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第42話 再会

閲覧ありがとうございます!

 

「久しぶりだね、クラリス」


 アルトリウスは机で書類作業をしていたらしい。片手を上げ気さくに挨拶をする。

 クラリスは室内を見渡した。相変わらず整理整頓ができない人間だ。

 執務室には彼の信頼を勝ち得た人物しか入室できない、とされているが、その実態は彼の堕落した部屋を隠すためでもある。

 彼がこうなったのは、レラの失踪から間もなくだ。

 突然レラを失い、明らかに心身に影響が出ている彼を情けなく思ったが、同時に深く同情もした。


「そうかしら?5日程度で久しぶり、なんて随分と寂しがり屋ですわね」

「君達と毎日顔を合わせていた学生時代が懐かしいよ」

「わたくしもよ」


 ――正常な貴方と会話出来ていた過去が、酷く懐かしい。


「過去に……戻りたいね」

「……」

「で、レラはどこにいるんだ?」


 クラリスは驚かなかった。先ほどのハンスからの探りは彼なりの忠告であることは明白だったからだ。

 冷たく睨む視線を受け流し、クラリスは平然と言いのける。


「貴方のいない場所かしら」

「君達は、なぜ僕を裏切った?」

「貴方がレラに相応しくないからよ」

「なんだって?」


 立ち上がり、取り乱すアルトリウスを臆することなく彼女は見つめる。


「アルトリウス、貴方は変わった。国の治安を必要以上に取り締まり、奴隷組織を悉く壊滅させた。それはそれは目を見張る活動だったようね」


 彼はレラが居なくなった途端、人が変わったように悪を取り締まり始めた。無論、手段を問わず。

 悪人であれば何をしても良いのか、と問いたくなるほど苛烈で暴力的なやり方で。

 善良な国民はさぞ彼の事を英雄視しているだろう。悪事に手を染める者は、彼の名声に震え上がる。

 ただ、皆一抹の不安を覚えてしまう。「もし、自分が彼から悪だと断定されたら?」

 正しく生きるものでさえ、そう不安に思ってしまう恐さが、彼にはあった。

 ――クラリスでさえもそう感じた。


「ハンスはよく斬れる刃では無いわ」

「彼自身の意思だ」

「貴方は、ハンスの気持ちを考えたことがおあり?」

「あるさ。彼は僕に忠義を尽くしてくれている。昔からね」

「……とぼけるのも大概にしなさいよ!」


 ごう、と炎が彼らを取り囲む。

 クラリスが燃える赤髪を逆立て、感情を捨て去った想い人のために憤怒した。

 目の前の彼は高貴な王子などではない。自己中心的なただの男に過ぎない。

 遠慮する必要がどこにある。


「貴方に忠誠を捧げた彼は心を捨てている。貴方が独りにならないために。彼は悪人の断罪も、拷問も、処刑も。望んではいない。それは貴方が一番よく分かっているでしょう?」

「強制はしていない」

「人間の心に気が付かぬフリをするのは、悪よ」

「……」


 クラリスはぱちんと扇を開き、炎を消した。

 扇から見える切れ長の瞳が、アルトリウスの心臓を射抜かんばかりにぎらついている。


「もう、戻れない」

「は?」


 俯いたアルトリウスから吐かれた言葉に、クラリスは眉を潜める。


「僕は、何としても彼女に会いたいんだ」


 アルトリウスの歪んだ笑みを見たクラリスは、弾かれたように背後を見る。――いない。

 彼女の焦りと連動し、西日が完全に姿を消した。


「ハンスは……どこ」

「クラリス、再び取引をしようか。君は今でも大好きなハンスの幸福を望んでいるだろ」

「この、クソ野郎……」


 クラリスは額を抑え、しゃがみ込んだ。




 **



 私は一体、何をしてしまったのだろうか。

 それを考えようとして、息が止まる。

 浮かんだ考えを理解する前に、体が反応してしまった。


 ――違う。嵌められたのは、私だ。


 走る。ただひたすらに走る。

 立ちふさがる人間達を魔法で硬直させ、昏倒させ、気絶させる。

 進路を邪魔する人間は誰もが荒事に手慣れているようで、嫌な予想が的中したことに絶望する。

 気が付けば人気が無く、暗い通路に逃げ込んでいた。夕日が完全に消えさり、闇と静寂が恐怖を煽る。


 乱れた呼吸を整える自分の呼吸と、ドッドッとうるさい心臓だけが空気を揺らしている。


「久しぶりですね」


 暗がりから聞こえた声。それは闇から徐々に姿を現した。

 見知らぬ足元が見えた。見知らぬ甲冑が見えた。

 見知った剣が見えた。見知った顔が見えた。


 ただ、その声は知らない人間のものだった。

 抑揚が無く、どこまでも平坦。

 顔つきもレラの知る人間ではない。

 陽だまりのような柔らかさが消え、鋭利で野性的な刃物のようだった。猫目は獰猛な野獣を想起させる。


「誰」


 クラリス様とユージンが言っていたことがようやく理解できた。もはや彼は私の知る友人などではない。心を捨ててしまった誰かだ。

 どこかで再会を喜んでいる自分がいるが、微かに感じる血の匂いが彼を強く拒絶している。


「悲しいですね。俺のことを忘れてしまったんですか」

「今のあなたは知らないよ、ハンス」

「酷いなぁ」


 一歩。彼が近付いてきた。


「近づかないで」

「なんでですか?感動の再会ですよ?俺は嬉しいのに」

「嘘は止めて」


 大げさに手を広げる彼にレラは声を荒げた。


「俺と一緒に来てくれませんか?君が望むならクラリス嬢の元まで案内しますよ。ユージンの居場所は、流石の俺でも分かりませんが。クラリス嬢ならばアルトリウス様の所だ」

「クラリス様に何をしたの!」

「何も。彼女が大きく抵抗すれば、話は別ですが」

「彼はどうして変わってしまったの?」


 レラの問いかけに、ハンスが苛立ちを表した。徐に鞘から剣を抜く。

 彼女の背に冷や汗が伝った。


「君が逃げたからですよ。アルトリウス様と交わした約束を反故にし、彼から姿をくらまし続けた」

「それは……記憶が無かったせい。戻ったのはつい最近の話」

「それを信じろと言うんですか?レラ達の接触は随分と前の事だと思いますが」

「……」

「あの2人から何かを吹き込まれた君は、自由の身であるにも関わらずアルトリウス様に会いに来なかった。それが全ての答えです。我が主は悲しみましたけれど、怒ってはいません」


 刃が青く光る。


「それでミーシャを斬ったの」

「えぇ。随分静かな最期でした」

「何も感じなかったの」

「はい。命令でしたから」

「アルトリウス様が、ハンスにミーシャの処刑を命じたって本当だったんだね」

「はい」


 無感情に刃を観察するハンスにレラは困惑した。同時に、怒りを覚える。


「アルトリウスの命令ならば、クラリス様も傷付けるの」

「あの方を呼び捨てるなんて、あんたも随分と偉くなったもんだ。アルトリウス様の誠意を踏みにじるだけはありますね」

「誠意って何……」


 と、レラは思い出して言葉を失った。

 崖から馬車で落ちる前。私は彼に告白の返事をする予定だったのだ。

 彼に「はい」と答えるつもりであった。あぁ、どうして忘れていたのだろう。


「君はアルトリウス様のお気持ちを無碍にしたんです」

「そ、れは……。でも、その件とクラリス様は関係無い!」

「ご心配には及びません。クラリス嬢は無事ですよ。アルトリウス様にお願いしてありますから」

「――え」


 レラが顔を上げた瞬間、ハンスの頭上から無数の剣が降り注いだ。

 剣の雨が彼を容赦なく襲い、甲高い金属音が鳴り響いた。

 バラバラと散らばる剣の静寂にハンスは立っていた。


「――ユージン。随分と手荒いご挨拶で」

「レラ、下がれ」

「君の帰還は3日後のはずなんですが……」

「レラ、僕が合図したら後ろに走れ」


 笑みを消したハンスが剣を構えた。予備動作もなく踏み込んだというのに、突風の如き速さだ。

 その切っ先は真っすぐにユージンの心臓を狙っていた。


「止めて!」


 叫ぶレラの想いも空しく、かつての仲間は熾烈な戦いを繰り広げる。

 目の前にいるユージンが、ハンスの猛攻を紙一重で躱していた。


「君が安全だと誰が言いましたか?」


 え、と思う間もなく。レラは横っ面を叩かれていた。脳が揺れ、足がよろめく。

 ユージンが何かを叫んでいるが、強い耳鳴りに掻き消える。

 思わずしゃがみ込んで地面に手をつく。世界が揺れている。


「俺は何としても君を連れて帰る。それがアルトリウス様の望みなんです」

「アルトリウスはレラを傷付けてまで、自分の元に置くのか? 酷く自己中心的で横暴な奴だな」

「仕方がないでしょう。あの方は全てを手にする」


 ハンスが私を斬りつけようと振りかぶった――が、私への斬撃を止めようと飛び込んだユージンに狙いを変える。


「しまっ―――……」

「恨まないで下さい」


 ゴッと鈍い音がし、ユージンが地に伏した。



「そこまでよ」


 凛とした声が。私の思考を晴らす。

 良かった、と顔を上げた途端に飛び込んできたのは――、

 久方ぶりに会う彼の顔だった。

 赤黒い瞳が、復讐と憎しみに燃えている。



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