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第7話 波乱

閲覧ありがとうございます!


「早く答えなさいよぉ」


 ―――耳に聞き慣れたトーンの音が突き刺さる。

 あぁ、この声音、声色。半笑いで、威圧的に語尾を下げるこの喋り方。


「え、えと」

「何、あんた名前無いの?あらぁ?もしかして、平民かしら?ここは貴族御用達の学校よ」

「あ、その……」

「どうせ、きったない金使ってここに入学してきたんだろうけど!」


 ミーシャが周囲に響かせるように言い放った。

 周囲もそれに反応しざわめき始める。


「玉の輿狙いで入学してくる女の平民ってよくいるよな~。俺の兄貴も色目使われて迷惑だったって」「え。有り得ないわ。身の程を知らないのかしら」「うわ、嫌すぎる。私達の価値が下がるじゃない」「金持ちのおじさまの奴隷なんじゃない!?」「うわ~……。そんな人、人生で初めて見るわ」


 ぽつぽつと投げつけられる言葉達を頭で理解し、自分の評価を痛い程思い知らされた。

 ここには誰も私の味方はいない。学長でさえも、苛立たしく指を叩くだけで生徒を叱責しようとはしないのだ。

 ギュッと目を瞑り思考を放棄する。このまま倒れてしまったら何も考えなくて済む。お願い。お願いだから、もうこの場から逃げさせて。お願い、私の体。私の心にこれ以上惨めな思いをさせないで。


「レラ」

「―――っ!」


 ――その一言で。それだけで、暗闇に一筋の光が射し込んだ。

 レラ。

 その名を呼んでくれる人は、この場において彼ただ1人。

 顔を上げると、彼が真っすぐにこちらを見ていた。

『俯くな』。弱気な私をそう叱責しているようにさえ感じる、強い視線。


「レラ。彼女の名です」

「なぜ、お前が答える。ハンス?」

「知っているからです。俺が、彼女の名を」

「……合っているか?レラ」

「は、い」

「そうか。君はレラという名なのだな。いい名だ」

「あ、ありがとう、ございます」

「それでは石板に手を」

「――はい」


 震える手でそっと石板に掌を置く。

 私が石板に触れた瞬間、5つの色石が見事に輝いた。

 眩いばかりの強い光があたりを包み込み、皆が思わず目を瞑る。



 ……のは、ほんの刹那の出来事で。


「―――え」


 私が目を開くと、何も、光ってはいなかった。

 冷たい石板の感触が伝わり、冷や汗が背中を伝う。


「……故障か?」


 学長が触れると、色石は輝きを取り戻し数字は数を示した。

 私の蒼白な顔面が5色に彩られている。私が再び触れると石は輝きを失い、数字は―……無かった。


「石が光らない……。残念だが、君はクラス10だ」

「…………」


 何も言えなかった。言えるはずもなかった。ここで喚いた所で何も変わらないのだ。私には魔力がほとんど備わってはいなかった。今まで使えていた魔法たちは、きっとほんの基礎の基礎に過ぎなかったのだ。

 私の世界は狭い。フォード家の周辺しか知らず、人との関わりもほとんどなく。

 だから、自分の実力が見えてなかった。魔法が使えない人の方が多かったから、自分の力を見誤っていたのだ。

 今ここではっきりした。私の魔力量は普通以下である。

 じわりと目に涙が浮かんでくる。惨めだからではない。ただただ悔しかった。

 何にも取り柄の無い私が、少しくらい人より得意なことがあっても良かったではないか。

 どうして私は――どこにいても、いつを生きても、人より誇れるものを持ち得ないのだろう。


「はっ。想像通りの結末ねぇ。汚い金を必死こいて集めた結果が、これ?何も出来ないあんたみたいな下賤な人間は、ただただ無能を晒して陰で目立たず息をしていればいいのよ」


 ミーシャの言葉に何人かが頷く。すでにミーシャの独特な赤黒い空気が周囲に伝播し始めていると感じた。

 あぁ……。ここはそういう場なのだ。屋敷にいた時と何も変わらない。


 ミーシャの悪意に耐え兼ねた人間が耐え兼ね、声を出した。


「おい」

「は?……ハンスさん、でしたっけ?さっきからこの女を庇っているように見えるのだけれど。平民同士、傷を舐め合うのがご作法なのかしら?」

「口を慎んでください。言葉が過ぎますよ」

「平民育ちのあなたに忠告してあげるわ。こいつを庇うのは悪手よ。将来アルトリウス王子の近衛兵となるべく、下民なりに地を這いながら地位の向上を狙っているのだったら、ここで貴族に嫌われるのは得策ではないと思うのだけれど?」

「余計すぎるお節介ですね」

「知り合いでもないこの女を、不必要に庇うのもお節介だと思うけれど」


 バチバチと両者が睨み合う。学長が口を開きかけた時、


「ちょっとよろしいかしら?」


 人ごみから華奢な手が上に伸びた。薔薇の匂いを漂わせ、凛とした彼女は言った。


「学長。わたくし、寮に戻ってよくて?お部屋のバラにお水をやらなくてはならないの。お二方の異なる主張の行方を見守るほど、わたくしも暇ではなくてよ」



 


こうして、私の――学校生活が幕を開けた。





「あの、ユージンからレラは魔法がある程度使えるって聞いてたんですが……」


 その日の夜。敷地内にある湖のほとり。

 隣に座るハンスが湖畔に映る淡い光を見ながら気まずそうに言った。


「ごめんなさい……」

「何で謝るんですか。本当に使えないんですか?俺はユージンがレラにとって不利な嘘を吐くとは思えないんですが」

「いいえ。使えるけれど、私の魔法は皆より遥かに劣っていたというか……。ユージンは私が魔法を使う姿をあまり見たことが無いから……」

「ふぅん。じゃあ、今見せて下さいよ」

「え」

「一番得意な魔法でいいですから。大丈夫。ここで見たことは誰にも言いませんし、俺はあの女みたいにレラを嘲ったり笑ったりしません」

「……」


 私が黙ると、静けさが訪れた。ピチャン、と湖から魚が跳ねる音がした。


(どうしよう)


 ユージンから強く言われていた言葉を思い出す。

 ――宝石の魔法は誰にも見せてはいけない。


 なぜか見せていけないのかは知らない。ただ、宝石には金銭的な価値があることを知っている。そんなものをホイホイ作っていては、商人が困ってしまうだろう。

 でも、ハンスにならば見せてもいいのではないか? 彼は信頼できると思う。


「え、と」

「あ……、すみません。レラを困らせるつもりは無かったんです。……心配しないでください。魔法が全く使えなくても在籍は出来ます。むしろミーシャ様の性格的に、彼女より上のクラスにいくとプライドを刺激することになる。そうなると、あの女はレラに何をしでかすか分からない」

「え……」

「大丈夫です。クラス4と交わる機会が無いクラス10ですから、卒業までミーシャ様に極力関わらないようにやり過ごせばいいんです」

「は、はい」


 ハンスは猫のように笑い、私の頭をポンポンと叩いた。その時、湖の微かな青が私の髪に反射し、キラキラと淡い青に彩られた。その過程を見つめながら、ハンスは言った。


「レラの髪は少し透明で面白いですね。光によってコロコロ色を変える。……子供のオモチャみたい」

「あんまりいないですよね、こんな変な髪の毛の人……」

「はい。あんまりどころか、初めて見ました。触り心地は普通なのに見た目が硬そうだ」

「えぇ……」

「ま、色んな人がいますからね。クラリス嬢もかな~り変な人ですし」


 立ち上がり、彼はぐーっと背伸びをした。


「とりあえず、明日から頑張りましょう。何かあったらいつでも頼って下さい」

「はい」


 ――彼は夜も眩かった。


お読みいただきありがとうございました!

レラには笑顔でいて欲しいと思います。

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