第33話 取り扱い
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「ク、クラリス様!」
「何かしら」
休日にクラリスと優雅に薔薇を愛でていたレラは、意を決して友人に声をかける。
「あの、アル……アルトリウス様はっ」
「……また何か貴方にしでかしたの? あの男は。本当に油断ならない獣だこと」
顔を真っ赤にして口を震わせるレラを見たクラリスは、立ち上がり彼女に詰め寄った。淡いピンクの瞳の奥は憤怒で燃えている。
あの腹黒い奴はついに乱暴にレラに手を出したのか、と。
「言いなさい。わたくしがガツンと物申してあげますわ」
「その、アルトリウス様の想い人って……」
なんだ、もっと過激な事を言ってくるのかと身構えていたが、杞憂だったようだ。
クラリスは溜め息を吐いて椅子に沈みこむ。心を落ち着かせるようにバラの花びらを吸った。
「嫌だったらわたくしが彼に伝えましょうか」
「その、驚いていて……。クラリス様は知っていたんですか?」
「えぇ。何年彼の傍にいると思っているのかしら。あれはレラに固執しすぎている。見ているこっちが怖くなるわね。安心なさい、わたくしは何があっても彼に想いを寄せることは無いわ。アルトリウスはわたくしの恋のライバルなの」
「えっと……?」
「ふふ。忘れなさい。とにかく、彼は貴方を手に入れる。レラはそれを受け入れる準備をなさい。彼から逃げることは不可能かしらね」
クラリスは花びらを2階の窓から逃がした。
赤い彼女は風に乗って不規則に舞うが、自身の重みで落ちていく。
ぽて、と落ちた先には――。
「クラリス嬢? 俺の頭にバラを落とすなんて小粋な真似をしてくれますねぇ!」
明るい茶髪に紅を乗せた彼が叫ぶ。
「ふふ。似合わないわね。貴方が持つと返り血に見えるわ」
「……俺が何をしてきたか、知ってるんですか」
「えぇ。わたくし、貴女の事ならなんでもアルトリウスから教えてもらえるのよ」
クラリスが笑うと、ハンスは無言で睨む。
レラが窓から顔を覗かせると、彼は勢いよく手を振った。
「レラ! こんな所にいたんですね。クラリス嬢から変な事を吹き込まれていませんか?」
「クラリス様はそんなことしないわ――……あっ」
ぴしゃり
彼に答えようとしたが、クラリス様が窓をしめてしまったのでそれは叶わなかった。
外でわーわーとハンスが何かを言っているが、意にも介さず彼女は優雅にお茶を嗜む。
その顔は少し、ほんの少しだけ幸せそうに見えた。
**
「僕も君に何か贈り物をしたい」
突然、アルトリウス様は立ち止まり不機嫌そうにそう言った。
先ほどまで楽しく城下町を散策していたではないか。
私が着ているこのドレスがユージンからの贈り物だということは、知らないはず……でもないか。
このドレスの経緯をしっているハンスは、アルトリウス様に隠し事はしないだろう。筒抜けの可能性が高い。
「十分貰っていますよ。アルトリウス様のおかげで、私は毎日楽しいです。朝が辛くないし、夜は寂しくない。次の日が来るのを心待ちにして寝ることが出来るのは、本当に夢みたい」
「形に残るものがいいんだ。僕だけが君から貰ったプレゼントを毎朝毎夜眺めるのは、不公平と思わないか?」
「えぇー……」
それはアルトリウス様の勝手だろうと言いたいが、流石に言えず。
クラリス様とお揃いのリボンをクルクルと指で巻きながら、どう話題を逸らそうか考える。
だって、王子様からのプレゼントなんてきっと私には手に負えない。アルトリウス様の性格からして、庭の一画とか譲渡されそうだ。いや、そうなる前に手を打とう。
「私、護身用のナイフが欲しいです。アルトリウス様とハンスに武器の使い方を習ったけれど、私自身は何も持っていません」
「僕らが、君を物騒な目に遭わせるとでも?」
「いいえ。私が皆さんを守るんです」
透明な瞳に貫かれた赤が、揺れる。アルトリウスはレラの赤いリボンをするりと抜き取り、彼女の髪をハーフアップに結び直した。
「戦う時は髪の毛をこうした方がカッコいい。それじゃあ、良いものを見繕っておくよ」
「アルトリウス様のお下がりで構いません。それがいいんです」
「僕の?……それはまたどうして?」
高価なものを貰っては気が引けるから、とはこれまた言えるはずもなく。
「アルトリウス様の心が籠っているもの。それがいいんです。心は金銀財宝より価値があると、私はそう思います」
「……ふぅん。そうか、じゃあ今回は君の望みを叶えてあげよう」
そう言ってアルトリウスは懐から短剣を取り出した。予想以上にシンプルだが、冷たい鉄の感触。その温度と同じ冷酷な場面を経験してきた刃。なるほど、ただの飾りではないらしい。
そして、それを手渡すアルトリウス様が若干、冷ややかな目をしていた。
あぁ、これは本心に気が付かれているな。
しかし、レラはそれで良かった。以前ならば冷や汗をかいて焦っただろう。が、アルトリウスのちょっと怖い部分やズルい側面を受け止められるようになった彼女は、今では彼との会話がずいぶん楽になった。
ただ、彼が自分を好きであるという1点だけは、信じられずに見て見ぬふりをしているけれど。
「レラは僕の気持ちを受け入れる気になったかな」
「……うわぁ」
この人は、一体どこまで人の考えが読めるのだろうか。レラは石化している背中が一層冷えたような気がした。
「ずっとはぐらかされているね。君は僕の事が嫌いかい?」
「嫌いでは無いですけれど……」
「じゃあ、好ましい?」
「かと言われると……」
レラは貰った短剣に視線を落とした。銀に輝く鞘に映る困り顔と目があう。
「ははは! 君も言うようになったじゃないか。あぁ、本当に僕好みだ」
「う」
「……いいんだ。今すぐ好きになって欲しいとは言わないよ。ただ、今すぐ答えを出して欲しい訳でもない。君には、時間をかけて僕という人間を見定めて欲しいんだ。僕は皆が思う好青年ではないようだから」
「アルトリウス様は判断がはやすぎる気がしますけど。私との出会いは10年も前です。今の私は以前の私ではありませんよ。過去と異なる部分もあったでしょう」
私は変わった、と思う。ミーシャに怯えて縮こまってばかりの自分から、ちょっとだけ積極的になったし、物事に興味を持ち始めた。色んな人と怯えずに話せるようになったし、失敗に怯えなくなった。
自分を少しずつ、好きになってきた、と思う。
「今の君がいいんだ。というか、僕が見ているレラは昔から何一つ変わっていない。こう見えて僕は人を見る目だけはあるんだよ」
少しだけ機嫌を戻したアルトリウス様は私の先を歩く。
年相応の笑顔が見えた気がして、少し嬉しかった。
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