第6話 試練
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ファンファーレが高らかに鳴る。
緊張気味な新入生達は大きな講堂に集められていた。
右眼に眼帯を付けた婦人が、壇上から笑顔で声を発した。おそらく彼女が学長なのだろう。
「我がヴァンガーディ魔法学校への入学おめでとう。諸君のこれからの活躍を心から祈っているよ」
そして彼女は一呼吸置き、新入生を見渡した。
私と学長の片方の目が合った、気がした。
「……っ」
突如、彼女の目が剣呑に光る。その気迫に思わず息が止まる。
私じゃない。私じゃない。わたしじゃ、ない。
呪詛のように頭の中を文字で埋める。勘違いに決まっている。私の存在は、彼女が気にする程度のものではない。
学長から反射的に目を逸らした私は、その逃げを酷く後悔することになる。
―――いた。
彼女が――いたのだ。
(ミーシャ……)
相変わらず綺麗に巻かれた金のツインテールを興味無さげにグニグニといじっている。分かってはいたが、不意に視界に入るとかなり動揺してしまう。
今の彼女は私を怒鳴りつけ、蹴りつけることは無い。他人の目があるとき、彼女は猫を被るのだ。
「……それでは、我が国の才能ある生徒、アルトリウス・ヴァンガーディ王子にご挨拶いただきましょう」
凛とした声が、私の暗い世界を打ち破った。現実に引き戻され、前を見ると、とある青年が前に躍り出る。
やや透明度の高い黒髪に、血のように赤い目。身長はハンスよりやや低いくらい。
立ち姿は非の打ちどころがなく、威厳を感じるが威圧感は感じない。
けれど親しみやすさは無く。だけれども神格化する程非人間的でもない。
不思議。その感想を人間に抱いたのは初めての事だった。
「私はアルトリウス・ヴァンガーディ。今年で2年生になるため、君達の1個先輩になるね。……それ以外は、君達と同じ学友だから、遠慮なく気軽に話しかけて欲しいな。では、クラス1の教室で待っているよ」
年相応のはにかむ笑顔で、彼は壇上で礼をした。
その時、彼の胸元がキラリと光る。どうやら、彼の肩口にある石が反射したようだ。
周囲からは千切れんばかりの拍手が巻き起こり、それだけで彼の名声が伺えた。私もとりあえず皆に合わせて手を打った。
拍手が鳴りやむと、学長が掌で扉を示した。
「それでは、諸君にはこれからクラス分けテストを行ってもらう。テストと言っても、魔力を流し込むだけでいい。諸君らの魔力を1から10に振り分け、それを持って学年関係なくクラスを振り分ける。無論、1が最上位のクラスだ。この審査は適宜行われ、昇格も降格もありうるため、常に自己研鑽を怠らないように」
えっと思った私とは裏腹に、周囲はやる気で満ちた声が響き渡る。
ど、どうしよう。聞いていない。どっと不安が押し寄せてきた。
私達は天井から陽の光が降り注ぐ塔に集められていた。学長がコンと背丈ほどの杖をつき、場を静める。
「手順は簡単。この石板に手を合わせるだけだ」
冷たそうな灰色の石板の中央に、膨らみがある。そこに手を合わせるのだろう。
石板には膨らみを取り囲むように5つの石が並べられていた。赤、青、黄色、緑、白。
「これは、各々の得意属性――炎、水、光、風、聖。それぞれが可視化され、また個人の魔力量を測る代物だ。石板が示す数字によってクラスを分ける。この石板に元々設定してある5属性の魔法粒子が流された魔力に反応し、光るという仕組みだ」
婦人がそっと眼帯に触れながら、辺りを見渡した。
ふいに、音もなくある人物を指差す。その人物は先ほどから目立たないようにコソコソしていた長身の彼だ。
「では君。君からはじめたまえ、ハンス」
「げっ」
「何か言ったか?」
「いいえ」
白い制服に身を包んだ彼は、まるで異国の王子様みたいだった。
私と同じことを思った女性も少なくはないようで、黄色い声が沸き起こる。
ハンスが石板に手を触れると、太陽が出ているというのに5つの石全てが眩いばかりに発光した。
強いて言うならば黄色の石が特段目についた。石板の上部には、1と大きく表示されていた。
黄色い声が途端、どよめきに塗りつぶされる。
「うん。文句なしの1だな。流石私の教え子だ。これで学内においても、君の敬愛する方と肩を並べる事が出来るな」
バシンと力強く学長が彼の背を叩き、ハンスがウッとつんのめった。まるで親子のようなやり取りだ。
ハンスを尊敬し畏怖する無数の視線が、2人のやり取りをじっと見つめていた。
ハンスを皮切りに次々に手を触れる者がいたが、ほとんどがクラス7や8だった。
――しかし、その流れを断ち切る者がいた。
「ふむ。君はクラス4だな、ミーシャ・フォード」
「ありがとうございます」
「1年次で4は優秀な部類に入るだろう。慢心せず、精進したまえ」
「はい」
皆の視線を奪った彼女は、ツインテールを左右に振りながら気取った様子で歩く。
―あぁ。ミーシャはやはり何事においても誰かの上を行くのだ。心臓が嫌な音をたて始める。
「では次」
学長が示したのは、1人の美少女だった。
燃えるような長い赤髪を持ち、人間離れした容姿を持つ彼女は、優雅に石板に細い指先で手を触れた。
石板が光る――特に赤い石が輝きを放った。
その輝きを見た美少女は、切れ長の目をやや細めただけで表情を一切変えなかった。
「おぉ。文句なしの1だ。ハンス以外の新入生にこれ程までの魔力の持ち主がいたとはな」
「有難いお言葉ですわ」
「名は?」
「クラリス。クラリス・エンリーナ」
「エンリーナ家のご令嬢か。君、騎士団に興味は?その強さならハンスにも引けを取らないだろう」
「有難いお言葉ですが、遠慮させていただきますわ。わたくしは体を動かすより、お庭の薔薇を愛でていたいのです」
「そうか。君なら、それはさぞ綺麗な薔薇を咲かせるだろう」
「えぇ」
クラリスが目の前を歩くとバラのいい香りが漂ってきた。
その匂いからは、気品と人を寄せ付けない強さを感じる。
「では、最後に―……君」
「は、はい!」
遂に私の番がやって来た。隠れていた訳ではないのに、最後に指名されたのは何か意図があったのだろうか。これでは非常に目立ってしまう。震える頭で恐る恐るミーシャを見ると、彼女は冷たい視線を向けていた。それだけで思考が固まる。
「名は?」
「……え、と」
私につけられた名など無い。ユージンが勝手に読んでいた呼称があるけれど、それは私に与えられた単語に過ぎず、親から授けられた名前など持ち合わせてはいないのだ。
声が、出ない。
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