第31話 失意
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「これ、私だよね」
ぽつりと落としたつぶやきは、彼らを黙らせるには十分だった。
私だってそれくらいわかる。3人が強引に私から隠そうとした事実は、私が一番分かっている!
もう誰も私を止めなかった。
そっと背中に触れると、指先に石の静寂が伝わった。探るとナイフで削られた部分が抉られている。
肉体の感覚がないのは当然だったんだ。体が既に石化していたのだから。
でもナイフを弾いたその部分、いや、もっと広範囲に宝石が拡がっているのはなぜ?
「……ふ、ミーシャに助けられたって事?」
彼女に階段から突き飛ばされた時、私は背後を守ろうと無意識に身を硬化させたのだ。
そう考えるとあの日以来だったなぁ、背中から怖気がし始めたのは。
「レラ、ここからは君が判断しろ」
牢を背にしたアルトリウス様が無表情で尋ねてきた。この人は優しいようで冷酷だ。気遣いというより試されている気がしてならないのは、私が今すごく動揺しているせいかな。
「見ます」
言い切る私にハンスが猫目をやわらげて、諭すように問いかける。
「本当にいいんですか?君が想像しているよりも惨い可能性があります」
「いい。目を背ける方が罪な気がするから」
立ち上がり、一歩を踏み出す私をそっと支えたのはユージンだった。
「周囲の警戒は僕に任せて。辛くなったらいつでも吐き出せばいい」
「あり、がとう」
彼の言葉を背に、私は前に進むしかなかった。
徐々に牢の内部が見え始める。天井からぶら下がる鎖に、血だまり、へどろ。
ボロボロになった中央の椅子には、誰かが座っていたのだろう。大きな黄色の石塊が椅子に纏わりつくように置いて――違うよね、誰かが座っていたんだね。
「うぅ……」
壁際には抱えられる程に小さくなってしまった透明な石の塊。
床に寝そべっていたような下半身の宝石の塊。
棚の中には色とりどりに並べられた、手、腕、足、胴、頭。
そしてそれらはどれも、ナイフで削られた跡がある。
私に投げつけられたそれと同じナイフで。
「そう、か、そっかぁ……」
誰に向かってでもなく、レラは独りごちた。
勝手に脱力する体を両脇から支えられる。
ありがとうごめんなさい。でも、でももう無理かもしれない。私は自分を支えることが出来ないよ。
……手を、伸ばした。
「おか、あ……さん」
椅子に向かって震える声で呼びかけるが、淡い黄色の彼女は娘の懇願に応えられない。
10年間ずっと、彼女の傍に存在していたというのに。
「あぁ、あぁ……」
もう目を開けたくない聞きたくないここにいたくない。
感じてしまうのだ。私が孤独になる前の生きていた彼らの存在を。
――集落で共に生きた12人の魂を。
**
「ミーシャ・フォードは流刑に処した」
曇天の数日後、アルトリウス様はベンチに座る私に言った。平坦な声だった。
そう、としか返せなかった。正直どうでもいい。
ミーシャが生きようが死のうが殺されようが。彼女だけの罪ではない。が、彼女も加担していたらしい。じゃあ、一生私の世界に入らないでくれさえすれば、もうそれで良い。
「ミーシャの両親の治療も打ち切ったところ、一晩経つ間もなく亡くなった。元々高額な医療費によって、ただ死んでいない状態だっただけなんだ。おそらく、ミーシャも同じ病を患っている。彼女の命は短いだろう」
「そうですか」
「レラは、どうしたい?」
「どうとは」
「憎き相手に対して、何を望む? 君の願いは叶えてあげたいんだ」
「何も。今は何も考えたくはありません」
手元の袋をギュッと握りしめる。ベルベットの最上級の布で作られたその中には、12個の石が入っている。
袋を一瞥したアルトリウス様は、私の背にそっと触れた。何も感じないが、気遣いを感じた。
「僕は何があろうと君を支え続けるよ」
「大丈です。私は、もとより独りで生きてきましたから」
「……君は命の恩人なんだ」
「私もアルトリウス様のおかげで仲間を取り返せました。これでおあいこなので、もう大丈夫ですよ」
笑顔を貼り付けると、彼は困ったように笑って引き下がった。
また、独り。
灰色の空を見上げてレラは一滴の雨を降らした。
数日後、ハンスが宝石店に入り浸る私を見つけ出してきた。猫目をいたずらっ子のように細める彼に、行動パターンを見透かされているようで少し苛立った。
「レラ、君の故郷はどんなところだったんですか」
「なんでここが分かったの」
「騎士の勘って奴ですよ。君は散らばった仲間を集めようとするでしょうから」
「でも、なかなか見つからないね」
「それならユージンを頼るのはどうですか? 彼がアルトリウス様に求めた見返りは、宝石商としての成功でした」
「そう……なんだ」
手元の黄色い宝石を見ていると、その手をハンスが掴んできた。
そのまま店の外まで連行される。
「ユージンの店に行きましょう。絶対、何か知っているはずだ」
「うん、案内して」
そこから馬車で1時間程度進んだところに、その店はあった。
外からは宝石店を営んでいるとは分かりづらいだろう。お洒落なカフェにありそうな真新しい扉を押すと、カランコロンと小気味よい音が店内に鳴り響く。中には3人の姿があった。
「やぁ、レラ。久しぶりだね」
「え、ア、アルトリウス様?」
穏やかな笑みを浮かべた彼に、
「全く。辛気臭い顔ですこと。まぁ、貴女が受けた仕打ちを考えたら無理もありませんわ。いつまでもうじうじするレラではないでしょう? しゃんとしなさいな」
「クラリス……様」
強気な笑みを浮かべる彼女、そして―
「本当は、僕の活動を誰にも言うつもりは無かったんだけどな……」
「ユ、ユージン……」
「古代魔法で精製された宝石を集めたら、いつか何かに辿り着けると思っていたんだ。……でも、ミーシャが君の仲間の体を売り捌いていたことは流石に想定外だった。おそらく僕が集めた宝石は、君の仲間の一部だろうね」
彼らは1つの机を取り囲んでいる。数は多くないが、それが私の追い求めている物だと理解出来る。
「ユージン、ありがとう。本当に色々……」
「少しでも君の助けになれば嬉しいよ。後、これを」
彼が差し出したのは、一欠けらの透明な石だ。内側に輝きが閉じ込めらている。
「あの時、敵に削ら得れた君の一部だ。仲間と一緒の方がその石も喜ぶだろう」
「うん。うん。ありがとう……っ」
ぽろぽろと涙を流すレラをユージンは優しく抱きとめる。
アルトリウスは今回ばかりは彼の手柄だと、遠巻きにそれを眺めていた。
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