第32話 食事
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——その日の帰りがけ、私はアルトリウス様に呼び止められた。
ハンスは珍しく彼の傍に控えていないようだ。
「『妖精の嬉涙』を見たいかい?」
夕日の逆光がアルトリウス様の表情を消している。
「え」
「前にも言った通り、あれは輝かしい交流の賜物じゃない。妖精が人間の恐ろしさを嘆いた遺物だ。おそらくかつて妖精は君の仲間のように痛めつけられ、身を守るために宝石に姿を変えざるを得なくなり、そしてバラバラに砕かれた。人間にね」
「……」
「見た所で過去は変わらない。判断は委ねるよ」
「前から、アルトリウス様は私に選択を迫りますよね」
レラはぎゅっと宝石を抱きしめた。
「そうだね。人は自分で選んだ未来を生きるべきだ。誰かに言われた選択では、もし上手くいかなかったり、予想と違った時、その人の言葉が脳裏に浮かぶ。やり場のない怒りや悲しみや憎しみは、君だけのものだ。他の誰にも押し付けてはいけないよ。僕は君自身で自分の人生を歩んで欲しいからね」
「アルトリウス様が自信にあふれている理由が分かった気がします」
「えっ、僕そんな風に見えるかな」
頬を掻いて視線を逸らす彼の仕草は、年相応に見えた。
くすりと笑い、レラは彼に真っすぐ向きあう。
「見ます。ヴァンガーディ王国の国宝。私に見せて下さい」
「あぁ、約束だ」
――そして、約束の日が訪れた。
アルトリウス様とハンスが大きな城で出迎える。ここに1人で辿り着くまでにかなりの時間がかかった。
とにかく面積が広い。だというのに、手入れはしっかり生きと行き届いているから目を奪われ続け、気が付けば約束の時間が差し迫っていた。
片手を上げたハンスが気さくに近寄ってきた。太陽が燦々と彼に降り注いでいた。相変わらず眩しい。
「遠くから見ていましたが、亀の遅さで歩いていましたね。何かありました?」
「景色が、すごすぎて……」
「実は近道があるんですが、アルトリウス様が庭を自慢したいからと君には正規ルートを伝えたようですね」
すまないと微笑んだアルトリウス様は、まさに王子様のような風貌だった。
透明度のある黒髪が、白い服に映えているが、いつも輝いていた肩元のブローチが無い。
私の視線に気が付いた彼は、気まずそうに頬を掻く。そして、懐から壊れたブローチを出した。
「……気付かれてしまったね。戦いで少し、削れてしまったんだ」
「私に預からせてください。もっと良いものを用意します」
「この石がいいんだ」
「この前に贈らせていただいたそれ……、そうです。そのブレスレット」
ミーシャの家に侵入する前に行った3週間の訓練のお礼だ。彼の手にあるブローチを自身の掌に移した。
「今後はそちらを持っていただけると嬉しいです」
「その石はどうするんだ。今の君からの贈り物も嬉しいが、それはすごく大切にしていた宝物なんだ」
「私が預かります。私にとっても思い入れのある作品ですからね」
「そうか。じゃあ、口惜しいが持ち主に返そう」
アルトリウス様は納得したようだ。レラは内心ほっとしていた。
メリッサ先生から聞いていたのだ。あの宝石に宿る私の魔力を辿り、私を探そうとしていたアルトリウス様の執念を。知った時は正直に困ったものだ。
アルトリウス様は意外と物事に深くこだわるタイプなのかもしれない。
「それじゃあ、行こうか」
私の考えなど気が付いていないように、アルトリウス様は爽やかな笑顔で歩き始めた。
「ここだよ」
螺旋階段をのぼり、豪華な両扉が待ち受けていた。番人らしき騎士はアルトリウス様とハンスを見つけると恭しい一礼をした。アルトリウス様が脇に避け、私に道をゆずる。
「君から入るといい」
促され、重厚な扉を目一杯押した。重みはあれど音は無く、徐々に室内の光が漏れ出てくる。
扉を押し切った先には、ぽつんと台座が置いてあった。直射日光が当たらない配置だが、存在感を放っている。一目見ただけであれだ、と分かる。
近付くとそこには、握りこぶし程の大きさで内側から七色に発光する宝石があった。
一歩近づくたびに色を変え、魅惑的な光で人を誘う。
「これが……」
「妖精が最後に贈った宝物だ」
その石からは強い悲しみを感じる。作り手は1人では無いだろう。複数の妖精が魔力を込めないとこの輝きを再現することは不可能だ。
けれど、悲しみの中には感謝と後悔。そして、怒り。
宝石の輝きと同じく、1つの感情では言い表せない想いが込められていた。
「皆で出した結論だったんだと思います」
レラは誰に聞かれるまでもなく、勝手に話し始める。それは自身を納得させるためでもあった。
――彼女は置いて行かれた妖精側の末裔なのだ。
人間と家族を築いた者もいただろう。知らない内に帰り路が閉ざされていた者もいただろう。
「種族を多く守るためには仕方なかったんです。見えない世界は交わらない方がいい。見えないものが見えてしまうと、誰しも幻想を強く抱いてしまうものですから」
うん、と頷きレラはアルトリウスに微笑んだ。歪む私の視界をそっと拭う彼の指先が温い。
落ち着いた頃に彼は私の顔を覗き込んだ。
「君は後悔していない?」
「はい。自分のルーツをちゃんと受け入れられました。ありがとうございます」
「それは良かった。元を辿ると妖精は僕の先祖でもあるからね。でも僕は血が薄まっていて、両親は古代魔法を扱えない。突然、僕みたいな人間が生まれたそうだよ」
「そうだったんですね。もしかしたらご両親が私と同じような方なのかと……」
「あぁ。歴史を遡っても例がないようだ。一体僕は何なんだろうと悩んだ時期もある」
『妖精の嬉涙』を見つめていたアルトリウス様は、視線を私に戻した。少し遠い目をしていたような気がしていたが、今はその表情は消え去っている。
「ちょうど昼だし、庭で昼食でもとらない?」
「はい、喜んで」
彼の提案に頷いたレラは、共に日差しが降り注ぐ庭に移動した。
青々とした緑の匂いが鼻腔をくすぐる。さわさわと木々が擦れる音が穏やかな時を彩っている。
自然に合わせて、パンとお肉のいい香りが風に乗ってきた。ぐぅと鳴るお腹を触りながらレラは言う。
「ハンスは任務があるなんて残念ですね……」
「彼は忙しい人だ。どんな困難な事件もハンスが駆けつければ解決すると言われているだけあって、僕の側近は引っ張りだこだ。妬けるなぁ」
「ふふ。ハンスが聞いたら喜びそうですね。あの人、アルトリウス様が大好きだから」
レラが可愛らしく口元を隠す仕草をぼうっと見つめていたアルトリウスだったが、彼女の一言に顔を曇らせた。そっとカトラリーを置いて、手元の魚を見た。
「本当にね、彼には酷な事をしているよ」
「……えっと、忙しい彼に任務を任せていることに罪悪感を?」
「……あぁ、そういうことだ」
「でもこの前、アルトリウス様の労いの言葉一つで十分だってハンスは言ってましたよ」
なぜか笑顔を見せないアルトリウス様から必死に笑みを取り戻そうとするが、あまり効果は無かった。
話題を逸らそうと問いかける。
「ハンスは何の任務に行ったんですか?」
「治安を取り締まってるんだ。相手は手荒な人間でね」
「大変ですね」
「あぁ。もう何人もやられている」
「え」
「これ以上は損失が大きい。僕は早急な解決を望んだ。……ちょっと暗い話になって来たね。ごめん。君の話をしようか」
アルトリウス様はフォークを持ち、上品に魚を食べ始める。
先ほどとは打って変わって楽しそうに私に尋ねてきた。
「君の好物は何かな? 僕はレラの事を何も知らないんだ。好きな子の事を、何もね」
「え?好きって……」
「以前もそう言ったことがあるけれど、あの時は全く意識をしてくれなかった。少しは僕の気持ちに目を向ける気になってくれたかな。だとしたら、これは非常に喜ばしい事だ」
「ご冗談を……」
「冗談じゃない。まぁ、気長に待つさ」
レラは驚いてご飯が喉を通らない。
何かを言いかけて止めて、それでも何かを言おうとして。
それを繰り返す様子をアルトリウスはにこやかに観察していた。
――彼の手元にはレラが贈ったブレスレットが輝いている。
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