第40話 問いかけ
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アルトリウスが様変わりしてしまったとはにわかに信じがたい。
レラは2人が去った後、夜空を眺めていた。赤い星がひと際輝いているのを目にしながら、暖炉の炎で体を温める。
ユージンにはしばらく城下町に近付かないように、やや強めに忠告されてしまった。
私がお世話になっていた村に遣わされていたというクラリス様は、アルトリウス様に虚偽の報告をしたようだ。
村の人達は訳アリな私の素性を察して、なんとクラリス様に嘘を吐いたらしい。
「ここ数年、新顔は見ていない」と平然と言ってのけたのだとか。
『曲がりなりにも、王子の勅命を受けて動いているわたくしを謀ろうなんて不敬ですわ……、と言いたい所だけれど』
と、高潔なクラリスは柔らかく笑いレラの頭を撫でた。
『貴女は人から愛される運命なのね。羨ましい』
その言葉を吐いた彼女が、穏やかな笑みの中にささやかな諦めを閉じ込めている。
あぁそうだった。彼女はハンスに想いを寄せているのだ。
――同刻。
レラと同じ星空を見上げ、淡く橙に光る星を見つめながら令嬢は溜め息を零していた。
部屋内は微かに薔薇の匂いが充満している。
「……わたくしはいつからバカになったのかしら」
アルトリウスに付き従い、今やクラリスと対立する関係になってしまった、かつての同胞。
クラリスはハンスの生き様に魅かれた。真っすぐで誠実な態度に心を奪われた。
それが、いまや彼は視野が狭まる王子の道具だ。
使い勝手が良く、力があり、主を疑うことを放棄する。
そんな姿は彼女が好きだった彼ではない。だけれど、だけれども。
まだ、彼の事を諦めきれない愚かな自分がいる。
「あぁ、バカだなんてはしたない言葉はハンスから教えてもらったのでしたっけ」
アルトリウスに内心反抗しているクラリスとユージンは、自身らの腹の内がアルトリウスにバレていると知っている。ただ、それでも彼はまだ自分達を斬り捨てない。それは唯一残された彼の情であった。
情がある内、アルトリウスはまだ平気だ。しかし、その感情までも捨て去ることになれば。
――真っ先に切り捨てられるは、目の上のたんこぶである自分ら。
「考えたくは無いですわね」
莫大な財産を築くエンリーナ家の子女と偉大な魔法使いの末裔であるユージン。
両者を一度に潰す算段を、アルトリウスは真剣に考え抜くだろう。
明日のアルトリウスへの報告はどうやって誤魔化そうか。
レラに会う数日前、失踪した彼女が住んでいた農村を引き当てたことは、村人の反応からすぐに分かった。
糸口をつかんだのがわたくしで良かった、まずそう思った。
その日は、彼に「成果無し」と回答した。アルトリウスは何も疑わなかった。
だが、アルトリウスの反応を素直に受け取っていいものなのか。わたくしは彼に試された?
……考えても仕方がない。
クラリスは気持ちを落ち着かせるようにバラの花びらを深く吸った。
**
「クラリス嬢。進捗はいかがですか」
背後から突然、彼に言葉をかけられた。
心臓が跳ねたのは照れではない。緊張と警戒。
アルトリウスに報告をするために、応接室までの長くて煌びやかな廊下を歩いていたところだった。
西日の射すステンドグラスに彩られたハンスは、その部分だけ着色されたように見える。
内側から柔らかく発光していた彼の面影はもう無い。外部の光に照らされ、彼は歪に輝く。
「今からそれを報告しに行くのだけれど」
「知ってますよ。応接室までお供します」
「結構よ」
「大分雪が溶けてきましたね。随分歩きやすくなりました」
背の高いハンスの表情は、横から伺えない。
「そうね」
「雪が溶けたことで、何か分かったこともあるでしょうね」
「無いわ」
ハンスがピタリと立ち止まる。
「クラリス嬢はユージンと随分仲が良いですね。以前よりぐっと距離が近付いたようだ」
「そう」
嫉妬?なんて自惚れはよしなさい。紛れもなくわたくしは「試されて」いる。
アルトリウスの命令だろうか。ハンスを好いているわたくしならば、あっさりと吐くと思われるのは酷く癪に障る。
「クラリス嬢、俺に隠し事をしていませんか?」
「してないわ。アルトリウスには全てを報告している。今の彼に嘘をつくメリットが分からない。わたくしも保身に走ることもありましてよ」
「レラは生きているんでしょう?」
「何を、言っているの?」
ほんの一瞬、言葉に詰まってしまった。あまりにも唐突で核心を突く、決定打だ。
あぁ、しくじったかもしれない。彼はこの瞬間を狙っていたのか。
「俺にも教えてくれませんか。君達に協力したいんです」
「そもそも、わたくしはレラの所在を知らないわ。貴方に提供すべき情報は、余すことなく貴方の主に伝えている」
ハンスを仲間に?あり得ない。
懐にいれてしまったら、彼はアルトリウスのスパイとなりレラを脅かす存在になる。
アルトリウスが変わらない限り、ハンスは信用ならない。
申し訳ないが、彼を真っ向から拒絶することにした。
――今の立場を望んだのは、彼自身だ。
「……ですよね」
力なく、久方ぶりに見る笑みを残した彼は足早に歩き、先んじて戸を開けた。
――その先にはアルトリウスが待っている。
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