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第38話 モノクロ

閲覧ありがとうございます!重苦しい展開、好きです。


どのタイミングかは分からず本当に申し訳ないのですが、

評価とブックマークして下さった方、ありがとうございます!!!

反応をいただいたのは初めてなので、とっても嬉しいです!

 

 長身の男が入って来た。傷一つない甲冑を身に着け、幾人も斬った剣を腰にぶら下げている。

 猫目を細くしながら、彼は雪をはたいて笑った。


「こんにちは、ユージン。今日もすごい雪ですね

「あぁ、久しぶりだねハンス。一体ここに何の用かな」

「……工房で作業をしていたんですね。すみません、邪魔をしました」

「全然いいよ。君がここに来るってことは、何かレラの調査に進展があったのか?」


 ユージンは何気なく彼に視線を送る。ハンスは目を細めたまま、室内を見渡した。


「まさかとは思いますが、アルトリウス様が城からレラらしき気配を感じたみたいです。フードを被った女性なんですが……、ここには立ち寄っていませんか? ほら、何かあったら真っ先に君の店を尋ねるよう仰せつかっているもので」


 ハンスは困ったように笑む。その顔から感情は伺えない。


「レラがここに? 分かった。僕もすぐに城下町を捜索しよう。……クラリスはまだ城外だったよな」

「いいえ。クラリス嬢は先ほど戻りました。収穫は無し。目星をつけた農村はここ1年ほど新参者を見かけていないようです」

「アルトリウスはいつまで彼女を探すつもりだろうか。僕は彼女が生きていることを心から願っているけれど、最悪の場合……命を落としているかもしれない。あの高さの崖から落とされたんだ。結晶化した肉体を賊に奪われたせいで死体が残らなかった可能性もある。もちろん、どこかで生きていてくれることを願うばかりだけれど」

「あの女も最後まで面倒な事をしてくれましたよね、本当」


 騎士は苛立ったように剣の柄を触る。その剣で彼女を斬ったのか。

 ユージンが剣に視線を落としているのに気が付いたハンスが、乾いた笑い声を出した。


「嫌だなぁ。俺が殺した訳じゃない。あの女は民意で死んだんだ。俺は彼女が苦しまないよう、手助けをして差し上げたに過ぎません。罪悪感は無いですよ。慣れていますから」


 言葉の端々から闇を感じる彼の喋り方は、いつから始まった癖だろう。

 明るく正義感に満ちていたハンスの面影はない。

 今やアルトリウスの命を受け、忠実に遂行するだけの駒となってしまった。彼の礼儀正しい敬語が、今はわざと距離を感じさせるための手段に感じる。


「アルトリウスが判断を誤っていた可能性は? ミーシャ・フォードが犯人ではないかもしれない」


 そんなことは無い。彼女は最期に全てを白状し、呪詛をばら撒いたのだから。

 が、今のハンスを見てそう意見せざるを得なかった。

 彼の刃は、いつどこで自分達に矛先を向けるのか分からなくなってしまった。


「ユージンもクラリス嬢と同じ考えのようですね。俺は昔からアルトリウス様の盾であり剣だ。あの方が判断を誤っていたのであれば、実行した俺が罰されるべきです」

「間違っている。それは忠誠ではない。妄信だ」


 ユージンの言葉に、彼の端正な顔が歪む。彼の顔つきは、純粋な無邪気を捨ててしまった。


「は、懐かしいですね、その言葉。確かクラリス嬢にも同じことを言われましたっけ。そうです、あの時から俺は何も変わっていない。アルトリウス様を信じている」

「見つけたら、彼女はどうなる。アルトリウスは何を考えている」

「もちろん、レラの幸せを願っておいでです。もう二度と悲しんだり苦しんだりしないよう、アルトリウス様はレラを生涯保護するおつもりだ」

「……それが彼女の幸せなのか」


 ハンスが一瞬、迷いを浮かべた気がする。それさえも妄想であったかのように、目の前の彼はすでに仮面を被っていた。


「はい。……それじゃあ、俺は戻ります。何か分かったら教えてください」

「あぁ」


 ユージンの返答を背にし、ハンスは寒々しい灰色の世界へと戻っていく。

 雪がしんしんと降り続いていた。



 **



「ユージンの店には行っていないようです」


 ハンスは一呼吸おいて主に報告した。

 暗い自室で、アルトリウスはしきりに手首を触っていた。

 雪の白さを反射した小石がキラリキラリと光る。


「そうか。ご苦労だった。僕の見間違いかもしれないね」

「アルトリウス様はレラが生きているとお考えですか?」

「……生きていると信じている」


 憔悴した彼はため息を吐き、俯いた。透き通る黒髪が暗い自室に溶けていく。

 彼の世界には色が失われていた。モノクロの世界で色彩をもたらす彼女に恋焦がれている。


「ミーシャ・フォードなら何か知っていたのでは? 彼女が裏組織に暗殺依頼をしていたのは証拠が挙がっていますし、そこまでする彼女ならば自分でレラの最期を見届けたいと願ったはずです」


 レラが消えた1か月後、ミーシャ・フォードはこの世を去った。

 アルトリウスは民衆の総意を盾に、彼女の処罰を早急に進めた。彼らしからぬ強引なやり方に、クラリスやユージンは苦言を呈していたが、心身を喪失していた王子に言葉は届かなかった。


「彼女は何も知らなかった。僕が直接確かめた」


 淡々と。彼は言った。あぁそうか、ミーシャが何故か痛めつけられた痕跡が残されていたのはそういうことであったか。ハンスは一礼し、非礼を詫びる


「そうでしたか。知らずとは言え、アルトリウス様のご判断を疑ってしまいました。申し訳ありません」

「ハンス」

「なんでしょうか」

「僕は正しいだろうか。彼女の言う『善い人』になれているだろうか」


 ハンスは縋るような視線を受け、胸が詰まる思いがした。ぐっと喉を鳴らし、敬愛する主に一歩詰め寄った。


「はい。……アルトリウス様は己が信じる道を進めばいいのです。道は俺が切り開きますから」

「そう、か。ありがとう」


 再び手首の石を見て、アルトリウスは誰ともなく呟いた。


「この石がついた装飾品はレラが買ったのだけれど、彼女の造った石じゃない。だから彼女の魔力を追うことが出来ないんだ」

「……はい」

「彼女から初めて貰った大きな石は――」


 ハンスはギュッと拳を握った。

 ――あぁ、アルトリウス様は忠告している。


「ユージンの店にある。12個の石と共にね。以前、その石で彼女を追おうと思ったのだけれど……」


 言葉には出さない。言ってはいけない。長年の信頼と親交が、辛うじて彼を抑えている。


「あの石にはもう魔力が無いそうだ。経年劣化らしい。ユージンの姉君であるメリッサもそう言っていたね。……10年以上、あの石は輝きを失わなかったのだけどね」


 ユージンを疑えと。彼はついに踏み切った。

 自分も薄々勘づいていた。ユージンはアルトリウスの味方では無い。もしかしたら彼女の生死を既に知っている。あるいは、匿っているのかもしれない。

 ユージンを敵に回すということは、クラリス様とも軋轢が生じるということ。これで、アルトリウス様の味方は俺だけになってしまった。


「かしこまりました」


 ハンスは一礼し、主の傍を離れた。


「すまない」


 扉が閉まる直前に聞こえた小さな声。一体、彼は誰に謝罪したのだろう。



お読みいただきありがとうございました!

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