第43話 対立
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本日は少ないですが、一話更新となります。
あと2,3話で終わりになる予定です。
「ハンス、おやめなさい」
月光を背にした淑女が、剣を構える彼に命じる。
ハンスは感情を消したまま、クラリスに向かって魔法をぶつけた。ハンスからの猛攻を全て迎撃したクラリスは、止まらぬハンスに向かって静かに言い放つ。
クラリスは息1つ乱れていない彼から、乱れた呼吸を隠すように背を向けた。
「貴方の主がおいでですわよ」
彼女が顎でしゃくった先には、アルトリウスの眼に絡めとられ、硬直するレラの姿が映っていた。
その光景にピタリとハンスは動きを止めた。
「これはユージンの分」
と、聞こえたかと思うや否や。ハンスの下顎をクラリスのヒールの切っ先が抉った。
「ぐっ」
彼がよろめいたのは、ほんの一瞬で。クラリスはハンスがこの一撃を自ら受け入れたのだと感じた。
「避けなかったのは褒めてあげるわ」
「どうしてお二人がここに?」
「わたくしはアルトリウスと手を組んだ」
「……は?」
「貴方の仕事は、今後一切、わたくしが引き継ぐわ」
するとハンスは、平然と言いのけるクラリスに詰め寄り、ぐしゃりと顔を歪めた。
華奢な肩を握り潰さんばかりの力で掴み、叫ぶ。
「バカだろ! クラリス嬢は俺の仕事を何も知らない! 勝手なことを言って自分の首を絞めるような真似はよせ!」
「あら、わたくしだって人を殺せますわ」
「違う! あんたはお嬢様だ! 俺とは育ちが違う。環境が違う。未来が違う」
「何も違わないわ。守りたいものを守る。好きな人のために己を捧げる。……ほら、何も違わないでしょう?」
「は。あん、た……」
「安心なさいな、言葉にはしないと約束します。わたくしは見返りを求めている訳ではないのだから。ただ、ハンス。貴方が自分を捨てるのであれば、わたくしが貴方を拾って差し上げますわ。わたくしの偽善なのだから、何も負い目を感じる必要はない。謝ったらわたくしへの侮辱とみなしますわよ」
肩を握るハンスの手に、華奢な白い手を重ねたクラリスは微笑んだ。
彼がこれ以上、自分を失ってしまうならば。
わたくしが身をもって、失った貴方の一部を埋めて差し上げましょう。
**
「レラ」
その声音からは、何も感じ取ることが出来なかった。
喜び、悲しみ、怒り、疑問。
ただ、恨み。それが唯一当てはまる感情なのかもしれない。
「ひ、久しぶりです」
「あぁ。1年かな?君が僕の前から姿を消したのは」
「そう、ですね」
「あの時の告白の返事を聞いても良いかな」
危険だ。赤い瞳の中には闇が蠢いている。
「今は言えません」
「なぜ?」
あくまでも穏やかな彼が怖い。きっとその内心は、私への罵詈雑言で満たされているに違いない。
――なぜ俺を捨てた。俺を置いて消えた。
レラは地面についた手をギュッと握り、恐れを誤魔化した。
「今のアルトリウス様は、私が好きだった人ではありません」
「君が……それを言うのか?」
ゆらりと彼が立ち上がる。
きっと私は彼が望む答えを持ち合わせていない。分かっていた事だった。
嘘でも何でもいいからこの場をやり過ごすこともできる。でも、一時しのぎをしたところで何か変わる状況でもない。殺されたらそれまで。
「君は平民だったね」
「は?」
「王族の僕が命じたら、従わなければ罰則が課せられる」
「何、を」
「挙式はいつがいい?」
「勝手なことを……!」
ぐっと立ち上がろうとした私の肩を、アルトリウスは力任せに上から押さえつける。
下民に落とす王子の視線が、レラの心に冷たく染み渡った。
「俺はユージンの大切な店を潰せるよ。クラリスの強力な家を没落させられる。忠実なハンスを路頭に迷わせることも出来る」
「アルトリウス……ッ!」
「君が従えば済む話だ。さぁ、返事を聞かせてくれ」
レラは瞳を細める彼に対して、初めて憎悪を抱いた。
**
何を間違えてしまったのだろう。
一体、私はどうしたらよかったのだろう。
暗い室内でぼうっと石を触る。コロコロと意味もなく。
靴音が近付き、形ばかりのノックが木製のドアを叩いた。
「レラ、今日はいい天気だね」
彼がカーテンを大きく開くと、室内に眩い光が射しこんだ。
突然の陽光に思わず、レラは顔を顰める。
「まだ怒っているのかな」
「当たり前。私の大切な仲間を人質に、私を閉じ込めてあなたは満足なんですか」
「少なくとも昨年よりはマシさ。君が生きて目の前にいるんだ」
「アルトリウス様から逃げたわけではありません。ただ、事故だったんです」
「事故? 冗談はよしてくれよ。あれは犯罪だ」
アルトリウスは床に座るレラの隣に、腰を降ろした。じり、とレラはわずかに距離を取る。
「俺の剣が君を守ったんだ」
「え?」
「前に初めて君が僕にねだったものが、剣だった。その剣が崖から突き落とされた君を守ってくれた。でなければ、君は今頃、全身が残酷な宝石になっていただろう。……考えるだけで恐ろしいよ」
「そう、だったんですね」
「落ちた馬車の傍らには砕けた剣が落ちていた。僕はそれを見た時から、君が生きている可能性に賭けた。……けれども、待てど暮らせど君は現れなかった」
アルトリウス様の雰囲気が変わる。言葉が荒々しくなり、こちらを見る目が燃えている。
「俺を欺いて楽しかったか?」
彼は立ち上がり、私は見下ろされた。何も言わない私に痺れを切らしたのか、アルトリウス様は踵を返す。
「この部屋にいてくれ」
それだけを言い残し、アルトリウス様は出て行った。彼は最近、ハンスを常に控えさせていないようだ。
変わった彼を戻すにはどうしたらよいのだろう。いや、そもそもこの姿が彼の本来の姿なのかもしれない。
人並の感情によって抑えられていた彼の本能。
「レラ様、お食事をお持ちしました」
レラの部屋には、侍女が付けられた。日替わりの彼女たちは、レラと必要以上に親しくならない。
何とか部屋から出てしまおうと彼女たちに相談したことがあるが、誰もが顔を蒼白にして懇願した。
「アルトリウス様に怒られる」と。
レラを逃がさないよう、外堀は埋めているようだ。ここで強引に逃げ出してしまっては、侍女である彼女たちが責任を追及される。
「ありがとうございます」
美味しそうな食事を受け取り、窓際で食べる。
会話の無い食事は思いのほかつまらなかった。
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