第39話 旧友
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コンコン
レラは久方ぶりに心臓が跳ねる音を聞いた。森の奥にひっそり建てたログハウス。
その扉を始めて誰かに叩かれた。
「レラ、僕だ」
「ユー、ジンさん?」
どこか聞き馴染みのある声に肩を撫でおろす。
窓から外を覗き見ると、藍色の頭が1つ見えた。雪は彼を避けている。
周囲を警戒しつつ、木の扉を開きながら言った。
「なぜここが?」
気配を遮断する魔法をかけているはずだ。
「あまりにも君が見つからないから、気配が薄すぎる範囲を必死に探っていたんだ。なかなかに骨が折れたよ。これでもヴァンガーディ王国のエリート魔法使いなんだけどね。やっぱり君はすごいよ」
「1人?」
「安心して。誰にも言っていない。メリッサねぇさんには、君を探しに行くことだけを伝えてある」
「どうして来たの?」
ユージンを温かい室内に案内する。彼は机の上に手触りのよさそうな小袋を置く。ジャラリと何かが擦れる音からして、硬貨だろうか。
「君にこれを届けに来たんだ」
小袋から取り出されたのは、13個の石だった。そっと1つずつ、ユージンは彼らを並べていく。
ショーウィンドウから穴が開く程見つめていた石たちがどうしてここに?
「これは君のものだ」
「私の?」
「君の……、同胞や家族たち。突然、変な事を言っている自覚はある。でも、これだけは正直に伝えないといけないと思っているんだ」
真剣な翡翠の瞳には迷いが見える。おもむろに彼はレラの手を取り、机に誘導した。
「その前に、まずは自分の手で確認して欲しい。何か思い出すかもしれない」
彼の言葉に従い、レラは赤い石を手に取る。
――炎の記憶が蘇る。迫害され、森を逃げ、炙られる。
青い石を手に取る。
――水の記憶が蘇る。穏やかな川のほとりで歌を歌う。
黄色い石を手に取る。
――暖かくて大きな手。眩しい日差しとおかあさん。
時間をかけて12個の石に触れた。透明な13個目を残したのは、覚悟を決める必要があるからだ。
最後の記憶は喜怒哀楽、まちまちであった。苦しかったことも、楽しかったことも、全てを感じ取れる。
「ユージン」
レラは震える手で透明な石を握りしめた。
そして、全てを理解する。
「私達を守ってくれてありがとう」
「礼を言うのは僕の方だ。生きていてくれてありがとう、レラ」
ユージンがレラを優しく抱きとめた。愛に包まれた抱擁は心地良くて、懐かしい。
レラが彼の温もりを噛みしめていると、勢いよくドアが開いた。
びくりと身構える2人に不躾な視線が突き刺さる。
「あら、お楽しみの所悪いですわね。終わったら教えてくださる?安心なさい。アルトリウスには黙っておいてあげますわ」
そこにいたのは、燃える赤髪の親友であった。
「クラリス様……!」
「あら? レラ、記憶が戻ったのかしら」
「あぁ。この石達――彼女の仲間のおかげだ」
「そう、良かったわ。アルトリウスから守り抜いた甲斐があったってものですわね。あの時はどうなることかと珍しく冷や汗をかいたけれど、無理に事を進めて正解だったようね」
「本当だよ。君の援助が無ければ奪われるところだった」
クラリスだけでなく、ユージンまでもが苦々しい顔をした。
「あの……、この1年の間に何があったのですか?」
「アルトリウスが君の石を王城に持っていこうとしたんだ。国宝と同じ管理をしようとしていた」
「ただし、財産の保護とは程遠いわ。彼は宝石を人質にしようと企んだ」
クラリスは整えられた指先でコツコツと机を叩く。レラの顔を見ながら淡々と話す。
「彼はレラが生きていたら、必ず同胞の石を取り戻すと睨んでいる。以前の彼ならば、わたくし達だって文句は言いませんわ。ただ、今の彼は底意地が悪い。隠すべき裏をあえて表に出している」
ユージンがクラリスの手にそっと触れた。
コツコツと規則的にならされていた音がピタリと止み、強い雪風が窓を叩く音が響いた。クラリスが雪景色を眺めながら話し始める。
「彼は人間らしくない。正義を盾に、悪を執拗に滅ぼす機械になった。きっかけは無論、貴女の失踪ですわ。身近な悪であったミーシャは即刻打ち首になった。……手を下したのは命じられたハンス」
レラが息を呑んだ。あの優しくて暖かい彼が、ミーシャを?
「貴女の仇を取ったからと言って大人しくなる彼では無かった。レラの脅威になりうる悪を残らず根絶する、という大それた目標を掲げた。皮肉なことに彼にとって、それは困難な目標ではない……。人情や情けを一切捨て、罪人を追い詰め、罰することに生きがいを感じている」
「厄介なのは、彼の行動原理が『正義』に当てはまることだ。国民やその他からしたら、彼は良き王になる器。……そうだろうね。僕も今の彼の状態が、誤りだとは思えない。ただ……」
「彼のことを少しばかり知っている身からしたら、今のアルトリウスは気味が悪い。目的のためなら手段を選ばず、というのが彼を簡潔に説明する言葉ですわね」
クラリスの言葉が途切れたのを見計らい、レラが口を開いた。もう一度確かめたい。
「ハ、ハンスがミーシャを殺したって……。ほ、本当ですか?」
信じられない。ハンスは太陽のように真っすぐで正直で、確かに力は強いけれど人を傷付けたりするような人ではないはずだ。アルトリウ様に命じられたからと言って、顔見知りの人間を斬るなんて……。
「アルトリウスの命令なら――……」
「彼ならやりますわよ。元より、そういう荒事は彼の十八番ですから」
クラリスはあっさりと言葉にした。レラがショックを受けることを避けたかったユージンはクラリスをひと睨みするが、彼女はどこ吹く風だ。
レラは額を抑え、椅子に座る。気持ちを落ち着かせるように同胞を見るが、見てはいない。
「前からですか」
「えぇ。アルトリウスの命令ならば、彼は自己を捨てる」
「どうしてなんでしょう。なぜ自分の気持ちよりアルトリウス様の判断を信じるのでしょう」
「忠誠……というより崇拝。まぁ、つまるところアルトリウスが好きなのよ、彼」
クラリスがため息を吐いて、憂いた。窓の外はやはり無垢な雪原が広がっている。
突拍子もない物言いにも関わらず、ユージンは微動だにしない。
「え?」
「好きな人のためなら、多少の道は踏み外す。わたくしだって、レラのためなら少しばかり悪事を働いても良くってよ。ユージンもそう」
「あ、ありがとうございます……」
「ですから」
と、クラリスがレラの手を取る。薄ピンクの目が意を決するように揺らいだ。
「わたくし達は、全力でアルトリウスから貴女を守る。彼は必ず貴女に辿り着くでしょう。ですが、それは今ではない。レラの安全と幸福な生活が保障されると思った時、わたくしはアルトリウスに面会の許可を与えますわ」
「クラリスにほどんど言われてしまったけれど、僕らはアルトリウスが嫌いな訳じゃない。レラを失って平静を欠いている彼に喝を入れたいんだ。お前はレラに頼り過ぎだバカ、ってね」
「えぇ。見るからにレラに精神的依存をしているのは目に見えていましたわ。貴女がいるから放置していたけれど、いざ一人になったらこうも崩れるとは抱腹絶倒。次世代の王として許されざる精神の軟弱さ。一度、レラに頬を張り倒していただかないと腹の虫が収まりませんわね」
言い過ぎだとユージンが肩を叩くまで、怒れる美人は燃える赤髪を逆立てていた。
「わたくしの張り手では効果が無かったようですから」
え、と固まる2人を見て怪しげに笑ったクラリスは優雅にお茶を淹れ始めた。
お読みいただきありがとうございました!
思ったより早く記憶が戻ってしまいました。




