第37話 記憶
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「その石が気になるのかしら?」
「……!」
フードから見える外の右端に紫の髪が映り込む。さらり、というよりはざっと束になって突然現れた。
「驚かせて、ごめんなさいね」
ニコリと微笑む彼女は、自分よりいくつか年上だろう。顔にはいくつもの傷があるが、非常に整った顔立ちをしている。修羅場を乗り越えてきた戦士のような、魔法に傾倒した研究者のような。
同性とは思えぬ雄々しい活力を感じさせる。
「すみません、見ていただけなんです」
こんな高価なもの、自分に買える訳がない。店の人だったら申し訳ないな、と思いながらショーウィンドウから一歩距離を取った。
「……え」
「え?」
女性から低く、感情の無い声が発された。その一言で得も言われぬ圧を感じ、フードをギュッと握った彼女は手汗がじんわりと滲むのを他人事のように感じていた。
――やってしまった。平民が買えるはずもない貴重な代物を外からジロジロ見ていたら、店主は気分を害するに決まっている。泥棒するかもしれないと警戒するのも最もである。
「あ……なた、この店は初めて?」
緑の瞳が、動揺を必死に隠そうとしている。
雰囲気が異様だ。逃げようと思ったが、ここで逃げるのも悪手だと思い、透明な少女は口を開く。
「はい、初めてです。すみません、私、お金はそんなに持っていないんです。元より盗もうなんて思っていません」
「あなた、どこに住んでいるの?」
「し、城外れの農村です。城下町に比べたら栄えてはいない場所ですので、高価な宝石を買う後ろ盾もないですし、私の財力で買えるなんて思っていません……」
「今は何をしているの?」
「い、今は村の皆さんの必要に応じて収穫や料理、畑を耕したり、なんでも屋さんですかね……。賃金の代わりに必要な分だけの食料を貰うようにしています」
彼女は焦っていたので、目の前の女性の問いかけがやや奇妙な事に気が付いてはいなかった。
「その石、非売品なのよ」
「も、もちろん。買えるとは思っていません! ただ、綺麗だなと思って見ていただけなので、すぐ去ります」
「待って!」
走り去る細腕を掴み、なぜかその女性は焦りの表情を浮かべる。
「店内に店主がいるわ。是非、会ってやって頂戴」
女性の微笑みにちょっとばかりの懐かしさを覚えた彼女は、気が付いたら温かい店内へと足を踏み入れていた。フードを脱ぐと、ドサッと雪が落ちた。
店内は想像したより馴染みがあった。無駄に豪華ではない装飾に、質で勝負していると伺える控えめな商品数。本当に貴族御用達といった感じだ。客は誰もいなかった。
「来て」
紫髪の女性が、店の奥へと案内する。彼女はショーウィンドウに並んでいた宝石達を見せてもらいたかったが、大人しく着いて行った。
「ユージン、お客さんよ。ショーウィンドウの品を見ていたから声を掛けた」
女性が奥の男性に声を掛ける。紺色の髪を後ろに縛った店主は、背を向けたまま真剣に何かを覗いている。やや不機嫌そうな声音が静かな室内に響いた。
「何、メリッサねぇさん。今忙しいんだけど。そもそも僕に顧客は存在しない。いくらお金を積まれても、あれを売るつもりは無い」
「私が見込んだ客よ」
「だから! アレを渡すのはレラだけだ! 彼女の大切な物を僕が預かっていると分かれば、絶対に僕に会いに来る。それだけのために置いているんだ」
頑固な店主に女性は呆れた様子で首を振った。険悪な雰囲気に帰りたくなったが、女性は私を帰すつもりは無いらしい。椅子を引いて、私に座るよう促した。
「ユージン。きっと長い付き合いになるお客様よ。今はまだ、出会ったばかりだけれど」
「さっきから何を言っているんだよ、ねぇさん」
「いいから、心の準備をしてこっちを向きなさい」
その声に渋々といった形で彼が振り向いた。
藍色の一束が彼の肩を撫で、するりと落ちる。
私は彼と目が合った。
優し気な目が徐々に見開かれ、グッと喉が詰まる音がした。
喉の奥から絞り出された単語の意味は、私には理解できなかった。
「……レラ」
突然、彼は椅子から立ち上がり勢いよく距離を詰めてきた。
「っ、待ちなさい」
彼が私に触れる前に、女性が私と彼の前に立ちふさがる。
女性は男性の胸元を片手で抑え、片手で私の肩を抱いた。ギュッと眉根を寄せた女性は、苦しそうに声を出す。
「彼女と私達は、初対面よ。女性を無闇に触ろうとするのはいかがなものかしら」
「どっ、うして」
「……記憶が無い」
女性が吐き出すようにして放った言葉は、どう考えても私の事だろう。思い当たる節というか、抜けたピースに心当たりがある。では、「レラ」とは私の名前。
「消されたのか」
「いや、魔法的な要素は感じられない。解析しようとしたけれど、魔法の痕跡は無かったわ」
「じゃあどうして」
「心理的に耐えきれない程の事を経験した、そうとしか考えられない。事故現場から察するに、相当怖い思いをしたのだと思うわ。馬車がひしゃげ、生物は形を留めなかった。生還したのは奇跡よ」
女性は男性の胸元から手を離した。彼はだらりと両腕を垂らしたまま、微動だにしない。
「やはり、アルトリウスの短剣はレラを守っていたのか」
「えぇ。彼の短剣には強力な保護魔法が施されてあった。役目を終えて崩れ落ちたのね」
「……レラは戻って来なかったのではなく、戻れなかった」
ぎゅ、と男性が大きめの石を握った。青と緑の不思議な石。
「アルトリウスに伝えましょう、ユージン」
女性が言った瞬間、ユージンという男は勢いよく顔を上げた。
「駄目だ」
「なぜ? 今の王子は危険すぎる。彼には精神的に支えてくれる存在が必要よ」
「今のあいつにレラを差し出してご覧よ。何をしでかすか分からない」
「でも、レラが苦痛や苦しみを感じることは絶対に無い」
「彼女には記憶が無いのに? あの男は執拗にレラに干渉し、制限をする。僕達だって、彼からすれば例外なく排除の対象に含まれるんだ」
「……私は、彼の事をよく知らない。でも何年も傍にいたあなたが言うなら……、きっとそうなのでしょうね。分かったわ。私は余計な事をしないわ。ユージンの判断に任せる」
女性が一呼吸おいて、私の方を振り返った。傷がいくつもある手を差し出し、微笑む。
「始めまして。私は、メリッサ。そしてこちらは私の愚弟、ユージン。私達は過去のあなたの知り合いよ。思い出したくないならば無理に思い出す必要は無いわ。けれど、知りたかったら何でも聞いて頂戴」
「ありがとうございます。メリッサさん。ユージンさん」
メリッサさんの手を握り返し、私は少しだけ警戒心を解いた。
「ねぇ、レラ。君は、ショーウィンドウの石が気になっていたんだよね」
ユージンさんが立ち上がり、扉を開いた。
「は、はい。すみません、とても綺麗で思わず足を止めてしまいました」
「謝らなくていいんだよ。君のために置いていたんだから」
ユージンがショーウィンドウの石を取り出そうとしたのが見えた。
――が、ガラスから外を見た彼は瞬時に手を引っ込め、緊迫した表情で部屋に戻ってきた。
乱暴に後ろ手でドアを閉め、メリッサさんに冷静に指示を出す。
「ハンスだ。彼女を裏口から逃がして」
「……了解」
一瞬、メリッサさんはなぜ?と言いたげだったが、弟の判断を信じているのだろう。
私の手を引き、走る様にして裏口から出た。
お読みいただきありがとうございました!
レラの失踪によって彼らの関係性は大きく変わってしまいました。




