第36話 田舎
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のどかで平和な農村地区。春は木々を歌わせ、花々を躍らせる。
青空に可憐な声がこだまする。
「おばちゃん、すみませーん!これ、どこに置きましょうか?」
「その辺に適当に置いていいよ。いやぁいつも有難いねぇ。お嬢ちゃんのおかげで、あたしらは毎日助かってる」
「助けられているのはこちらの方です。身元が分からない私を保護してくれたのですから……」
「お嬢ちゃん」は、透明な髪をかき上げ空を見上げた。
赤いベルベットのリボンが似合う美少女は、村に舞い降りた天使だと噂されている。
働き者で人当たりがいい。そして魔法は上手だし、何より魅入るほどの麗人だ。
ただ、彼女がどこから来たのか。それだけが謎に包まれている。
本当に天使か、いやはや幻の妖精か。村は一時その話題で盛り上がった。
「お嬢ちゃんはずっとこんな辺鄙な村で過ごすつもりかい? 王都に行けば、貴族が放っておかないだろう。1人で生きていくより、ずっと楽な暮らしができるんじゃないか?」
「王都?」
「ヴァンガーディ城がある都市だよ。あの辺には確か貴族御用達の魔法学校がもあるんじゃなかったかな。なんにせよ、お嬢ちゃんなら玉の輿待ったなしだね。羨ましい」
「そんな簡単に行きませんよ~。でも、王都か」
「何でも王子様が相当な男前だそうじゃないか」
「へぇ~! 王都、すごいんですね」
女性は透き通る瞳を大きく見開き、未だ知らぬ都を想像する。
きっと色んなお店があるんだろうな。ドレスとか宝石とかキラキラしたものが沢山売っているんだろう。
「お金が貯まったら、行ってみたいです」
「そん時は、馬車を使ったらいいさ。お嬢ちゃんは華奢だから、たとえ数時間の道のりとは言え辛いだろう」
「……ですね」
一瞬、顔を曇らせたかのように見えた女性は、無意識に背を擦る。
そんな彼女の様子に気付かないおばちゃんは、野菜を洗いながら世間話を始めた。
「そうそう。その男前な王子様だけどね、なんでも結構厳しいお方らしいよ。以前は物腰も柔らかく、温厚なお人柄だと言われていたそうだけれど……。魔法学校を卒業されて以来、随分ととっつきにくい性格になったとか。この前、月に一度、城下町に納品に行っている男が言っていたことだから、どこまで信用していいのか分からないがね」
「魔法学校……」
「卒業してから、学生ではなく王子としての覚悟と責任が決まったってことなのかね。ずっと噂されていたクラリス様とも婚約を破棄された状態のままだし、男前の若者が考えていることは分からないねぇ」
野菜を切りながら、おばちゃんは1人語る。女性からの返答はあまり求めていないようだ。
「お嬢ちゃん、記憶取り戻せると良いねぇ」
興味関心が別に移ったようで、おばちゃんは唐突に言った。
女性は曖昧に笑ってその場から去ることしか出来なかった。
森の奥にひっそりとたてられたログハウス。
1人暮らしするには十分すぎる広さの間取りとなっている。
自室のベッドに横たわり、女性はぼうっと窓から夕空を見上げた。
「私って、何者なんだろう」
気が付いたら、森に放り出されていた。
隣にはひしゃげた馬車と……、人間と動物の死体。
その光景に驚く前に、逃げなくてはならないと体が訴えていた。恐怖で体が竦み、声が出なかった。
とにかく身を隠そうとがむしゃらに歩き、そして川のほとりに家を建てた。
建て方は知っていた。しかし、その方法は人に知られてはならないことも、知っていた。
一番驚いたことは、自身が無傷だったことだ。きっと私は崖から意図的に落とされ、そして誰かから死を望まれていた。
しかし、なぜ私だけが助かっているのだろう。
背中が宝石のように硬化していることに気が付いた時、本来ならば全身が硬貨しなければおかしいのだと思った。
なぜ、私は無事なのか。いくら考えても答えは出なかった。
頭に巻いていた手触りの良い赤いリボンをほどき、じっと見つめていると、私は幸せだったのだろうと思える。そんな気がする。
「お城、行ってみようかな」
おばちゃんから城の話を持ち出された時、妙に引っかかった。有り得ないが、「男前の王子様」についても知りたい。私なんかがお目に掛かれる御方でも、ましてや会話するなんて恐れ多いことは理解している。だけれども、一目で良いから見てみたいな、なんて。
「――冬になっちゃった!」
気が付けば、春から冬に季節が巡っていた。
忙しくも充実した毎日だったせいか、城下町に行く望みを忘れていた。
お金もそこそこ貯まった事だし、歩いて行ってみようか。馬車はまだ怖い。
「お嬢ちゃん、ついに行くのかい? あんた、なかなか行こうとしないから実はお尋ねものなのかって、噂していたとこだよ」
「えぇ……」
おばちゃんは正直でデリカシーが無くて、ちょっと困った。
村の人からそんな目で見られ始めていたなんて心外だ。誰から見ても私は優等生だったと思ったのに。
「まぁいいさ。楽しんでおいで。雪が降っているから気を付けるんだよ」
「うん、ありがとう」
毛皮のコートを頭からかぶり、しんしんと降り注ぐ雪道を元気よく歩き始めた。
「後、3時間くらいかなぁ」
歩いたそばから足跡が消されていく。ギュッギュと雪を踏みしめる音を楽しんでいたら、大きなお城が目の前に迫っていた。これまた大きな門の下には怖そうな兵士がいる。
槍を持った彼らは門を通る人間を一瞥するだけで、特に何もしない。
どこかに、声をかけられたらどうしようと悩んだ自分がいた。
「私、お尋ね者じゃないよね……?」
自分の過去が分からないせいで、全ての可能性を否定しきれない。
フードを被り直し、門をくぐろうとすると遠くから馬車の音が聞こえてきた。
「クラリス・エンリーナ様だ」
兵士たちがややざわつき始める。相当高貴な身分の方なのだろう。遠目から見えるだけでもその馬車の価値が分かる。私は脇に避けて、目立たないように顔を背けた。貴族様に「平民に見られた」という難癖をつけられても厄介だ。
じっとしていると、優雅なステップで馬車が通り過ぎた。
好奇心から、ちらりと馬車を覗き見ると、美しい横顔と艶やかな赤髪が目に入った。
赤い御髪に巻かれた真っ青なリボンが、彼女のトレードマークなのだろうか。
とても似合っていた。
彼女の美しさを脳に焼き付けたところで、私は門をくぐる一歩を踏み出した。
「広いなぁ……」
馬車が何台もすれ違える幅がある大通り。その脇には所狭しとお店が並んでいる。一見、祭りがあるのかと思われる程、その賑わいは彼女の想像を超えていた。
上を見上げるようにして、城を視界に入れる。華やかかつ堅牢。
あれがヴァンガーディ王国の象徴か。雪化粧が施された建造物は、神秘的で近寄りがたい。
「ひ~」
彼女は小さく悲鳴を漏らし、とりあえず目立たぬように脇に避けた。
干し肉や木の実を売っているお店からは、客引きの威勢良い声が聞こえる。
自分は商品を買うつもりはない、とやや申し訳なくなって小走りで離れようとした。が、ピタリと足が止まる。
――遠くから誰かに見られている。
その視線から敵意は感じないのが唯一の救いか。
気取られぬようにして、お店を探すフリをしつつ、周囲を観察する。
「気のせい……、かな」
だが、視線は霧のようにふっと消え去った。向こうもこちらに気付いたのか、はたまた本当に彼女の考え過ぎのせいか。何気なしに城を見上げると、誰かの影が奥に消えていく。
あそこには、誰がいたのだろうか。
フードを目深に被り直し、女性は雑踏に塗れた雪の上を歩き始めた。
「へぇ~綺麗」
少し人だかりが減った場所に来た。雰囲気や周辺の人の身なりからして、ここは立地の良い場所なのだろう。長居は無用だ。ただ、どうしても内側から魅惑的な光を放つあそこ。あのお店を外から覗いてみたい。
「う、わぁ」
宝石店であろう場所のショーウィンドウには、厳重に守られた石たちが安心して並んでいる。
13色が横一列に並んでおり、その有様は1つの集落を想起させた。
石たちが互いを支え合い、必要としている。誰一人、欠けてはならない。
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