第43話 大嫌い
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「アルトリウス様のお仕事を見せて下さい」
開口一番。にこやかな彼にレラは言った。
両手が塞がった彼の手には、レラが好きそうな小物や菓子が盛られている。
突然の申し出に、やはり彼は警戒したようだ。
「いきなりどうしたのかな」
「ここでの生活はつまらないんです。もっと外に触れて、外を見たい」
「ここが一番安全だ」
「安全は求めていません」
「もう君を失いたくはないんだ」
「人はいつか居なくなります。誰であっても、それは免れることは出来ませんよ。でも、私はこの生活を続けて生きるくらいならば、死に近づいても良いとさえ思っています」
彼の瞳が僅かに揺れた。まだ彼は私からの評価を気にしている。自分はまだ好かれているのだろうか、そんな純粋な感情を持ち合わせている。
「私、アルトリウス様の事を嫌いになっちゃいますよ」
「そ、れは嫌だな」
「ですよね、じゃあ今から着いて行きます。大丈夫です。アルトリウス様のお仕事はクラリス様とユージンから聞いていますから」
レラの言葉にアルトリウスの顔が曇った。自分がレラに誇れる仕事をしていない自覚があるのだろう。
むしろ怯えさせてしまうのではないか。そんなアルトリウスの不安に気が付かないフリをし、レラは自室を揚々と飛び出た。
久方ぶりにこのぬるい監獄を抜け出せたのだ。
視界の端で、アルトリウスがレラの勝手な行動に慌てる侍女を制したのが見えた。
「ひっ、アルトリウス王子……っ。た、助けて下さい……!」
「僕らは言わされたんです……。何も、していない……」
湿度の高い地下牢で、男女が懇願している。
何日もここに閉じ込められている彼らは、体のあちこちにキズがある。食べ物も十分に貰っていないようで、見るからにやつれ、疲れ果てていた。
彼らを監視する兵士たちは反面、懐がかなり潤っているようだ。そのアンバランスさに面食らう。
「戯言を。さぁ、出ろ。牢を移動する」
アルトリウスの無機質な声が響いた。
呆然とするレラに耳打ちをしたのは、クラリスだ。
「彼らは村で放置されがちな子どもの情報を奴隷商人に流していた。アルトリウスは幼少期の思い出から、奴隷商を酷く憎んでいるわ。本来この案件はアルトリウスが出てくる場面ではないのだけれど、貴女が来るって言うから軽めの罪人を選んだのよ。ズルい男ですこと」
「本当は何をするご予定だったんですか?」
「わたくしの実行する処罰を見届ける予定だった。殺人と強姦で捕えられた下劣な男の死をね」
「え……?」
「もう、事は済んだわ」
え、と漏らすレラの方を見ず、クラリスは前を向いたまま言う。
薄暗い地下牢にいるせいだ。彼女の手入れされた紅の髪が、血の色に見えた。
「ご心配には及びませんわ。血に塗れた場面が貴女の目に入ることは無い」
「え、いや。でもそういう役割はハンスの……」
「わたくし、ハンスの代わりを申し出ましたの。ハンスは、ああ見えて心が限界だったようですわ。最近は以前の彼らしさを取り戻しつつある。彼の心が壊れる前に間に合って良かったわ」
にこ、と笑みを浮かべるクラリスから目が離せない。
何も解決していないではないか。ハンスが背負っていた業をクラリス様が肩代わりしただけだ。
「あら、そんな悲愴な顔をしないでくださいな。わたくし、案外平気でしてよ。なんせ、ハンスやレラほど心根は優しくはないのですから」
「でも、そんな。どうしてアルトリウス様は仲間にそんなことを命じるんですか」
「仲間ではないからよ」
クラリスは牢から連れ出される男女の背中を見送りながら、腕を組む。
激しく抵抗する彼らに、アルトリウスが炎をぶつける。悲鳴がこだまし、レラは思わず耳を塞いでしまった。
「アルトリウスにとってわたくし達は、目的のための手段に過ぎない。そうね、彼が学生だった頃はそんなこと無かったような気もするけれど」
クラリスの顔には諦めと失望が浮かんでいた。
「アルトリウス、やめて」
その言葉はレラから発されたものだった。
無表情で罪人を攻撃する彼は、レラの姿を認めると若干の苛立ちを示す。
気だるげにレラの方を向き、なに?と言った。
「やめて。不必要に人を追い込む必要は無い」
「どうして? 彼らは悪人だ。何をされても文句は言えない。秩序を乱す輩はこの世界に必要ないよ」
「こんなやり方じゃ、人に恐怖を与えるだけ」
「レラには分からないかもしれないけれど、人を動かすには恐怖と暴力が手っ取り早い」
「確かにその方法だと、その場は正されるかもしれない。けど……、何が悪なのか知らない可能性もあるんだよ」
「レラ、僕は何も圧政をしたい訳じゃない。ただ、悪事は罰せられるべきだと身をもって示しているだけだ」
正直、クラリスはヒヤヒヤしていた。
今のアルトリウスに苦言を呈そうものならば、自分達だってある程度身構える。
過去にユージンが、そのせいでアルトリウスから城の出禁をくらっている。彼の営む店が潰されなかっただけマシだ。
そういう経緯から、クラリスは慎重になっていた。レラの言葉は彼の機嫌を損ねるに違いない。
案の定、アルトリウスは前髪をクシャリと歪めた。
「彼らは白状している。子どもの情報と引き換えに金銭を得たと」
「違う! 聞いてくれ、僕らは――」
「黙れ!!」
慌てる罪人を制したのは、アルトリウスでは無かった。牢にいた兵までもが彼らに圧をかけ、正常な思考を奪っているではないか。
レラの目には、糾弾される彼らが悪人だとはどうしても思えなかった。なぜかは分からない。ただ、ミーシャのような奥底に潜む悪意を感じることが出来ない。
「私とこの人達だけにしてくれませんか」
突然のレラの申し出に、場が静まり返る。初めに口を開いたのはアルトリウスだ。
「許可しない」
「大丈夫です」
「駄目だ」
「嫌です」
「危険だ」
「彼らは衰弱しています。異常に」
レラは牢屋の罪人と言われる彼らを守る様にして、アルトリウスに向き合った。舌打ちをしたアルトリウスが、兵士を連れて距離を取る。
「1人ではダメだ。クラリスを傍に置け」
「分かりました」
クラリスの気配を感じながら、レラは牢の前にしゃがみ込む。
「何があったんですか」
警戒していた男女が、小声で訴えた。
「俺達は知らなかったんだ。国の教育機関だって名乗る奴らに、親から放置された子どもの居場所を聞かれたから答えただけだ。確かに情報を渡したかもしれないが、見返りは貰ってない!」
「そうよ。でも誰も話を聞いちゃくれない。……罪人をしょっぴくと手当が出るからって、あいつらは報告の時に嘘ばっか吐くのよ。王子様バンザイってね。『わたしたちがやりました』って言うまで、飯抜きとか抜かすんだもの。……悔しいけど、5日で限界がきたわ」
と女性が兵士のいる方向をチラリと見やる。クラリスと目を見合わせたレラは、彼女に問う。
「クラリス様……、この事は知っていましたか?」
「過ぎた正義は悪だということは、アルトリウスに伝えてきた。だけれども、彼は変われなかった。このわたくしが思いきり平手打ちをしてもね」
「ひ、平手打ち……」
アグレッシブなクラリスの一面に驚きつつ、レラは男女に礼を言って立ち上がる。
「アルトリウス様、あの2人はどうなるんですか」
「断罪のために牢を移動する。何年か国の指定する勤務先で労働をさせることになるだろう」
「考え直してください。彼らは無罪です」
「……何を考えている」
「場所を変えましょう。2人きりで話したいです」
アルトリウスの手を強引に引いたレラは、その場を後にした。
建物の影まで来たところで彼の手を離す。
――思えば彼の手を握るのは、初めてだったかもしれない。
「アルトリウス様、間違っています」
「……何が」
「治安を正すのは悪い事ではありませんが、あまりにも強引では無いですか? さっきの彼らは、罪を認める言葉を吐くまで、ご飯も与えられなかったと言っていました。悪人を突きだしたら手当てが貰えるそうですね。その制度のせいで、無実の民が悪人に仕立て上げられているんですよ!」
「君が彼らに騙されているという可能性は?」
「無いとは言い切れません。が、私には彼らが悪人のようには見えなかったんです」
「根拠が無いじゃないか。君の言葉は信じるには値しない」
「あの兵士達の言葉だって、同じじゃないですか!」
レラは思わず叫んだ。アルトリウスが瞳を丸くしている。
「いいから、一旦あの人達を解放してください! 悪事を暴く事だけに固執しないで、正しく暴いて下さい! アルトリウス様はこのままじゃ暴君になっちゃいますよ。私、そういう男の人は大っ嫌いです!」
激情を露にするレラに動揺したアルトリウスは、しどろもどろになりながら「分かった」と呟いた。
――「大嫌い」。アルトリウスがこの世で最も最も避けたい言葉であった。
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次話で最終回となります。




