第8話 予感
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日々の授業は合同授業ばかりだった。
団子になっている大勢の平凡な生徒は、カリキュラムに沿って一度に教育してしまおうという方針なのだろう。200名ほどが集まる講堂に詰め込まれ、座学ばかりが続いた。
「――では、そこの君。ここに立って」
「えっ」
座学を受けていると突然、先生から指名された。水を出す魔法の基礎中の基礎を習っている所だった。
「今教えた通りに、水を出してみて。大丈夫。魔力がある人なら少しは出ます」
「え、えと……その」
多分、水は出せる。フォード家の広い屋敷の水やりが出来るくらいは。
しかしハンスからの助言を思い出し、手が固まってしまった。
決して目立ってはいけない。怖いミーシャに目をつけられてしまうから。
「で、できません……」
「……そう、ですか。もしかしたら、貴方は魔力が全くないのかもしれませんね。学費さえ払えば在籍の権利はありますが、平民のご両親の金銭的負担を考えると……非常に言いづらいのですが、この学校に長くいるのは好ましくないかもしれません」
「すっ、すみません」
「では、席に戻って下さい。――次の項目に移りましょう」
顔が真っ赤になっていると分かる。震える声で謝ることしか出来ない。
大勢の前で才能の無さを指摘され、暗に退学しろと言われてしまった。
私は少しだけなら、魔法が使えます。そう声を大にして言いたい。言いたいけれど、私の才能は所詮平凡以下。わざわざ無様を晒す必要は無い。けれど、でも、このままは嫌だ。
横から、上から、下から。クスクス笑いが聞こえてきた。大きなため息や舌打ち。
大勢から負の感情を向けられるって、こんなに辛いんだ。あぁ、ミーシャ1人だけなら、まだ耐えられたのに。このままずっと、誰かに蔑まれ続ける人生なの……?
――でも。
ミーシャが脳裏に突然浮かび上がり、心が震えあがる。彼女の悪意は誰よりも怖い。
出来る事なら彼女に関わらずに生きていたい。たとえ、周りから蔑まれることになったとしても。
矛盾した気持ちの整理が出来ない。
ぎゅっと瞑った目から、涙が零れた。
その零れた涙を拭ってくれる人なんか、いないのだ。
「あ、魔力無し女じゃない~。あんた、まだいたの?」
唐突に投げられた言葉のナイフ。それはいつも以上に私の心を深くえぐった。
俯いて立ち止まり中庭の芝生を見つめていると、金色のツインテールが覗き込んできた。
青黒い瞳は海の色。光も届かない闇の底。
「は?無能のくせに無視すんなよ」
「し、してない」
「何?口答えする気?調子乗るなよ。お前、何のためにここに居座るの?人から盗んだ金でよく生きてられるわね」
「ぬ、盗んでない!」
「黙れ!お前がフォード家の金庫を漁ったんだろ!?ここ最近ずぅっと、もう資産が無いって執事から口うるさく言われてんのよ!!お前のせいだろ!」
彼女の高いヒールが私の脛にぶつかる。白いブーツに黒い跡がついてしまった。
「ねぇ、早く消えなさいよ」
私の髪を引っ張り、ミーシャが低い声で言った。数人の仲間がニヤニヤ笑って見ている。
皆、彼女と同じ表情をしていた。
「い、痛いよ」
「早く言えよ。明日から消えますってさぁ!」
「……うぅ」
「……は?なにこいつ、泣いてるんですけど!」
もう嫌だ。嫌だ。嫌だ。どうして私ばかりがこんな目に遭うのだろう。
一体、私が何をしてしまったのだろう。それさえわかれば、絶対こうならないように努力するのに。
誰か教えてください。私はどうすれば、どうしていれば、良かったのでしょうか。
「失礼」
不意に、髪の毛を強く握る手の力が緩んだ。
ハッと上を見ると、髪の長い赤い女性がミーシャの腕を上品に掴んでいた。
女性の手を振りほどき、ミーシャは遠慮なく乱入者を睨みつける。
「あんた、誰?あたしは、この身分不相応の下民に躾をしていただけですけど」
「突然ごめんなさいね。わたくし、綺麗なものしか目に入れたくない質なんですの」
彼女は、クラリス・エンリーナだ。
クラリスは赤く整えられた爪で、ミーシャに触れられた部分をつぅとなぞる。彼女が動くだけで、薔薇の匂いが仄かに香った。
「はぁ?」
「わたくしの視界に美しくない振る舞いが目に入ってしまったから、思わず声を掛けてしまいましたわ。さぁどうぞ、わたしの目の前で彼女との対話を続けて下さる?そこの彼女は一体、貴女に何をしたのかしら?」
「意味が分からない。あんたは関係ないでしょう?早く立ち去りなさいよ」
「えぇ。わたくしは貴女と彼女にとって確かに無関係ですわね」
「じゃあ―……」
クラリスがミーシャの主張を認め、自身の勝利を感じ取ったミーシャが片方の口角を上げ勢いよく言いかけた――、その口をクラリスの細い指が制す。
「わたくし、貴女に醜い行いを控えて下さるようにお願いしているのですわ。誰しも、汚物を目にしたら掃除をしなければならないでしょう?見て見ぬふりはわたくしの信念に背く行いだわ」
クラリスの桃色の瞳が冷たく光る。
憤怒したミーシャが顔を赤くし、これでもかというくらい眉を吊り上げる姿を目にしても尚、彼女は涼し気な顔をしていた。気高いクラリスはミーシャに何を言われても響かない。そう確信した。
「お前……あたしを侮辱したのか」
「えぇ。わたくし、間違ったことを言ったかしら?」
「この――っ」
「あら。物騒ですわね」
ミーシャが力任せに水を発生させた。そのままクラリスに向かって勢いよく、人間1人分の大きさ位の水球が飛んで行く。
しかし水球が眼前に迫るまでクラリスは微動だにせず、前髪が水に触れた瞬間、どこからか扇を取り出し一振りした。
瞬時に辺り一面が氷に埋め尽くされる。圧倒的な実力の差だった。
ごとん、と凍った水球が地に落ちた。
「―――っ!」
「お粗末ね。この程度でわたくしに挑もうなんて」
「なっ」
「ご存じないようですわね。わたくし、ほんの少しだけ、魔術の心得がありますのよ」
遥かに上の実力を見せたクラリスが口元を扇で隠し、優雅に笑う。
すると息を白くしたミーシャの取り巻きが、あっと声を上げ、呆然とするツインテールに駆け寄った。
「ミ、ミーシャ様!!あの方は、クラリス・エンリーナ様ですよ!唯一、アルトリウス王子の婚約者候補である方で、貴族階級の中でも上位5位には入るであろうご身分です。そして何と言っても、非常に魔術に長けている方ですよ!」
「な、なによ。それ。知らないわよ!」
「ご挨拶が遅れましたわね。お初お目に掛かりますわ。ミーシャ・フォード嬢。わたくしはクラリス・エンリーナ。その御方のご紹介の通り、アルトリウス・ヴァンガーティ様の婚約者候補に挙がっている者ですの」
クラリスはスカートの裾を持ち、恭しくお辞儀をした。
「なっ、何でそんな方が、汚らわしい下民の肩を持つのよ!」
ミーシャが私を指差し、語気を荒げる。その行動にクラリスが隠すことなく眉を潜めた。
「残念ですわ。わたくしの言葉はひとかけらも届いていないのですわね」
クラリスは溜め息を吐いて、唐突に踵を返してミーシャに背を向けた。
彼女の動きに沿って、どこからかバラの花びらが舞う。
「――戦いなさい」
「……え」
燃えるように赤い後姿が振り返る。ローズクォーツのように優しい瞳の奥の熱が、私を焦がす。
「薔薇のように気高く、美しく、強い人間が、わたくし大好きですの。貴女は戦えますわよ。今はまだ、勝利は保証できないけれども。ひとまず、そのしゃげた自尊心をご自身で立て直すことから。植え付けられた呪いはご自身で解きなさいな」
「は、はい」
「開花した貴女の美しい姿を楽しみにしてますわ」
ニコと年相応な笑顔を一瞬見せたクラリスは、背筋をまっすぐに伸ばして歩いていた。
その後ろ姿を見つめていたら、いつの間にかミーシャがいなくなっていた。
「宝石が反応している」
校内にあるひと際豪華な一室。
その部屋には太陽の光が余すことなく入り、備わっている調度品はどれも王宮のものと大差ない。
――ここは秀才が集うクラス1の教室だ。
窓際に立つアルトリウスは、淡く光る透明な石を、ルビーにように真っ赤な眼の前で傾け、懐かしそうに目を細めた。長い脚で窓の隅から隅までゆっくりと歩き、石の輝きの強弱を楽しんだ。
この宝石は、持ち主が近くにいると輝きを放つ不思議な石だった。本来は何の変哲もない石だが、とある人物に持ち主の魔力に応じて光るように細工を施してもらった。持ち主の同意もなく、他人の魔力を追跡するなんて倫理に反している。当然、非公式な依頼だ。
「朝焼けに似た金色の髪」
それが探し求めているあの子の特徴だった。それだけが手がかりだ。
あの日、最後に彼女の姿を見たのは厳しい冬の明け方だった。
――そして別れは、唐突だった。
あの子が近くにいる。そう確信したアルトリウスは、次なる一手を考える。
彼女を探し出すために。必ず。
「やっと、君に会える」
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