい」
斬雄の言わんとしていることをすべて理解したわけではない。しかし、彼が自身を案じ、真っ直ぐに向き合おうとしていることを感じ取ったゴドーは、恭しく頭を下げた。
「沙汰は追って下す。下がって良いぞ」
ゴドーがいなくなると、部屋の隅に控えていた女が愉快そうにくつくつと笑った。
「くくく、斬雄。柄にもなく説教か?」
──控えていたというのは正しい表現ではないかもしれない。女は豪放に肘をついて、横向きで寝そべっていた。
燃え盛るような荒々しい髪の、褐色肌の大柄な女だった。その髪色は毛先に近づく程に鮮明な赤のグラデーションを描いており、瞳は血のように赤かった。額からは二本の角が生えている。その角は作り物の類ではない。
“鬼人”、優れた膂力と生命力を誇る人種であり、それは彼女たちの身体的特徴だった。
伊吹朱奈。彼女は斬雄の本国にいる時から部下の一人であり、カシーヤへの派遣にも随行し、側近として仕えている。
「あはは~、似合ってないよね~」
朱奈の言葉を引き継いでもう一人の小柄な女が朗らかに笑う。
新雪のように白く透き通った肌、青みがかった銀髪はストレートに腰まで伸び、アイスブルーの瞳が悪戯げに覗く。帝国北部にある少数部族、“雪の民”の少女、銀鏡鳴子。彼女もまた朱奈と同様に斬雄の側近の一人だった。
そんな二人の揶揄いに斬雄は肩を竦める。
「表向きはどちらも商会だが、実際は帝国と連合の軍隊が睨み合っているようなもんだ。下手なことはしないよう釘を刺したんだよ」
「ふぅん? そういえば最近いざこざ多いよね~」
元々黒鉄とホワイトベルは相容れない間柄だが、長らく、互いに争うよりも、採掘地の開発を進め、自国に利益をもたらすことを優先する不文律が存在した。しかし、最近になって、その不文律に罅が入り始めていた。
「開発が進むにつれ、互いに良くも悪くも安定し始めたからな」
帝国と連合がこの地に進出したのはおおよそ七年前のことだった。以来、両勢力はこの都市での地盤を築くことに腐心してきた。旧勢力との折衝、開発に必要な設備投資、人的資本の投入、増加する人員を維持ないしは拡大するための流通網の構築。他のことに目を向ける余裕もない程に、やるべきことは端から湧いて出た。
しかし、それもすっかり落ち着き、盤石と言って差し支えない地位を確保するに至った。
それによって両者は、有り体に言えば、暇を持て余すようになってしまったのだ。それを示すように黒鉄とホワイトベルの間で起こった揉め事の件数は右肩上がりとなっている。
「今、この地で争いごとを起こすわけにはいかねぇ。やはり大事になる前に、手を打つ必要があるか」
そう斬雄はひとりごちる。
世界最大のエネルギー源の産地である、カシーヤの経済的、政治的重要性は言うまでもない。ここで起こった騒乱は必ず本国にも波及する。それが生み出す未曾有の混沌は水面下で、しかし、確実に蠢動していた。
◇
「ふぅ」
商工会でのいざこざがあった日の夜、残っていた仕事を片付けた斬雄は深く息を吐いた。居室には彼一人きりだった。そっと廊下へ続く襖を開け、周囲に人がいないことを確認する。
「さて」
斬雄はおもむろに箪笥の奥底から一式の服を取り出した。ストライプの入ったグレースーツに、同色のハットと丸い縁の黒いサングラス。それは旭花帝国ではなく、西方諸国連合でよく見る種類の装いだった。
斬雄は手早くそれに着替え、その上にこれまた西方製のコートを羽織る。
そして、窓から周囲の様子を伺い、外にも人影が見えないことを確認して、こっそりと屋敷を抜け出した。
そのまま誰にも見咎められぬよう裏路地を伝って移動する。彼が向かうのは、都市の南西部──即ちホワイトベルの縄張りだ。二つの縄張りは、東西に分かれているとは言うが、どちらも同じ都市の中であることに変わりはない。人の往来を規制するような法はなく、そこに暮らす者たちは当たり前に二つの区画を行き来している。夜半、人気の少ない時間であることもあり、斬雄は誰にも見咎められずホワイトベルの縄張りへと侵入する。
そうして、彼が真っすぐ向かった場所は、煌びやかなネオンが照らす歓楽街だった。ホワイトベルの縄張りの中でもかなり奥深い場所だ。さすがにここまで来ると東洋人の姿はほとんど見かけなくなる。しかし、一度入ってしまえば、彼が来ているのは西方の服だ。周囲の人間は誰も斬雄の方を気にする様子はなく、人の合間に溶け込んで、迷いなく歩を進める。
少しすると、街の空気が一変した。左右に見える店からは、ガラス張りの奥には下着姿の若い女たちの姿が見えた。そして、それを物色するようにうろつく男たち。娼館が建ち並ぶ通りだ。
その通りの一角に、その建物はあった。
周囲と比べて、一際大きなその娼館は、外壁だけを見ると、歴史ある邸宅のようでもあった。しかし、イルミネーションで彩られた看板と窓辺からの明かりが怪しく周囲を照らしている様は、どこか淫靡な雰囲気を醸している。
看板にはこう書かれている。“ノブレス・ローレル”。
その豪奢な娼館こそが、斬雄が人目を忍んでやってきた目的地だった。




