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第5話 味方

閲覧ありがとうございます!

 


「おはようございます」

「お、おはよう、ございま……す」

「……はい、早速行きますよ~。ここに長居しても良いこと無さそうですし」


 開口一番爽やかに挨拶をしたハンスは周囲を一瞥し、さっさと歩き出してしまった。

 今日の彼は騎士としての装いではなく、街中にいる青年の服装だった。

 服装だけで言えば、目立たないはずなのだが、彼の体格と整った顔立ちは隠し切れないオーラがあるらしい。

 そのせいか、寮から出てきた女性が立ち止まり、ヒソヒソと何かを囁き始める。

 私は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 この空気はミーシャに怒られている時、彼女の友人貴族が醸し出していた空気に恐ろしい程似ている。

『またあの子よ』『本当、愚図で鈍間ね』『大した仕事も出来ない癖に』『あんな子を雇うなんて、ミーシャ様ったらなんてお優しいの』


 心臓がうるさい。顔がカッと熱くなり、どこを、何を、見ていいのか分からない。手に汗が滲み、指先がジンジンする。

 今自分はどんな顔をしている?歩かなきゃ、早く、平静を装わなくては。


「大丈夫ですよ。皆、俺がカッコ良くて驚いているだけですから。誰もあなたの事は気にしてません。レラさんは俺の背景です」

「え?」

「え。もしかして、自分の事を囁かれていると思ってたんですか?うわぁ、それは自意識過剰です。レラさんはご存じないかもしれませんが、俺はあなたより断然目立ちます」

「ふ」

「あ、バカにしてますね?いいからとっとと行きますよ」


 ――いつの間にか、周りのヒソヒソ声が消えていた。





 まずは銀行にきた。

 初めての場所でドギマギする私を置いて、ハンスは真っすぐに窓口に向かう。


「ちょっと、こっち来てください。なんでそんな後ろにいるんですか」

「え、いや。どこにいたらいいのか……」

「早く」


 少し強い口調で言われ、小走りで窓口に向かう。

 窓口の男性が白い手袋をはめた手で、何かを持っていた。人差し指が第一関節まですっぽり覆えそうな、穴の開いた石柱だ。側面には七色の石がはめ込まれ、その石の周囲は複雑に彫られている。

 ……魔法、だろうか。何かを感じる。


「これにレラさんの小指を突っ込んでください」

「え?」

「いいから」


 じれったくなったのか、ハンスが骨ばった手で私の右手を掴んだ。

 ―彼の手にある無数のタコの感触が伝わってきた。


「ちょっとじっとしてて下さいね」

「え、いや」

「動くと指、千切れるんで」

「……!」


 私は恐れ戦いて体を硬直させた。指に神経を集中させ過ぎて、指に血液が流れる感覚さえしたくらいだ。

 そんな私を見たハンスは、軽く鼻で笑っていた――ような気がした。

 少しすると、窓口の男性が柔らかい口調で呼びかけた。


「はい。登録が完了いたしました。レラ様」

「……?」

「ほら、指を抜いていいんですってば。ユージンが残したあなたの銀行口座を、生体認証であなた自身と結び付けたんです。これでいつでもお金が引き出せます。……右手の小指がある限りはね」

「えっ」


 意地悪く笑うハンスを見て、窓口の男性が和ませるように笑った。


「ご心配なさらず。人間には固有の魔力が流れております。小指がなくなっても、他の指でも、足でも、髪でも、認証は可能です」

「でも切断された一部はダメなんですよね?生きた人間に繋がった部分じゃないと使えない。……仮にその人が死体になってたら、何も引き出せない」

「はい。ハンス様」


 やや物騒なハンスの言葉に、窓口の男性が穏やかに笑った。





「あれ。レラさんって、そんな服持ってましたっけ?藍色に金の刺繍。見るからに高級な代物ですね」


 銀行を出て穏やかな日差しに目が眩みかけた時、唐突に彼が言った。


「あ、この服ですか……」

「はい。どこから持ってきたんです?」

「実は……寮にあったんです。多分、ユージンが贈ってくれた、のかも」

「は~~?女子寮に置いてあったんですか!?あいつとんだ変態ですね!」

「え、あ、いや。そんなつもりで言った訳では……」

「それよりも……」


 と、ハンスが私を遠慮なく上から下まで観察してきた。無遠慮な視線だが、ハンスならば悪意を感じないのでさほど気にならなかった。


「いやぁ……これ、レラさんの為に仕立てたに決まってますよね」

「そう、ですかね……」

「そうですよ。うわぁ。あいつのこと、常々何考えているか分からなくて薄気味悪いと思ってはいたけれど、ここまでとは……。スリーサイズまでバッチリじゃないですか。気持ち悪っ」

「そ、そこまで言わないで下さい……」


 流石にムッとした。

 ユージンとハンスがどの間柄なのかは知らないが、唯一の友人を悪く言われるのは少し嫌だ。


「あ、すみません。レラさんにとってあいつは『いい奴』ですもんね。俺が悪かった。申し訳ありません。でも、あんまり彼を信じすぎない方がいいですよ。あいつは良い奴だけど、善い人ではない」

「どういう意味?」

「敵に回したくない人間ってことです」

「?ふぅん。よく……分からないけど」

「分からなくていいんですよ。騎士ジョーク騎士ジョーク」

「やっぱりハンスってあんまり面白くないね」


 先ほどから彼からはぐらされている事だけが分かる。

 ぼそっと私が不愛想に言うと、ハンスは弾けるように笑った。突然大きな声を出すものだから、正直かなり驚いた。


「あはははは!レラさんもなかなか言うようになったじゃないですか」


 正午の彼は、眩かった。








「よし、必要なものは揃ったので俺はこれで帰りますね。帰り道、分かります?」

「うん。ハンスは学校に……寮に戻らないの?」

「俺は寮に行く前に寄る場所があるので。明日はちゃんと買った制服着て、寝坊せずに入学式に来るんですよ?」

「分かってる」

「あ、ちょっとムッとしましたね?」

「うるさい。……それにしても、この制服とても素敵」


 私は白い制服を胸の前で抱いた。ジャケットとスカートに分かれている制服は、高貴な白に知的な青のラインが引かれているデザインだ。傷だらけの足を隠す黒いタイツと、膝下までの白の編み上げブーツ。

 私なんかが、こんなにお洒落してしまっても構わないのだろうか。

 脳裏に沸いたミーシャを必死に掻き消す。


「自信持ってください。めちゃくちゃ似合ってますよ。俺の次くらいに」

「ううん。ハンスより私の方が似合ってるもん」

「あー、はいはい。そういうことにしてあげましょう。……じゃ、また明日」

「うん。今日はありがとう、ハンス」


 ばいばいと私が手を振るが、ハンスは動こうとしなかった。


「どうし――」

「何かあったら」


 彼は真剣な表情で真っすぐにこちらを見ている。


「え?」

「助けてほしかったらいつでも呼んでください。俺は、あなたの味方です」

「あ、ありがとう」

「はい。では、また」


 今度こそ、彼は去った。

 私が前を向き、何となく彼が去った方向を振り返ると、既に彼は消えていた。


お読みいただきありがとうございました!

ハンスはいい奴です。

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